第047話 三つ子の魂百まで


 冷酷な蛇女が泣いている。


「……泣くなよ」

「感慨深かっただけだ。私的には30年近く前のことだからな。ずっと心残りだったから気になっていたんだ」

「いや、子供は?」

「あの子達はあの子達で勝手にやる。私が死んだから傾くような家ではないし、そうならないように教育してきた」


 まあ、実際、傾いてはいないね。


「お前、そんなに旦那が好きだったのか?」

「さっき言っただろ。私を愛してくれたのは旦那だけだった。お前も知っているだろうが、私はそれはそれは嫌われていた。まさしく全員から嫌われていた」


 うん。


「ウチの両親も性悪ババアって呼んでたな」

「性悪クソ狐にそう言われるのは業腹だな」


 こら!

 誰が性悪クソ狐だ!


「母上は性悪ではないぞ。イタズラが好きなだけで基本的には優しい」


 人じゃないからちょっと常識がズレているだけだ。


「そりゃ自分の子供にはそうだろうよ。まあ、昔話をしてもしょうがないから話を続けると、私は12歳の頃から一族のために頑張ってきた。兄弟姉妹は無能だったし、親戚もアホだったから私1人でどうにかしようと思っていた」


 嫌われ者の片鱗が見えるな……


「それで?」

「私は天才だったからそれで上手くいっていた。16歳で旦那と結婚し、子宝にも恵まれた。子供達は有能とは言えなかったが、無能ではなく、無難ないい子達だった」


 また片鱗が見えるし……


「お前なー……」

「わかっている。だが、当時の私は本当にそう思っていた。そして、気付くんだ。一番の無能は自分だということにな」


 槐がふっと笑う。


「何かあったのか?」

「お前は知らんだろうが、天霧の家で謀反というか、お家騒動があった。というか、反私だな。家の者全員が私に反旗を翻したわけだ。もちろん、子供達も含む」


 人望なさすぎ……


「聞いたことないな」

「そりゃ徹底して隠したからな。シャレにならんだろ」


 ならないね。

 家の信頼が揺らぐ。

 貴族としては致命傷。


「それで?」

「謀反は潰した。さすがに粛清はしなかったが、何人かは地方に飛ばした」

「どんどんとお前の独裁になっていくな」

「実際、最初から独裁だったけどな。しかし、私はようやくそこで気付いたわけだ。自分は天才かもしれないが、致命的に協調性がなく、人を纏めることができない。それはつまり当主として失格だということにな」


 まあ、失格だな。

 同じ家の者に反旗を翻されるなんて聞いたことない。

 しかも、全員。


「それ、いくつの時だ?」

「34、5歳だったかな?」


 遅い……


「お前、ひどいな」

「知ってる。さらにひどかったのはそれに気付いたんだが、その時にはどうしようもなかったことだ」

「今さら性格は変えられないか?」

「そうだ。それにこれまでやってきたことが無駄になる。だから私は旦那に泣きついた」


 めんどくせー嫁。


「旦那さんがなんとかしてくれたわけか?」

「そうだ。間に入ってくれた。それ以降、私は一族の者と一切、会話をしなくなった。それどころかロクに顔も合わせていない。調整は全部、旦那がやってくれた」


 もう一度言おう。

 めんどくせー嫁。


「ひどい」

「いやー、あれ以降は心が穏やかになったな。無能共にイラつくこともなくなったし、怒ることもなくなった。毎日、愛する夫とだけ会話し、実に楽しかった。よく考えたら私って旦那と話している時にしか笑っていなかった」


 こいつは表に出すべき人間ではなかったな。

 嫁に入れて、家から出さないのが最上だ。


「それで死後に後悔したのか?」

「そうだ。私は他人を無能と決めつけ、全部自分でやろうとしていた。一族のために頑張ろうと決めていたのに自分が一番、一族をないがしろにしていたわけだ。だから今のレイラに生まれ変わった時に次は穏やかに生きようと思ったわけだな。この世界は魔物が多く、人々が危険にさらされている。私の唯一の才能である陰陽術や戦闘術で役に立とうと思って頑張った。誰ともぶつからず、誰ともケンカしない。そうこうしているとAランクにまでなり、こうなった」


 心を入れ替えたわけだ。


「それで自由がモットーか……」

「ああ。私はクランメンバーに何も押しつけないから好きにやってくれればいい。困ったことがあれば助けるし、皆で協力する。そういうクランだ」


 何となくわかる気がする。

 スタンピードの際、アニーが逃げてもいいって言ったにも関わらず、誰も逃げなかったし。

 普通は逃げる。


「仲良しこよしでは上を目指せんぞ? 世界一のクランになろうと思わんのか?」

「実に興味ない。私は仲間達と楽しくやりたいんだ」


 性格がめちゃくちゃ変わってる……

 家族に嫌われていたのが、よほど辛かったんだろうな。


「そんなに1人は嫌なのか?」

「私を看取ってくれたのは旦那一人だったんだ」


 きっつ……


「子供達は? せめて次の当主くらいは看取るだろ。薄情にもほどがある」

「いや、そうじゃない。私が死に際を見られたくなかったんだ。散々威張り、周囲を無能と怒鳴り散らしていたから弱った自分を見せることが怖かったんだ……だから病を患っていることすら言わなかった。もっと言えば、葬儀もしないように遺言を残した」


 普通に葬儀はしていた気がするが、言わないでおこう。

 俺も小さかったからあまり覚えてないし。


「お前、こじれてるな」

「そうだ。だからこそ今がある。お前もウチのクランに入るのは構わんが、他の皆と上手く接しろよ。間違っても男女問題でこじれるな」


 こじれねーわ。


「こじれるわけないじゃないですか。マスターはスペシャリストですよ?」


 おい、子ギツネ。


「そうだったな……それはそれでどうかと思うが、上手くやってくれるならいい」

「少なくとも、ナタリアやアリスは大丈夫だと思う。リリーは知らん」


 会ったことないし。


「リリーか……うーん、まあ、ナタリアがいるから大丈夫だな」


 どんな子なんだろ?


「ところで、お前が転生者なのは皆、知っているのか?」

「いや、知らんと思う。こっちの世界の私の親ですら知らん」


 マジか……


「言わないのか?」

「絶対にどんな人生だったか聞かれるからな。言ったら嫌われるかもしれないから言えん。お前に言ったのは同じ世界から来た人間だったからだ。しかも、如月の人間。いや、人間ではなかったな……半ギツネ」


 半ギツネ言うな、嫌われ蛇女。


『マスター、このクランを乗っ取りますか? この腑抜け蛇なら簡単に奪えそうですよ?』


 ニコニコ笑っているAIちゃんが念話で聞いてくる。


『いらん。俺も別に世界一のクランにしたり、世界一の冒険者になりたいわけではない。適当に生きよう』

『承知しました』


 槐……というより、レイラは慕われてるし、優秀なのは間違いない。

 こいつが頭でいいだろう。


「ん? どうした?」


 無言になった俺達を見て、レイラが聞いてきた。


「いや、別に。まあ、よろしく頼むわ」

「うん、頑張れ。とはいえ、少し大人しくしていろ。ちょっとうるさくなりそうだ」

「狐火や大蜘蛛ちゃんか?」

「そんなところだ。たかが狐火や式神程度で騒ぎになるなんて程度の低い…………皆、見たことない魔法で不安なんだろうな。私が区長と話そう」


 今、ちょっと本音が出たな?

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