第082話 大妖怪 ★


「アリス、ちょっとトイレに行ってくるから一人で見張っててくれ」


 ユウマはそう言うと、塀塀から離れる。


「…………トイレ? 1人で大丈夫?」

「問題ない。すぐに戻るわ」


 ユウマはそう言って、敷地から出ていった。

 ただし、私は敷地を出る際に何かの護符を貼ったのを見逃さない。


 サイラス達が来たんだろう……

 ユウマはその対処に行ったんだ。


「……アニー、私も行こうか?」


 リリーが私のそばに近づいていくると、小声で聞いてきた。

 リリーは魔力感知に優れているからサイラス達が来たのがわかったのだろう。


「……放っておきなさい。自分達のリーダーに任せればいい」


 私は最初からこうなることがわかっていた。

 サイラスは昔から知っているが、気が短いし、プライドが高い。

 いくらクランリーダーのバイロンが止めようと、無駄だ。

 そして、おそらくだが、そのことをユウマもレイラさんもわかっている。

 だからユウマはパメラにあのタマちゃんとかいう子猫の式神を付けたんだ。

 サイラス達が逆恨みをすることも知っていたし、今日、その対処をする予定だったのだろう。


「……大丈夫かな?」

「……問題ないでしょう。というか、あまり考えないようにしなさい」


 リリーは経験が浅いからね……

 アリスはともかく、ナタリアも考えてしまうだろう。

 まあ、だからユウマは何も言わずに1人で行ったんだろうけど。


「……わ、わかった」


 リリーは頷くと、採取の仕事を再開する。

 そして、しばらく採取をしていると、近くで一心不乱に地図を描いていたAIちゃんが手を止め、顔を上げた。


「どうしたの?」


 これまで一度も手を止めずに地図を描いていたAIちゃんが手を止めたので気になった。


「敵性反応確認。まさかマスターの結界をすり抜ける者がいるとは……」


 AIちゃんがそう言いながら立ち上がったので私も手を止め、急いで立ち上がる。

 そして、空間魔法から杖を出し、構えた。

 アリス、ナタリア、リリーも構える。


「よくわかりましたね……」


 女性の声が聞こえたと思ったら門の方に若い女性が急に現れた。

 その女性の肌は青白い……


「魔族ですか……」


 AIちゃんが私達の前に出て、つぶやく。


「こんにちは。あなたはユウマとかいう男のそばにいた子ですね」

「魔族が何の用です?」


 魔族……

 本物?


「ちょっと張っていたんですが、ちょうどよくそのユウマさんがあなた方から離れたので始末しておこうと思いましてね」


 女はそう言うと、魔力が高まっていく。


「くっ! 本物の魔族のようね……!」


 この魔力は魔族だ。


「え? 本当?」

「なんでこんなところに!?」


 リリーは呆け、ナタリアが慌てる。


「…………炎よ……え?」


 唯一、落ち着いていたアリスが杖を掲げ、魔法を使おうとした。

 だが、アリスの杖の先から火魔法が出ることはなかった。


 アリスは呆然と自分の杖の先を見る。


「ごめんなさいね。一目見てあなた達が魔法使いなことはわかったから魔法封じの護符を使わせてもらいました」


 魔族の女は笑いながらひらひらと護符を見せてきた。


「魔法封じ……!」


 とんでもないものを使う……

 あれはおそろしく高価であり、その辺の人間が持てるようなものではない。

 それを魔族は簡単に使ってくるのか……!


「…………あ、終わった」


 アリスは早々に負けを察したようだ。

 まあ、そうだろう。

 だって、魔法を奪われた私達にできることなんてない。


「まあ、おかげで私も魔法が使えないんですけどね。でも、これで十分……」


 女はナイフを取り出した。

 それと同時に狛ちゃんが前に出て、AIちゃんの横に並ぶ。


「あら、かわいい。でも、魔法封じは従魔にも効くんですよ? どれだけやれるかしら?」


 どうする?

 逃げるのが得策だが、唯一の逃げ道は魔族の女が塞いでいる。

 私達に塀を乗り越えるような力はないし、狛ちゃんに任せるしか……


「狛ちゃん、優先順位はわかりますね?」


 AIちゃんが狛ちゃんを撫でながらつぶやいた。

 すると、狛ちゃんが前を向いたまま数歩下がる。


「あら? どうしたんですか?」


 魔族の女が笑った。


「アリスさん、後ろに」


 AIちゃんがそう言うと、塀の近くにいたアリスが私達のところに来る。


「お子様が一人でやるんです?」

「同期を開始……インストール中、インストール中、インストール中……」


 AIちゃんが変な言葉をつぶやき始めた。


「何を言ってるのかしら? まあいいわ。死になさいっ!」


 女はナイフを構え、変な言葉をつぶやき続けるAIちゃんに襲いかかる。

 そして、AIちゃんの足を払うと、上体が崩れたAIちゃんの胸にナイフを突き刺しながら地面に叩きつけた。


「AIちゃんっ!」

「くっ!」


 ナタリアが叫び、リリーが弓を構える。


「インストール中、インストール中、インストール中……」


 AIちゃんは口から血を流しながらも変な言葉をつぶやき続けた。


「何、この子? 不気味ね……いや、この子も従魔で人じゃないのか……」

「インストール中、インストール中、インストール完了。同期します…………ツバキ山の金狐、具現します」


 AIちゃんが謎の言葉を言い終わると、辺りの空気が変わった。

 さっきまで明るかった周囲が夜になったかと錯覚するほどに禍々しい魔力を感じる。


 重い……暗い……

 何これ?

 視界が揺れ出す。


「くっ!」


 あまりの重圧に倒れそうになったので何とか杖を地面につき、身体を支える。


「な、何だ、お前!?」


 俯いていたが、声がしたので見上げると、さっきまで笑っていた魔族の女が険しい顔でAIちゃんから距離を取っていた。


「子供はいつまで経っても子供じゃのう……自分の女すら守れんか」


 AIちゃんの方から声が聞こえるが、AIちゃんの声ではない。

 似てはいるが、AIちゃんのような子供の声ではないのだ。

 

「貴様、何者だ!?」


 魔族の女がそう聞くと、AIちゃんがゆっくりと立ち上がった。


 AIちゃんは頭に獣の耳がついており、さらにお尻から金色の大きな尻尾は生えている。

 そして、歪みきった醜悪な魔力を出していた。


「私に聞いたのか? この金狐様を知らんとは……」

「くっ! 獣人? いや、獣人はこんな魔力を持っていないっ! 神獣か!?」


 神獣?

 どう見てもそんな神聖なものではない。

 むしろ、その逆にしか見えない。


「何でもよいぞ。しかし、なんじゃ、この結界? ユウマの結界に見えるが、他にもあるな。動きづらくてしょうがない」


 AIちゃんはそう言うと、指を天に向ける。

 次の瞬間、何かが壊れるような感覚がした。


「え? そ、そんな……!」


 魔族の女は驚愕した顔になると、護符を取り出した。

 その護符はぼろぼろになっており、崩れるように地面にバラバラとなって落ちていく。


「なんじゃ、おぬしの術か。しょうもないものを使うのう……」

「バ、バケモノめ!」

「バケモノなんだから仕方がなかろう。大妖怪である金狐様に何を言っておるんじゃ……」


 この式神、大蜘蛛ちゃんや狛ちゃんとは質が違うヤバさがある。

 というか、AIちゃんじゃないような……

 金狐様って言ってるし。


「くっ!」


 魔族の女はナイフを構える。

 だが、少しずつ後ろに下がっていっていた。


「逃げるなら逃げる、来るなら来る。どっちかにせい。そういう姿勢は余計に誘っているように見えるぞ。それとも食ろうてほしいのか? あまり美味そうには見えんが、ご要望とあらば食ろうてくれよう」


 AIちゃんが笑いながら一歩前に出た。


「ひっ!」


 魔族の女はあまりの恐怖にナイフを落とし、後ずさる。

 そして、背を向けると、上空に飛び上がった。


「ほう! 飛べるのかー? すごいのう!」


 AIちゃんが魔族の女を眺めながら興奮している。


「くっ……! お、覚えておけ!」

「ああん?」

「ひっ! ご、ごめんなさっ! ッ! クソッ!」


 魔族の女は最初は強気に出ようとしたが、AIちゃんに睨まれ、慌てて飛んで逃げていった。


「なんじゃい……雑魚のくせにいきがりおってからに…………さてと」


 AIちゃんがこちらを振り向く。

 その顔は醜悪な笑みを浮かべていた。


 怖っ!

 食べられそう……


「…………あなたは誰? AIちゃんは?」


 平静なアリスがいつもの眠たそうな顔で聞く。


「あん? 聞こえんぞ。もっとはっきりしゃべらんかい」


 アリス、声が小さいからな……


「…………アニー、任せた」


 アリスが少し落ち込みながら私に振ってきた。


 わ、私が聞くのね……

 まあ、ナタリアとリリーはダメだろうし、私か……


「あ、あのー、どちら様で?」

「私の話を聞いていなかったのか? 金狐様と言っておろうが」

「あ、いえ、名前は存じているのですが、金狐様と言われましても……」


 このキツネ、絶対に悪しき者だ。


「うーん……さて、どうするのかのう…………ユウマにでも聞け。どうやら話しておる時間がない」

「えっと、それはどういう……」

「見ればわかるじゃろ。致命傷じゃ」


 金狐様はそう言いながら真っ赤に染まった胸を撫でた。


「えっと、治しましょうか?」


 ナタリアが恐る恐る聞く。


「いらん。式神は治せんし、どちらにせよ、またユウマが出せばいいだけじゃ。おい、狛犬…………ん? 狛犬、か?」


 金狐様は狛ちゃんを呼ぶが、狛ちゃんを見て、首を傾げた。


「あ、かわいらしいのに変えたみたいです」

「ああ……そういえば、スズネが泣き出したから変えたんだったな……狛犬、私は消えるからユウマが戻るまでそいつらを守っておけ」


 金狐様がそう言うと、狛ちゃんが頷く。


「よろしい。さて、帰るか。なんで呼び出されたかと思ったらこやつらのお守りかい……しかし、相変わらず、女ばっかり集める奴じゃのう。一体、誰に似たんだか…………」


 金狐様はぶつぶつとつぶやきながら姿を消した。


「な、なんだったのかな?」


 金狐様が消えると、リリーがつぶやく。


「さ、さあ?」

「…………金狐ってユウマのお母さんの名前じゃなかったっけ?」

「そういえば、AIちゃんが偉大なる金狐様の子って言ってたね」


 あれ、ユウマの母親なんだ……

 どうりで…………ん?

 いや、あいつ、人じゃないじゃん!

 というか、なんでいるの!?


 あー、頭が混乱する。

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