第117話 邪魔


 俺達は城を出ると、宿屋まで送ってもらい、夕方まで時間を潰した。

 そして、夕方になると、ナタリア達が帰ってきたので夕食はいらないことを告げ、リアーヌと共にこの前と同じ店にやってきた。


 俺達は酒や食事を楽しみながら会話には花を咲かせている。


「では、ユウマ様は何百年も続く名家のご当主様なんですね?」

「そうだな。如月の家は古い名家なんだ」

「素晴らしいですね」


 リアーヌは本当に楽しそうに話を聞いているし、自らも話を振っていた。


「リアーヌ、お前は俺の味方か?」

「もちろんでございます」


 リアーヌが微笑みながら頷く。


「そうか」


 まあ、地図のことを隠してくれたし、良い仕事を回してくれている。

 すごくよくしてもらっているし、そうなのだろう。


「何か気になることでも?」

「もちろん、王様からの依頼の件だ」

「ふふっ……わかりますよね」


 リアーヌが子供の顔で妖艶に笑うと、葡萄酒を口にした。


「お前も共犯か?」

「まさか。何も聞かされていませんよ。ユウマ様はどう思われているんです?」

「自演だろ」

「ふう……そう思いますよね」


 やはりリアーヌもわかっていたらしい。


「今日の姫様の態度でよくわかった。本人はまったく危機感がないし、護衛も少なすぎる。王様のところには扉の前に兵士がいたのに当の本人の部屋の前には誰もいなかったぞ」


 狙われているのならば俺やオットーを部屋に入れないし、護衛をもっと増やす。

 しかも、箱入りのお姫様ならもっと怯えているはずだ。


「本当ですよね。コレットの自演と?」

「失礼を承知で言うが、あの姫様にそんな頭はない」

「ふふっ、そうですね……では?」


 リアーヌがグラスをテーブルに置く。


「王様だろ。城の中の者を徹底的に調べ、筆跡鑑定、さらには魔法での追跡も行ったらしいが、一人だけそれをしていない人間がいるだろ」

「そうですね。叔父上はしていないでしょう」


 本人だもんな。


「動機まではわからんがな」

「叔父上が言っていたではありませんか。嫁同士の仲が悪いと。コレットは2番目の側室の子なのですが、王妃ともう1人の側室に嫌われています」


 仲が悪いとは言っていたが……


「なんでだ?」

「叔父上の子は男子しかいなかったんですよ。そんな中で生まれた女の子です。それはそれはかわいがり、一番序列の低い2番目の側室を寵愛したんですよ。普通は男子が生まれるのを喜ぶんですが、まあ、男子ばかりでしたから。もちろん、せっかく跡取りとなる男子を産んだ王妃やもう1人の側室は面白くないです」


 王妃や側室の年齢がいくつか知らんが、いい年した大人が何してんだか……


「アホだな」

「ユウマ様はそう思われるでしょうね。あなたは女性の扱いが非常にお上手のようですから。でも、こういうのは珍しくないんですよ。政略結婚ならなおさらです」


 確かにお家騒動は珍しくない。


「まあ、その辺はいい。それであの予告状に何の意味がある? まさか罪を王妃や側室に着せる気か?」


 さすがにそれは愚だぞ。


「そこまではしませんよ。要は隔離です。狙われているから他のところに移動させるということにするんです。現在、離宮の建設計画が進んでおります」

「そういうことか……巻き込まれる身にもなれよ」

「すみません。オットーもユウマ様もアリバイ作りみたいなものです。ですので、あと4日、好きに過ごしてください」


 最初から嘘くさいと思っていたが、想像していたよりもしょうもない理由だったな。


「オットーだけでいいだろ」

「ちょうど魔族の件がありましたからね。それに便乗した形にしたかったのでしょう。それでユウマ様を呼んだ。ついでにあなた様の危険度や人柄を見極めたかった……そんなところでしょう」


 そんなところかね?


「自演だと指摘されると思っていなかったのかね?」

「それも含めて、あなた様の能力を見たかったのだと思われます。蓋を開けてみれば、何もしないという選択を取られましたけどね」


 当たり前だろ。


「関わりたくないわ。本当に魔族の脅威があり、お姫様が危ないというなら協力も考えるが、くだらない遊びに付き合う気はない。俺は今回の人生では政治には関わらないことに決めている」

「わかります。私も今回の人生では自由に生きたいと思っていますから」


 リアーヌがうんうんと頷いた。


「貴族だろ」

「ええ。だから転生者だということを告げて、自由にさせてもらっているんです。本来、この歳ならばどこぞに嫁いでいますよ」


 25歳だもんな。

 子供がいても不思議じゃない。

 まあ、本人が子供にしか見えないんだが。


「自由か。俺も同じようなものだ。だからこのことを国王陛下には告げるな」

「もちろんでございます。実際、私も今回のことに気付いてはいましたが、指摘する気はありません。アホらしい」


 リアーヌが笑った。


「そうだな。まあ、俺はセリアの町で仕事でもしながら過ごすわ。あと4日か」

「そうですか……寂しくなりますね……」

「そんなに遠くないだろ」


 馬車で2、3日かかるけど。


「遠くない……確かに遠くないです。ふふっ、すぐですね」

「すぐっていうほどではないだろ」

「いいえ、すぐですよ」


 リアーヌが目を細める。


「ふーん……」


 リアーヌをじーっと見ていると、リアーヌが軽く息を吐いた。


「……ユウマ様、私はあなたのことをお慕いもうし――」


 リアーヌは頬を染めながら言葉を紡いでいたが、途中で止める。

 何故なら、ノックの音が聞こえてきたのだ。


『お客様、お客様……お楽しみ中、申し訳ございませんが、お客様がお見えです』


 ノックの音が止むと、扉越しに店員の声が聞こえてきた。

 チラリとリアーヌを見ると、さっきまでのはにかむような笑顔は消え、能面のように無表情だった。


「呼べ…………すぐにだっ!」


 リアーヌが憤怒の顔で叫ぶ。

 殺す気かな?


『は、はいっ!』


 店員の慌てたような声が聞こえると、リアーヌが俯き、ハァハァと息を荒げ始めた。

 俺は触れないようにしようと思い、その場でひたすら待つ。

 すると、扉が開かれ、ケネスが入ってきた。


「ギルマス、こんな時に申し訳ございません」


 ケネスが頭を下げる。


「構わん……お前はここで死ぬのだからな!」


 リアーヌは顔を上げると、手のひらを天井に向ける。

 すると、手のひらに魔力が集まりだし、小さな竜巻が現れた。


「ギ、ギルマス! お許しを! 実は――」

「黙れっ! 私の、私の85年の初めてを……決意を奪いおって! 我の天災で引き裂いてくれるわ! 暴風の巫女の力を思い知れ!」


 めっちゃキレてる……


「リアーヌ、落ち着け。普通に考えたらケネスが邪魔するはずがないだろう。それでも来たのなら緊急事態だ」

「そ、そうですよ! 私だって、来たくなかったです。何が悲しくて既婚者の私が上司の恋路の邪魔をしないといけないのですか!」


 ケネスも必死だ。


「ほう? では、何の用だ?」


 リアーヌが竜巻を消す。

 とはいえ、まだ手のひらには魔力が集まったままだ。


「国王陛下より、至急、王宮に来るようにとのお達しです。可能ならユウマ殿もとのお言葉」


 それを聞いたリアーヌの手のひらから魔力が霧散する。

 そして、ポカンとした顔で俺を見てきた。


「叔父上が? こんな時間に?」


 リアーヌはすぐにケネスに視線を戻すと確認する。


「はい」

「ユウマ様も?」

「はい。先程、早馬がギルドに届き、そう告げていきました。私はあなたに押しつけられた仕事を投げだして知らせに来たのです」


 ケネスも踏んだり蹴ったりだな。

 可哀想に。

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