第116話 お姫様


 俺は宿に戻ると、風呂に入り、潮風でベトベトになった身体や髪を洗う。

 そして、夕食の時間になったので皆で魚料理を食べ始めた。


「ねえ、この魚って?」


 アニーが料理を見ながら聞いてくる。


「俺とアリスが釣ったやつ。店員に渡して、夕食に使ってくれって頼んだ」

「ふーん……まあ、いいけど。それにしてもAIちゃんが言う通りだったわね」

「何がだ?」


 まあ、一つしかないけど。


「あのギルマス。態度、表情、言葉遣いなんかのすべてがこれでもかっていうくらいに差別してる。変わりすぎてびっくりしたわ」

「すごかったよね。不機嫌そうだなと思ったら急に笑顔になるし」

「…………職権乱用もすごい」

「私はありがたかったけどね。明日以降も頑張ろう!」


 リリーはそうだろうな。


「あんた、本当にどうするの、あれ?」

「どうもせん。なるようになる」

「…………すごいわ、あんた。尊敬する」


 アニーは呆れたようにそう言うと、魚を食べだす。


「…………ユウマ、お姫様に会うんだっけ?」

「うわー……」

「大丈夫かな? ユウマだし……」


 ナタリアとリリーが俺をじーっと見てくる。


「お姫様は問題ないだろ」

「え? なんで?」

「そうなの?」


 2人が首を傾げた。


「そういうもんだ」


 ないない。


「…………AIちゃん、わかる?」


 アリスがAIちゃんに聞く。


「それだけは意地でも止める方がおられるのですよ。同族が同じ人に嫁ぐというのは政略的に意味がないので上流階級の人間は嫌がります。そうなると、枠は一つ」

「…………なるほど」


 AIちゃんの言葉を聞いてアリスが納得した。


「あの人、どうするんだろ? ユウマって絶対に残らないだろうし」

「ついてくるんじゃない?」


 ナタリアとリリーはニヤニヤしながら恋愛話に花を咲かせている。


「さあな。それよりもお前らは明日も海か?」


 話を変えることにした。


「それでいいんじゃない? 海岸沿いは開けているから奇襲はないし、私達だけでも十分にやれるわ」


 恋愛話に入るのをやめていたアニーが答える。


「大丈夫か?」

「あんた、本当に過保護ね。私ら、Bランクよ? まあ、狛ちゃんを貸してくれればいいわ。歩きたくないし」


 アニーはいつも狛ちゃんに乗っている。


「狛ちゃんはつけるが……うーん、よし」

「そのよしって何? また何か出すの?」

「気にしない、気にしない」


 言うと嫌がるから後で気にしないだろうリリーに渡しておこう。


「……この男、集めるし、囲うわよね」

「うん、まあ……」

「…………実際、私達は貧弱だからしょうがないよ」

「私は楽でいいなー。ユウマに任せると、西区でも王都でも何故か報酬が高くなるし」


 感謝しろ。


「とにかく、明日は気を付けろよ」

「大丈夫だっての。あんたもお姫様に失礼がないようにね」


 俺達は明日の予定を決めると、食事を続けた。


 翌朝、朝食を皆で食べた後、仕事に行くための準備をしに皆が部屋に戻ったのでリリーのところに行き、小っちゃい大蜘蛛ちゃんを渡す。

 そして、自分の部屋に戻ると、午後までAIちゃんと時間を潰すことにした。


 そのまま部屋で時間を潰していると、昼になったので昼食を食べる。

 昼食を食べ終えると、店員が呼んできたのでAIちゃんと共に宿屋を出た。

 すると、宿屋の前にはこの前と同じ馬車が停まっていたので馬車に乗り込む。


 馬車には笑顔のリアーヌが座っていたので正面に腰かけた。


「待たせたな」

「いえ。忙しいのにすみません」

「忙しくはないなー……あ、それとAIちゃんを出しててもいいか?」

「はい。その辺りは私も説明しましたし、叔父上も話したようです」


 リアーヌと王様のお墨付きがあるなら問題ないか。

 まあ、タダの子供だし、危険度はないと判断したんだろう。

 実際、そうだし。


「ならいい。この子がいないと落ち着かないんだ」


 いつも一緒だし。


「仲がよろしいのですね」

「というよりも俺のスキルだからな」

「ギフトでしたね」


 ギフトか……


「お前もギフトを持っているのか?」

「もちろんです」


 やはりあるのか……


「気になりませんか?」

「気にならないと言えば嘘になるな。お前の巫女としての力も気になる。だが、聞くものでもない」


 そういうのは自分の切り札だったりする。

 大っぴらにはしないし、聞いてもリアーヌが困るだろう。


「そうですね。普通は言いません。でも、ユウマ様はご自分に自信があるのでしょうね」


 リアーヌが笑う。

 俺は大っぴらにしているからな。


「危険視されたくない。英雄はまだしも得体のしれないバケモノ扱いはごめんだ。まあ、説明したところでこの世界の魔法と俺の術は大きく異なっているからわからんだろうがな」


 俺だって、この世界の魔法を理解できないところが多い。


「そうですね。本来なら皆が恐れるでしょう。ユウマ様はそういうのもお上手ですね。すぐに味方を探し、情報を開示した。そして、欲は見せるが、野心は見せない……ふふっ、ユウマ様、また食事に誘って頂けると、喜びます」

「忙しくないのか?」

「…………全然、大丈夫ですよ」


 ケネスが苦労するな。


「だったら誘おう。今晩、空いているか?」

「もちろんです。ユウマ様のお誘いでしたら仕事があっても行きます」


 ギルマスだし、本当にあるんだろうな……

 頑張れ、ケネス。


「では、行こう」

「はい」


 俺達はそのまま馬車に乗り、王宮に入った。

 馬車を降りると、この前と同じように兵士に案内され、城の中を歩く。

 そして、兵士がとある部屋の前で立ち止まると、扉をノックした。


「姫様、リアーヌ様とユウマ殿をお連れしました」


 兵士がそう言うと、ガチャッと扉が開かれ、メイド服を着た女性が顔を出す。

 その女性は見覚えがあった。

 転生したての頃に見たあのメイドの女性だ。


「ご苦労です。どうぞ、中へ」


 メイドは兵士の労をねぎらうと、俺達に部屋の中に入るように勧めてきた。


「うむ。失礼する」


 リアーヌがそう言って、部屋に入ったので俺とAIちゃんも続く。

 すると、部屋の中には金髪の少女がテーブルの前で立っており、その後ろにはこれまたいつぞやに見た男が立っていた。


「ようこそ、おいでくださいました。私がコレットです」


 お姫様は軽く会釈をしてくる。


「うむ。コレット、こちらがユウマ様だ。そして、AIちゃん。この前も説明したが、信頼できる御方なので心配しなくていい」

「はい。どうぞおかけください。アナ」

「はい、ただいま」


 お姫様がメイドを呼ぶと、アナと呼ばれたメイドがお茶の準備をしだした。

 そして、お姫様が座ったので俺達も席に着く。


「殿下、ご紹介にあずかりました冒険者をしているユウマです。この度はお招きいただきありがとうございます」


 お姫様に向かって頭を下げた。


「いえ、急な呼び出しに応じて頂き感謝します。また、以前、私が乗る馬車を助けていただき、ありがとうございました」

「ユウマ殿、私は姫様の護衛をしていたカールだ。私からも感謝したす。正直、死を覚悟していた」


 お姫様が頭を下げ返していると、立っている護衛の兵士が俺のもとに来て、深く頭を下げる。


「当然のことをしたまでです。むしろ、名乗り上げず、さらにはあの蜘蛛のせいで混乱を招いてしまって申し訳ない。あの時は転生したばかりで状況がわからなかったのです」

「そういうことでしたか……いや、それは致し方ないでしょう。それともう一つ、アナを助けていただき、ありがとうございました」


 カールがそう言うと、お茶を淹れているメイドのアナも頭を下げた。


「それも当然のことです。聞きましたが、ご結婚するそうで……おめでとうございます。あなた方の幸福を祈ります」

「ありがとうございます」

「感謝する」


 2人は深々と頭を下げる。

 正直、何回頭を下げるのかって感じだ。


「もうその辺でいいだろう。いつまで経っても話が進まない」


 リアーヌも同じことを考えていたようで苦笑いで止めてくる。

 すると、カールは下がり、アナもお茶を淹れ終え、下がった。


「礼の件はこの辺にしましょう。それにしても殿下は予告状が届いたそうで大変ですな」

「え? あ、そうですね。確かにそうなんですけど、正直、実感がわきません」


 俺が聞くと、お姫様は苦笑いで答える。


「まあ、そうかもしれませんね。リアーヌ、調査の方は進んでいるのか?」

「オットーの奴が進めていますよ」


 あいつ、頑張るな。


「オットー殿なら昨日、参られましたね」


 お姫様が答えた。


「来たんですか?」

「ええ。調査の一環で部屋を調べていきました」

「何かわかったんですかね?」

「さあ? どうでしょう。聞かなかったもので……リアーヌ姉様は何か聞いていますか?」


 どうでもいいけど、リアーヌの方が年下に見えるから違和感があるな。


「まだ調査を始めてから数日だし、何も出ていない。まあ、とはいえ、我らが何とかするから安心しろ」

「わかりました」


 お姫様は普通に答える。


 俺達はその後も他愛のない話をすると、お開きとなり、お姫様とのお茶会はあっけなく終わった。

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