第3章

第085話 ツバキ山の金弧


 目の前にいるAIちゃんが優しく微笑んでいた。

 だが、声色も態度もAIちゃんではない。

 どう考えても100年近く共に生きた母上だった。


「母上? あなたも死んだのですか?」


 南無南無。


「死ぬか! 私が死ぬわけないじゃろ!」


 え?

 そうなの?

 俺と同じように死んで転生したんじゃないのか?


「あ、そうなんだ。じゃあ、どうなってんの? ここ異世界だぞ」

「それじゃ。家でゴロゴロと日向ぼっこをしておったら急に呼ばれたんじゃ」


 呼ばれた?


「誰にです?」

「お前じゃ。この式神は私の式神じゃろ? これはお前ら兄弟妹に危険がないようにと思って作った式神だ。だから問いかければ私に繋がるようになっておる」


 うん……それ、初めて聞いたぞ。

 危険な目に遭ってもその機能を知らなかったら呼び出せないじゃん。

 バカだな、こいつ……

 所詮はキツネ……


「あの、呼んだ記憶がないんですけど」


 知らんぞ。


「いや、えーっと、お前のすきるとやらか? えーあいちゃんとやらが呼んできた。助けてーって」


 あー、AIちゃんが呼んだのか。

 いや、呼ぶなよ。


「助けてって言われても何も起きていませんが?」

「今じゃない。昼間じゃ」


 あ、魔族の女に襲われたってやつか。

 AIちゃんは眠れる力で撃退したって言っていたが、やったのは母上か。

 そりゃ、AIちゃんでは魔族を相手にできんわな。


「なるほど……ナタリア達を助けたのは母上でしたか。ありがとうございます」

「よい。たいしたことはしておらんからな。実際、脅したらすぐに逃げたし。それよりもなんじゃ、あの女共は?」


 冒険者って言ってもわからないだろうし、説明がめんどいな。


「仕事仲間ですよ。私も仕事をしていましてね」

「ふーん……仕事仲間ねー……」


 母上が目を細める。


「何だよ」

「いや、よい。お前に女のことでとやかく言うのはやめたんだ。何を言っても無駄じゃからの」


 母上にまで諦められているし……


「そうですか。私がどういう人生だったかは記憶が曖昧なんでわかりませんが、私は普通に生きますよ」

「記憶が曖昧? どうしたんじゃ? 頭でも打ったか?」


 母上が近づいてくると、頭を撫で……れなかったので座ることにした。

 すると、小さい母上が腰を下げた俺の頭を撫でる。


「この身体は小さいのう」

「あんたが小さい方がかわいいって言ったんだろ」


 だからこの式神は小さいのだ。


「そうじゃったの。歳は取りたくないもんじゃ。私がこのくらいの時はよく金持ちの家で盗み食いをしたもんじゃのう……」


 それ、100回以上は聞いたわ。


「はいはい。記憶が曖昧なのはAIちゃんが家族の記憶を消したからですよ」

「消した? 家族を? 何故じゃ?」


 母上が呆然とする。


「消したと言っても母上はもちろん、父上も弟も妹も覚えていますよ。記憶にないのは私の嫁や子供、孫達です。この身体は20歳の時らしいのですが、それ以降の家族の記憶がありません」

「どういうことじゃ? お前、嫁や子供、孫達をあんなにかわいがってたじゃないか」


 かわいがっていたらしい。

 やはり俺は槐とは違うのだ。


「母上……私は死んだのです。何故か若返って異世界に来ましたが、すでにあちらの世界では死んでいるのです。葬儀もしたでしょう?」


 してなかったら泣く。


「したの……ひっどい空気じゃった。お前が一族を増やしすぎたせいでお前の孫である大勢の子供達が一斉に泣き出すわ。嫁同士が……いや、これはいいか」


 えー……気になるわー。


「とにかく、死んだんです。私は現在、転生し、違う人生を歩んでおります。姿も名前も同じですが、如月の当主である私は死んだんですよ」

「そうか……まあ、そうじゃの」

「ええ。ですからAIちゃんが次の人生の足かせになるような記憶は消してくれたんです」

「ふむふむ。なるほどの。それで一から集めておるわけか」


 言い方。

 集めてねーし。


「……まあ、それでいいです。しかし、母上、異世界にまで来られるんですね」

「そのようじゃの。知らんかったわ。まあ、そもそも異世界ってなんじゃいって話じゃが……」


 まあね。


「で? いつ帰るんです? AIちゃんは?」

「母親に会ったのにもう帰れと言うか……母が恋しくないのか?」

「いや、俺、99歳で死んだじじいだぞ。恋しいもクソもあるか。あと、もうすぐで夕飯だ。人が来るから帰れ」


 ナタリア達にこいつを会わせたくない。


「お前は昔から自分の女を優先するところがあったのう……まあ、帰るわ。そろそろ私の本体の尻尾を引っ張って遊んでいるチビ共を怒らにゃならんし」


 俺の孫かな?

 俺もよくやったわ。


「お元気で。あと、一族を頼みます」

「それは死に際に聞いた。私の一族だし、守るさ。もっとも、そんなものが必要ないくらいによくやっとる。おかげで暇じゃ」


 いつもじゃん。

 縁側でゴロゴロしてるだけだろ。


「御達者で」

「お前な……そんなに帰ってほしいのか……まあ、よいわ。また来るからの」

「来なくていいですよー」

「いや、ちょっと気になることがあるから来る。それに蛇臭いしのう……」


 母上が上を見上げる。

 レイラの部屋がある方向だ。


「気にするな。さあ、帰れ」

「ハァ……帰る。子供ができたら言えよ。何十人でも祝福をやるから」

「いらん」

「そう言った翌日に女を連れてきたのを思い出すわ………じゃあの。せいぜい次の人生とやらを謳歌せよ」


 母上はそう言うと、目を閉じた。

 すると、すぐに目を開ける。


「マスター、お母様との会話はいかがでしたか?」


 AIちゃんだ。

 同じ姿なのにこっちは非常にかわいらしい。


「お前、母上を呼んだらしいな」

「はい。以前よりこの式神がお母様とパスが繋がっていたことはわかっていました。今回、ピンチでしたので、お母様の意識をインストールし、同期したんです」


 よーわからんが、ピンチだったのは本当だろうし、ナタリア達が無事で良かったと思おう。


「しかし、狛ちゃんは何をしてんたんだ?」

「狛ちゃんは魔封じの護符のせいで弱体していました。それでも勝てない相手ではないですが、狛ちゃんの役目はあの4人を守ることです。ですので、私が前に出て、ダメそうなら例のアリスさんを咥える感じで逃げてもらうつもりでした」


 あー、あの程度なら狛ちゃんでも勝てると思ったが、お守りをしながらは難しかったわけか。

 しかし、アリスは咥えるとして、残りの3人を背に乗せられるのかね?


「まあ、わかったわ。魔封じの護符が厄介だな……」

「ご安心を。お母様が結界を破る術を使っていたのでインストールしております」


 結界破りって相当な難易度の術だぞ。

 AIちゃんのこういうところは本当にすごいと思うわ。


『ユウマー? AIちゃーん? ご飯だよー!』


 AIちゃんと話していると、扉を叩く音と共にリリーが声をかけてくる。


「すぐに行く」


 俺とAIちゃんは夕食の時間になったので部屋を出た。

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