第034話 緊急


 夢を見ていた。

 たいした夢ではないと思うが、どこか楽しい夢だった。

 だが、あることに気付き、楽しい夢を途中で中断することになってしまった。


「――チッ!」


 俺は目が覚めると、上半身を起こす。


「AIちゃん、起きろ」


 隣でスヤスヤと眠っているAIちゃんを揺すった。


「マスター……? どうしたんです? まだ暗いですよ?」


 確かに窓から見えるのは暗闇だ。


「いいから起きろ」


 俺はそう急かしてベッドから起き上がると、スイッチを押す。

 すると、部屋が昼間のように光った。

 仕組みはわからないが、これも魔石によるものだろう。


 灯りをつけると、寝間着を脱ぎ始める。


「どうしたんですか? 怖い夢でも見たんです? 記憶処理に失敗しましたかね?」


 AIちゃんが目をこすりながら聞いてきた。


「そういうことではない。早く着替えてナタリアとアリスを起こしてこい」

「えーっと……わ、わかりました!」


 AIちゃんも慌てて起き上がり、着替え始めた。

 そして、着替えを終えると、2人で部屋を出る。

 すると、エントランスにはクライヴと長い赤い髪をしている女性が立っていた。

 2人共、どう見ても寝起きであり、髪は跳ねているし、寝間着姿だ。


「ん? ユウマとAIちゃん? どうした?」


 赤髪の女と何かを話していたクライヴが聞いてくる。


「緊急事態かなと思って」

「そうか……アニー、女性陣を起こしてくれ。俺は男共を起こしてくる」

「わかったわ」


 クライヴが頼むと、アニーとやらが俺をチラッと見た後に階段に向かった。


「誰?」

「アニーっていうウチのメンバーだよ。クランリーダーがいない今はあいつがトップだ」

「ふーん……」

「とにかく、俺も男共を起こしてくるから交流スペースで待っててくれ」


 クライヴはそう言うと、階段を昇っていったのでエントランスの隅にある交流スペースに向かう。

 すると、ソファーで狛ちゃんが寝ていたので起こして、ソファーに座った。

 そのまましばらく待っていると、眠そうな顔して寝間着姿の男女が続々とやってくる。


「あれ? 寝坊助のユウマがいる」

「…………ホントだ。しかも、着替えてるし」


 ナタリアとアリスも髪を跳ねさせ、寝間着姿でやってきた。


「全員、揃ったな」


 ナタリアとアリスがやってくると、呼びに行っていたアニーとクライヴが戻ってきた。


「全員? 俺とAIちゃんを含めても9人しかいないぞ」


 ナタリアとアリスを含めて女が5人、男が4人だ。

 なお、俺とAIちゃん以外は全員立っている。

 座ればいいのに。


「他の連中は出張っているんだよ」

「ふーん……」


 大丈夫かね?


「…………そんなことより、こんな時間に何?」


 アリスがいつもよりさらに眠そうな目をしながら聞く。


「こんな時間に悪いわね。まずだけど、先程、ギルドから緊急依頼が来たわ」


 トップらしいアニーが答えた。


「…………緊急依頼?」

「昨晩…………というか、ちょっと前ね。森を調査していた調査団が異様な数の魔物を発見したらしいわ。そして、現在、その魔物がこの町に侵攻中。一言で言うわ。スタンピードよ」


 アニーがそう言うと、周囲がざわつき始める。


「おい、本当か!?」

「なんで急に!?」

「マジか……」


 スタンピードって何だろ?

 聞きにくいな……


「マスター、スタンピードとは魔物が大量発生し、襲ってくることです。すなわち、大量の魔物がこの町に向かって襲ってきているということです」


 困っていると、AIちゃんが教えてくれた。


「あ、そういう意味か。じゃあ、わかるわ」

「ん? わかるんですか?」

「そりゃな。なんで俺が起こしたと思っている。もう来てるぞ」

「は? ねえ、新人、どういうこと?」


 俺とAIちゃんが話していると、アニーが聞いてくる。

 他の連中も俺を注目し始めた。


「いや、だから町のすぐそばまで来てる。俺はそれを感知したから起きたんだよ。皆を起こそうと思ったらお前らがもう起きてた」

「もう来ている…………くっ!」


 アニーが爪を噛んだ。


「アニー、すぐに準備をしよう。急がないと門を抜かれる」


 クライヴがアニーを急かす。


「待ちなさい! まず皆に確認したい。この仕事を受けるかどうか……」

「は? 緊急依頼だぞ!」

「わかってるわ! でも、スタンピードなんて厄災よ! 死ぬかもしれないのよ!? 私はこの町の出身で家族も住んでいるから死んでも戦うわ。だけど、そうじゃない他所の人間に死んでくれとは頼めない」


 アニーが悔しそうに下を向いた。


「それは…………」

「スタンピードは西の森から来ているらしい。だったら東門からは逃げられるわ。逃げたい人は逃げていい。他の人達と同じように出張っていたということにするから緊急依頼を放棄したということにはならない」


 一緒に戦ってくれとは言えないのか……


「皆、どうする?」


 クライヴが他の連中に聞くと、皆が顔を見合わせる。


「時間がないからすぐに決めてちょうだい」


 アニーがそう言うと、全員がその場で俯き、考え始めた。

 しかし、すぐに顔を上げると、アニーを見る。


「やるしかないだろう」

「そうだな……」

「まあ、冒険者だしね」


 考えていた連中は戦うという結論を出した。


「アニー、王都からの援軍は?」


 クライヴがアニーに確認する。


「ギルドがすぐに要請を出したそうよ。ここからそんなに離れていないし、王都も危なくなるからすぐに応援は来ると思う」

「要は時間を稼げばいいわけだな。よし、やるぞ」


 クライヴも参加するようだ。


「ナタリア、アリス、あなた達は?」


 アニーが2人に確認すると、2人は何故か俺を見てきた。


「好きにしろよ。逃げてもいいし、戦ってもいい。危なくなったら昨日言ったように狛ちゃんが逃がしてくれる」


 そう言って狛ちゃんを撫でると、狛ちゃんが2人の足元に行き、おすわりをした。


「さ、参加する」

「…………まあ、やるよ」


 ナタリアは大丈夫かね?


「そう……悪いわね。あんたは? この町に来て数日だけど……」


 まあ、確かにこの町のことをほとんど知らんし、なんならクランメンバーすら大半が初対面だな。


「やるよ」

「マスター、参加するんです? 危ないですよ?」


 AIちゃんが袖を握りながら聞いてくる。


「見捨てるわけにはいかないだろ。第二の人生でも人を救うのは変わらない。たとえ、他国どころか異世界の民でも力ない庶民共を救うのが俺の仕事だ」


 最悪は1人でもやる。

 俺はここで逃げることを選ぶような教育は受けてこなかったのだ。


「でも、スタンピードです」


 いや、知らん。


「だから何だよ。蟻の群れだろ。最悪はお望みの煉獄大呪殺で燃やし尽くしてやるよ」

「そうですか……わかりました! では、私もお手伝いします! この身体の眠れる力を目覚めさせる時が来たのです!」


 AIちゃんがそう言って、力強く両手の拳を握る。

 威勢は良いが、かわいいだけだ。


 うーん……やっぱり戦闘は無理っぽいな。

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