第074話 ミミズ


 家の前まで戻ると、夕日が落ちかけており、辺りは暗くなり始めていた。

 俺達がクランの寮に入ると、アリスがお風呂に入ってくると言って、速足で階段を昇っていく。

 俺も部屋に戻ろうと思い、ふと交流スペースを見てみると、狛ちゃんがおらず、代わりにレイラがソファーに腰かけ、ぼーっと天井を見上げていた。


「お前、何してんだ?」


 交流スペースまで行くと、レイラに声をかける。


「考え事……まあ、座れ」


 そう言われたのでレイラの対面に腰かけた。

 AIちゃんも俺の横にちょこんと座る。


「本当にどうした? 疲れか?」

「まあ、疲れてはいるな……でも、そういうことじゃない。お前ら、【ハッシュ】の若いもんと揉め事を起こしたんだって?」

「アニーとナタリアに聞いたか?」

「ああ。アニーが言うには身の危険を感じたって言ってた」


 女はどうして大袈裟に言うのかね?

 そんなもん、絶対に感じてないだろ。


「揉め事っていうより、一方的に絡まれただけだ」

「だろうな。あそこは力のある者が多いクランだが、その分、民度も低い」

「そんな感じだな。お前、放っておいてもいいのか? 自分のところのクランメンバーが絡まれているんだぞ」

「たいしたことじゃない。活動区域も違うし、冒険者なんて大なり小なりそんなもんだからな」


 まあ、そうだろうな。

 もっとも、今まではだけど。


「西の森に行けなくなったぞ? それと度を越しているらしいぞ?」

「だろうな……ギルドは何て?」

「抗議や事情聴取なんかをするらしいけど、まずはお前に話せってさ」

「ギルドはそうするだろう」


 レイラが苦笑した。


「何かあるのか?」

「クラン同士の争いはクラン同士で解決しろってことだよ。ギルドはこれから事情聴取を行い、事件性を調べる。それで事件性があれば兵士というか、区長に報告する。それで逮捕、投獄だ。要はこの時間内にクラン同士で話し合いをし、解決してくれってことだ」


 俺達が被害を取り下げればお咎めなしか。


「そういうもんなのか?」

「そういうもん。冒険者は稼ぎ頭だからな。それと問題を大きくしたくない。今は特に……」


 ふーん……


「罰則なしは調子に乗るだけだぞ」

「それを私と【ハッシュ】のクランリーダーが話し合うんだよ。金で解決することが多い」

「金ねー……」

「お前、どうしたい?」


 レイラがだらけたまま聞いてくる。


「金なんかいらんな。それと俺はあんなのはどうとでもなるが、女共が危ない」


 あいつら、近接戦闘が苦手だから奇襲されると弱いし。


「そこまではせんだろうがなー……じゃあ、このまま交渉せずに投獄させるか? 多分、町から追放になると思う」

「それが良いが、お前はそれが嫌なわけだな?」


 悩んでいるということはそういうことだ。


「それをすると、ウチと【ハッシュ】は完全に決裂する。問題児はサイラス達だけじゃないんだよ。まーた、面倒な奴らが絡んでくる」

「それを嫌がっているわけか?」

「そう……敵視されたくない」


 言いたいことはわかるが、日和ってんなー。


「だが、金で解決とはいかんだろ」

「それもわかる。だからどうしようかなーっと……」


 煮え切らない奴。


「だったら少しの金をもらい、今後は関わらないということにするか? それが一番の妥協点だと思うぞ」

「かねー? 言うことを聞けばいいけど……」


 聞かないかもな。

 逆恨みされそうだし。


「はっきりしろよ。お前がリーダーだろ」

「私なんて何もしてないからなー……このクランは自由がモットーって言っただろ。だからみんな好きにやるし、揉め事を起こすような子達じゃないからそれで問題なかった」

「俺のせいか?」

「まあなー……関わらずに無視して逃げれば良かったんだよ」


 それをするから向こうが図に乗るんだろ。


「それを俺がすると思うか?」

「しないだろうなー……お前らの家の人間って自己顕示欲が強いし」


 そんなことはない。


「ねーよ」

「派手な術ばっかりだろ。あんなでかい蜘蛛の式神なんて意味ないし、あんなもんをどう使うんだ?」


 大蜘蛛ちゃんをバカにするな。

 強いんだぞ。


「かっこいいだろ」

「ほら、見ろ。今回もどうせアニー達に良いところを見せたかったんだろ、好色ギツネ」

「お前は冷酷蛇から腑抜けミミズになったな」

「ミミズって……ハァ……めんど。私は争いなく生きていたいのに」


 これが槐とは思えんわ。


「槐ならどうしてる?」

「話を聞いた時点で乗り込んでいるじゃないかなー? 要は私にケンカを売ってるわけだし」


 それをしろよ……


「呪えば?」

「私が呪術を使えることはギルドも知っているからバレるな。この程度の争いで皆殺しは過剰すぎる」


 皆殺しとは言ってないんだけど……

 やっぱり性根は変わっていない……


「じゃあ、とりあえずは話し合いでいいな?」

「そうなるな。悪いが、付き合ってくれ」

「そうする。お前に任せると、ぬるく終わりそうだわ」


 腑抜けすぎ。

 元はと言えば、こいつが舐められているのが悪い。


「……なあ、お前が私の立場だったらどうする?」

「徹底抗戦以外にあるか? 俺は長年、如月の家の当主を務めたが、家を守るためには戦うしかない。それが戦争か政争かはあるがな…………お前もそうだろ、天霧の槐? 守りは大事だが、攻撃をしないと守りも生きんぞ?」

「ハァ…………だる。お前、ウチのクランリーダーをやらない?」

「このクランはお前を慕ってきた人間の集まりだろうが」


 何を言ってんだ、こいつは……


「あーあ、私はつくづく人の上に立つ才能がないんだなー……」

「そうだな。冷酷な蛇は人の心がわかっていない」


 どうせ旦那しか愛していなかったんだろ。


「12人も嫁がいた好色ギツネはすごいなー……お前の母親は人の心を弄ぶ天才だったもんな」


 人聞きの悪いことを言うんじゃねーよ。


「うっさいわ。お前は何が大事かよく考えろ。自分の平穏か? それとも仲間か?」

「そうだなー…………ハァ……まあよいか。平穏のためには動かないといけない時もある…………私に逆らう者は殺せばいい」


 レイラは完全に表情を消しており、目は冷酷な蛇の目そのものだった。

 多分、これがかつての槐であり、こいつの素だろう。

 どう見ても人の皮を被った蛇だ。

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