第077話 解決 ★


 レイラが本性を現した。


「俺は無能じゃねーよ」


 失礼だ。


「無能だ。襲われたのならキッチリ殺してこい。お前の狐火なら死体も残さずに灰にできるだろ」

「あの程度なら殺すほどじゃねーよ」

「馬鹿が……どうせ女の前だったからだろ」


 うん。

 引かれちゃうし、女に見せるものではない。


「あ、あの、レイラさん、落ち着いて……ヒッ!」


 パメラが諫めようとしたが、レイラに睨まれ、怯える。


「パメラを睨むんじゃねーよ」


 可哀想だろ。


「色ガキが……!」


 レイラが睨んできた。

 それと同時に霊力を当ててきていた。

 かなりのものだが、俺にとってはたいしたものではない。


「レイラ、それでどうするんだ?」


 バイロンがレイラに確認する。


「あー、イラつく。この無能はマジでイラつく。自分のところのカスすらも抑えられない無能は死んだ方がいいわ」


 これがレイラの……槐の本性だろう。

 そして、これを身内にも言っていた。

 そりゃ謀反も起こされるわ。


「ケンカを売っているのか?」


 バイロンがレイラを睨んだ。


「いいね。気概だけはある。でも、私に勝てる気か?」


 レイラがそう言うと、霊力がさらに増す。

 すると、レイラの影から巨大な蛇が現れ、レイラに巻き付いていった。

 そして、巨大な蛇はレイラに巻き付くと、バイロンを見ながら舌をチロチロと出す。


「おー! 天霧の式神です」


 AIちゃんが言うようにこの蛇は天霧のご先祖様を模した式神である。

 敵を締め付け、丸呑みする凶暴で冷酷な蛇だ。

 はっきり言って神様要素はない。


「ウチと戦争するということでいいか?」

「戦争? 何を言っている。その言葉はある程度、対等の者が言う言葉だ。お前らごときでは相手にもならん。ただの虐殺だ」


 レイラの霊力がどんどんと上昇し、それに合わせて、レイラに巻き付いている蛇の霊力も上がっていく。


「舐められたものだな。こちらはお前のクランの倍以上はいるぞ」

「実に無能らしいセリフだ。お前らの相手は私一人だぞ? そして、クランリーダーであるお前は俺に勝てるのかと聞かないといけない。同じAランクだろ」

「…………ギルドや兵士が黙っていないぞ」


 勝てるとは思っていないようだ。

 まあ、レイラも蛇もこいつとは比較にならない魔力というか、霊力だからな。


「あの程度で何ができる? 私はその気になれば、万を超える蛇を出すことができるし、スタンピードごときで慌てるこの町の兵士なんか相手にならんぞ」


 レイラがそう言いながら自分の蛇を撫でた。


「きしょいからやめろ」


 蛇の大軍は嫌だ。


「お前のクソ蜘蛛や雑魚チビギツネよりましだ」

「がーん! 雑魚チビギツネ……」


 AIちゃんが可哀想。

 よしよし。


「お前、人間じゃないな……!」


 バイロンが核心をつく。


「蛇の神の一族である私を人間と呼ぶかはお前らに任せよう。そして、神は寛容だからお前の言う妥協案を飲もう。どっちが手を出し、どっちが悪いかなんて興味ない。無能共のさえずりに私を巻き込むな。頭も悪い、力もない……私はお前らみたいな無能を見ているとイライラするんだ」


 今はそれを抑えてくれる愛する旦那もいないもんな。


「バイロン、俺もそれでいいぞ。ウチのリーダーが次は殺せって言ってるし、それに従う」

「…………被害届は取り下げるということでいいな?」

「それでいい。ただし、あの雑魚共に二度と女共に近づくなって言っとけ。この程度の魔力でビビるような奴は相手にならん」

「俺の女共」


 雑魚チビギツネ、うるさい。


「……わかった。こちらとしては被害届を取り下げてもらえるならそれで構わない。近づくなという言葉も問題ないだろう。どうせ生活区域も冒険者として活動区域も異なるのだから問題ない」


 西区と南区だからな。

 俺達も南の森に行くことはない。


「話は終わったか? だったらさっさと帰れ。私の平穏をかき乱すな」


 レイラはそう言うと、立ち上がり、階段に向かって歩いていく。

 だが、身体に巻きついている蛇は舌をチロチロと出しながらずっとこちらを温かみがまるでない目で見ていた。


「ねえねえ、あの蛇、なんか怖いんだけど……」


 パメラが顔を寄せて、聞いてくる。


「あれは完全な肉食の蛇だ。お前らをエサとして見てる」

「ひえっ! かわいくない式神2号だ!」


 1号は誰?

 まさか、糖分大好きの乙女な大蜘蛛ちゃんじゃないよな?


「お前が襲われることはないから安心しろ。あんなもんは俺の狐火で燃やしてやる」


 あの蛇、火に弱いし。


「そ、そう? あっと、えーっと、とりあえず、ユウマさんは被害届を取り下げるということでいいですか?」


 パメラが冷静さを取り戻し、確認してくる。


「ああ。こっちも別に争いを望んでいるわけではない。サイラス達が絡んでこなければそれで構わない」

「バイロンさんもそれでいいですか?」

「もちろんだ。区が違うとはいえ、冒険者同士で争うのはバカげている。ましてや、今はスタンピードの後で冒険者同士が一丸となる時だ」


 よく言うわ。

 でもまあ、これくらい面の皮が厚くないとリーダーにはなれない。


「では、この件はこれで手打ちとしましょう。ギルドはこれを問題にしませんし、兵士にもそのように伝えておきます」

「頼むわ」

「よろしく頼む。では、俺はこれで失礼する」


 バイロンはそう言うと、立ち上がり、玄関まで速足で歩いていく。


「バイロン、ちゃんと外の連中も連れて帰れよ。レイラの蛇が狙ってるぞ」


 そう言うと、バイロンの足が一瞬止まったが、バイロンはこちらを振り向かずに寮から出ていった。




 ◆◇◆




 俺は【風の翼】の寮を出ると、上を見上げる。

 すると、とある一室の窓から舌をチロチロと出す蛇と窓越しに目が合った。


「チッ!」


 バケモノめ!

 本当にエサとして見てやがる!


 俺はさっさとこの場をあとにし、南区へ向かう。

 すると、俺の隣にクランの副リーダーを務めてくれているデニスがやってきた。


「バイロン、どうした?」


 デニスが声をかけてくる。


「全員を下がらせろ。それとサイラスをクビにしろ」

「お、おい! 本当にどうした!?」


 デニスが慌てる。


「お前の言う通りだった。レイラはバケモノだ」


 俺が1人で【風の翼】のクランの寮に行くと言った時、デニスはレイラは得体のしれない存在だから気を付けろと言っていたのだ。


 レイラは性格が大人しく、争いを好まない。

 これはこの町の全冒険者が知っていることである。

 だが、その一方でレイラの実力を知る者はいない。

 当然、Aランクなのだから強いのだろうが、誰もその実力を見た者はいないのだ。


「やはりか……噂で妙な術を使うとは聞いていたが……」

「とんでもない蛇を出してきたぞ。蛇の神の一族だそうだ。正直、納得できる。あれは人間じゃない」

「魔族か?」

「いや、それとも違う。とにかく、全員に【風の翼】に近づくなと通達しろ。ヤバいのがもう一人いた」


 そう。

 ヤバいのはレイラだけではない。


「ユウマとかいうルーキーか?」

「そうだ。早々にギルドが女を使って囲った理由がわかった。あれはレイラと同格のバケモノだ」


 ユウマとかいう有望な冒険者が西区に現れたことは当然、俺の耳にも入っている。

 勧誘しようと思っていたが、かなり女好きらしく、早々に女が多いことで有名な【風の翼】に入った。

 しかも、西区のギルドが美人受付嬢を使って囲ってしまったと評判なのだ。

 実際、そんな感じだった。


「そのレベルか……」

「ああ。あれも人間じゃないだろう。【風の翼】なんか無害すぎてどうでもいい相手だ。関わらずに放っておけ」


 あそこは向上心がまるでない仲良しクランだ。

 まず、障害にはならない。


「それでサイラスをクビか? 逆恨みをして俺達のせいにされるのはシャクだぞ」


 それもそうか……


「適当に黙らせておけ。王都にでも行かせろ」

「わかった。やってみる。被害届は下げさせたんだよな?」

「ああ。そこだけは譲れんところだったが、あっさり下げた」

「よし。それならウチの名に傷が付くことはない」


 大事なのはそこだ。

 クランともなると、メンツが重要になる。


「それで終わりにしよう……クソバカのせいでとんでもない目に遭ったわ」


 背中が嫌な汗でびっしょりだ。


「たいした実力もないし、どっかで切った方がいいだろうな……」

「そこも任せる」


 あんな奴、どうでもいいわ。

 評判を下げることしか能がない。

 これで真面目に働いてくれればまだ良いが、ロクに働きもしない。


「ユウマの勧誘はいけそうか?」


 デニスは有望なユウマを欲しがっていた。


「無理だ。噂通り、西区の区長の娘とガッツリだわ」


 少なくとも、パメラは心を許しているように見えた。

 ならば、もうお手付きだろうし、そうなると西区の区長が黙っていない。


「そうか……まあ、仕方がない」

「どちらにせよ、あんなバケモノはいらん。俺は人間の部下が欲しい」

「確かにな」


 絶対にあんなバケモノ共と関わらない方がいい。

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