第095話 楽しい人生が一番


 区長と話を終え、ギルドの寮に戻った俺は部屋で休んでいた。

 しばらく待っていると、部屋にノックの音が響く。


「誰だー?」

『私、私』


 パメラの声だ。


「入っていいぞー」


 入室の許可を出すと、部屋が開かれた。

 すると、パメラが部屋に入る前にタマちゃんがものすごいスピードで部屋に入ってくる。

 そして、部屋中を駆け回ると、タンスの上に飛び移った。


「あ、タマちゃん、よそ様の家に勝手に…………よそ様じゃないか」


 パメラが何かに気付いたように途中で言葉を止める。


「まあ、座れよ」

「うん」


 靴を脱いで入ってきたパメラが俺の斜め前に座った。


「他の連中は?」

「2階で料理をするそうよ。リリーさんは本当にすごいわ。鹿を仕留めたんですって」


 へー……狩りが得意っていうのも本当だったか。


「そりゃ、ごちそうだ」

「にゃー」


 上から子猫の鳴き声が聞こえる。

 多分、食べたいんだろう。


「AIちゃんに言え。どうせ上で手伝っているんだろ」

「にゃ」


 タマちゃんはタンスから降りると、部屋の隅をじーっと見始めた。


「猫だなー」

「かわいいんだけどね」

「まだ朝方に顔を踏んでくるか?」

「最近は尻尾で顔を叩くことを覚えたわね。あと、色んな部屋を巡って隠してあるお菓子を食べる」


 猫だなー。


「そうか。一生、子猫のままな気がするが、かわいがってくれ」

「まあ、あなたの式神だものね……この子、もしかしなくてもただの猫じゃない?」

「人食い化け猫だ。お前らを襲う人間が来たらペロリ」

「あー……肉食だもんねー……怖っ」


 パメラがタンスで爪とぎをしているタマちゃんを見る。


「お前らを守る式神だよ」

「まあ、かわいいからいっかー……それより、区長に会ったんだって?」


 お前の親父な。

 前から思ってたけど、他人行儀だ。


「ああ。王都からの呼び出しだと」

「今かー……」


 せっかく西の森が解禁になり、これからっていう時なんだがなー。


「さすがに一国の王の招待は断れない」

「それは仕方がないわよ。断ってとは口が裂けても言えないわ」


 だろうな。


「一応、レイラの指示で王都に行ったら他の連中を呼び戻すことにはなっているから」

「それは良かった……それでいつ出発?」

「3日後。戻ってくるのはいつになるかはわからん」

「国王陛下の誘いだものねー……さすがに冬まではかからないとは思うけど……帰ってくるわよね?」


 冬までには戻りたいわ。

 せっかくコタツを用意したし。


「王様には前もって仕える気はないことを伝えてある。これを無視し、強制的に仕官させるようだったらその時は考える」

「それはないと思うわ。そんな暴君みたいな王様ではないから」


 それは一安心。

 たまにそういう権力者もいるからなー。


「じゃあ、問題ないな」

「問題は王都のギルドね」

「そう思うか?」

「ええ。どこのギルドも優秀な人材の奪い合いよ。というわけでこれ。AIちゃんに頼まれたやつ」


 パメラがそう言って、封筒を渡してくる。


「手紙か?」

「ええ。これを王都のギルドの受付嬢をしているソニアに渡してちょうだい」


 ソニア?


「知り合いか?」

「まあ、そんなところ」

「ちなみに、これ、何て書いてあるんだ?」

「言わないし、絶対に読まないでね。嘘八百が書いてあるわ」


 嘘なら教えてくれてもいいのに。


「まあ、これで上手くいくのならいい。どうせ王都にはそんなに行くことはないだろうし、俺の評判がどうなろうと知ったことではない」


 どうせロクなことが書いてないと思う。


「名前を気にするんじゃないの?」

「もう如月を名乗ってないからな」


 この世界の人間は本当に苗字を名乗らない。

 ナタリア達も名乗らないし、パメラ以外の苗字を知らないまである。


「そう……悪いけど、ウチもユウマさんを流出させるのだけはダメなのよ」

「動かねーよ。仲間にアニーを加えた時点でわかるだろ」


 他の連中は他所の人間だが、アニーはこの町の西区の人間だ。

 絶対に地元から離れないだろう。


「ジェフリーさんが王都でハニトラに引っかかるんじゃないかって」


 あのおっさん……


「お前、俺を誰だと思っている? 如月家の当主だぞ。なんでそんなもんに引っかからないといけない? たとえ引っかかったとしても王都には残らんし、その女ごと連れて帰るわ。俺が人についていくんじゃない。人が俺についてくるんだ。それが貴族であり、名家の当主だ」

「あー……人が女に聞こえる。きっと有無を言わなさない感じだ。そうやって12人か……想像がつく」


 想像力が豊かだな。


「別にどうでもいいわ。とにかく、俺は動かんから安心しろ。今世では政治に関わらないと決めているんだ」

「そうなんだ……あなたが助けたお姫様ってかわいらしいと評判なんだけど、お姫様に言い寄られても?」


 かわいらしい?

 子供か……


「知るか。なんでそんなガキの言うことを聞かないといけない。その時はお前が来いって言うわ」


 王族とはいえ、他国にそこまで遠慮する必要はない。


「なるほど、なるほど……」


 パメラが顎に手をやり、考え出した。


「前世も悪くなかったが、今の人生も十分に楽しい。仲間と仕事し、くだらない会話をする。一昨日は釣りに行き、昨日はコタツを作った。しょうもないが楽しかったわ」

「そうかもねー……」


 パメラがうんうんと頷く。


「お前と飲んだのも楽しかったしな」

「あー……そういうところだと思うなー」

「にゃ」


 パメラが呆れた顔をすると、タマちゃんもパメラの頭に飛び移り、頷いた。

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