第046話 天霧槐
天霧家は如月と同様に陰陽師の家である。
蛇の神の血を引く一族と言われ、如月家と同様に長年、国に仕え、貢献してきた由緒正しい貴族の家だ。
その権力と影響力はすさまじく、国でも五指に入る家柄でもあった。
要は格としたらウチとほぼ同じ。
そんな天霧家にはとても有能な当主がいた。
それが先代当主である天霧
槐はわずか12歳で当主となり、当時、国最高の陰陽師と謳われるくらいに優秀だった。
しかも、陰陽師としてだけでなく、当主としても有能であり、ただでさえ大きい天霧家をさらに大きくし、政治にまで介入するほどにまで影響力を強めた。
だが、そんな槐は皆から嫌われていた。
槐は12歳の時に当主になり、すぐに頭角を現した。
優秀であり、自他共に認める天才だったのだ。
だから増長した。
当時のことを知らない俺達世代からすれば当然だろうと思うが、12歳で当主は早すぎたのだ。
ロクに心も成長していなかった槐は自分だけの力と才覚だけで物事を進め、他の家とは足並みを揃えないうえに一族の者にすら無能と誹り、辛く当たった。
俺も如月家の人間として、同格の天霧家の人間と話したことはあるが、先代当主である槐の名はほぼ禁句となっているくらいだった。
確かに有能で天霧家の歴史に名を残したであろう槐は一族の者にも他の家の者にも文字通り、蛇蝎のごとく嫌われていたのだ。
そんな槐は俺がまだ5歳か6歳の頃に亡くなっている。
確か、50歳くらいだったと思う。
そんな槐が目の前にいる。
もちろん、50歳のババアには見えないし、おそらく、転生したのだと思われる。
「槐……もちろん、名前は知っているが、本当に槐か?」
天霧家の証である真っ赤な目をしているレイラに確認する。
「本当かどうかと聞かれると微妙だな。そういう記憶があるというだけで別人かもしれん」
まあ、それを言えば俺もそうだ。
如月ユウマの記憶がある別人かもしれない。
「転生か?」
「そうなるな。あれは3歳くらいだったと思う。急に記憶がよみがえった」
俺とは違うな……
「転生の仕組みがわからん。俺は数日前に死んだばかりだぞ」
「それだ。私も他の転生者と会ったことがあるが、皆、別の母親から普通に生まれてきているぞ。お前はなんだ?」
なんだと言われてもね……
「知らん。俺は転生というより、生き返って若返り、転移したという感覚だ」
「確かにそんな感じだな……99歳だったか?」
ナタリアかアリスに聞いたのかな?
「そうだ。俺は99歳で死んだ。これは間違いない」
「そうか……嫁さんが12人もいたって本当か? 微妙に時代がズレているとはいえ、そんなの聞いたことないぞ。確かに私の父だって妾が1人、2人いたが、さすがに12人はない」
嫌われ者の蛇女がめっちゃ引いてるし……
「らしい……」
「ん? らしいとは?」
槐が首を傾げた。
「この子は母上の式神だが、中身は俺のスキルであるAIという人工知能でな。この子が不要なものということで家族の記憶を消したんだ」
AIちゃんの頭を撫でながら説明する。
「ギフトか……それで式神がしゃべっているんだな。しかし、家族が不要か?」
「引きずるそうだ。俺は死んだし、今の人生は別の人生。前の家族の記憶は今の人生には不要なバグらしい」
「なるほど…………確かにな。それはものすごくわかる。私はもう28歳になるが、いまだに旦那も恋人もいないし、いたこともない…………前世の夫を忘れられないんだ。いまだに夢に出てくるくらいだな」
めっちゃ引きずっている……
こうなってしまうのか。
「良い男はいなかったのか?」
「いても無理だな。私はそれくらいに夫を愛していた。というか、前世で私のことを愛してくれたのは夫だけだったからな。私は子供達にすら嫌われていた」
こいつはなー……
「実際、他の転生者もそんな感じか?」
「いや、そうでもない。普通に結婚している人もいる。割り切れる者、お前みたいに元々、愛が多い者、前世では上手くいっていないかった者など様々だ」
別に愛は多くないんだがなー……
絶対に信じてくれないだろうから言わないけど。
「人それぞれ、か……」
「お前は12人もいたんだから問題ない気もするけどな。12人が15人になろうと、20人になろうと気にしなさそう」
するわい。
「マスターは引きずられます。何しろ、その12人は妾ではなく、文字通りに奥さんです。正室も側室もなく、皆さん、如月の人間ですし、なんなら12回も祝言を挙げられました」
すごっ!
我ながら尊敬するわ。
バカだとも思うけど……
「お前、すごいな……」
あの槐がめっちゃ引いている。
「前世のことだし、まったく記憶にない」
「記憶を消したのは英断だったかもしれんな」
うるさいなー。
「そういうお前はどうした? 嫌われ者だったくせにやけに好かれているぞ」
ナタリアやアリスもだが、他の面々からも信頼されているっぽい。
とてもあの槐とは思えん。
「そうだな……その前に1つ聞いていいか?」
「いいけど、何だ?」
「私の旦那はどうなった?」
こいつの旦那か……
「まず、当たり前だが、死んだぞ。俺はお前が死んでから90年も生きていたんだからな」
もし、あの人が生きてりゃ150歳くらいになる。
生きてるわけがない。
「そりゃそうだ。聞きたいのはそういうことじゃない」
「わかっている。普通に死んだぞ。別に悲劇があったわけでもない。普通に天寿をまっとうした。実際、俺はあの人の葬儀にも出ているからな」
死んだのは槐が死んだ10年後で俺の15歳、16歳くらいの時だ。
そこまでは言わなくていいだろう。
「そうか……ならいい」
槐はそうつぶやき、泣いていた。
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