Day 1 -5

 大穴に滑り落ち、微妙に傾いだe-HMMWVハンヴィーの車内。夕食の支度開始。


 四苦八苦しつつ、運転席と助手席を180度回転させて後部座席をフラットにすれば、簡易寝台を兼ねるベンチソファが二組出来上がった。

 そして、ソファ間に設置された多機能テーブルの上にはダンボール紙の小箱が一つ ―― 戦闘糧食レーション ―― 戦場で配給される兵士用の食事。地味なパッケージにはキリル文字が踊る。


 ”輸入品なのかしら? 賞味期限らしき表記は……えっ? 二年前……”


 引きる表情を悟られない様、そそくさと開封を済ませば、中には缶詰や袋容器がギッシリ。透明フィルムに包まれたクラッカー類は当然として、内容物全てが食べれるとすれば相当な量だ。

 同梱された紙片によれば、主食は掌大サイズの缶詰二個とクラッカー類、チーズやパテやピューレといった副食の容器が六個、あとは嗜好品や固形燃料といった細々としたモノらしい。

 紙片を読み進めれば、なんと1箱で総熱量は4200キロカロリー!

 成人女性は1日概ね2000kcalを必要とするので、1人1箱で二日を食いつなげる計算になる。

 

 恐る恐る缶詰を開け、臭いをかいでみる。多分……大丈夫かな?

 薄い金属板を折り曲げた加熱器を二組作り、マッチで固形燃料に着火、さっそく缶詰を温め始める。私がチョイスしたのは”豚肉とレンズ豆の煮込み”、彼のチョイスは”牛肉のボルシチ”だ。


 メタノールの蒼い炎に炙られ、脂でギトギトだった表面から食欲を刺激する匂いが立ち昇る。恥も外聞もなくお腹が鳴った。恐ろしく空腹だった。

 どちらともなく頷きあって、クラッカーや副食に手を伸ばす。


 「さぁ、食べましょう」


 二人きり、遅い晩餐がようやく始まった。

 まずは、粉末ジュースを溶かしたミネラルウォーターで乾杯の真似事。

 塩の利いた胚芽入りクラッカーをスプーン代わりに、温まった缶詰料理をガツガツと口に運ぶ。アッという間に大ぶりのクラッカー10枚と缶詰の中身が胃に収まる。


 血糖値が一気に上昇する感覚。

 向かい合うは使い捨てスプーンで品良く食事中。羞恥心が沸くが、眠気特有の心地よい倦怠感は今更手遅れだと囁く。

 

 小箱にはインスタントコーヒーや紅茶パックもあったけど、電気ケトルが無いため諦める他ない(120Vコンセントは車内にあった)か……。


 明日には……缶詰の空容器でお湯を沸かしてみよう……幸いミネラルウォーターはソコソコの量が積んであった……体重1kgにつき水35mlとして一日最低でもハーフガロン(1.89L)が必要……それが二人分……果たして何日持つだろう?


 歯磨きガムのケミカルな味で眠気に抗うも、上半身は既にソファで横になってしまっている。

 周囲の輪郭がボヤけ意識が完全に落ちるまで、時間はかからなかった――。





 #######





 床面からの強制換気音と二日酔いにも似た頭痛が、緩慢に覚醒を促す。


 掌には歯磨きガムの包み紙が握られ、テーブルの上には飲みかけのペットボトルや加熱器がそのまま放置されている。

 固形燃料は燃え尽き、車内は薄暗い。車載バッテリー残量保護のため、照明の半分以上が消灯されてしまったようだ。

 

 喉の渇きを覚えた私は、ボトルに半分ほど残ったカラフルな液体で喉を鳴らす。


 ”缶詰とクラッカーの塩気のせいだ”

 半覚醒のまま悪態をつけば、助手席側の寝台で肘枕をつくと視線が合った。


 「あれ起きちゃった?」

 探るような目つきと、どこか面白がる響きのハスキーな声。


 「眠れなかった?」

 自分だけ熟睡してしまった事に、少々後ろめたさを感じながらの返事。

 寝具も無いから寝づらいよね……とボンヤリ思うと同時に、自分だけに毛布が掛けられているのに気づいた。


 「君が?」


 「そう。毛布一枚しか見つからなかったから」

 「でも寒いし、おねーさんの隣行っていい?」


 言われてみれば少々肌寒い。真夜中で外気温が下がった所為かも知れない。

 ほんの一瞬、推定年齢13-14歳の美少年と添い寝する事の是非について戸惑ったが、寝起きの上手く回らない頭は”今更だろう”と判断し、曖昧な微笑と肯定の台詞を返すことにする。


 「狭いけど大丈夫?」 

 「大丈夫」

 

 スルリとが毛布に身体を滑らせて来た。

 元は軍用車両のゴツい座席シートとはいえ、やはり二人では少々窮屈。

 オマケに、シャワーすら浴びていない自分の汗臭さと、真新しい毛布の匂い、少年から漂う薬臭さが混然として、妙にドキマギして落ち着かない。

 

 ”ちゃんと寝ないと明日の運転に差し支えるわ。今何時かしら?”


 時計を見ようと片腕を持ち上げる。途端、が互いの間隔を一気に詰めて来た。


 頬に押し当てられる唇――。 

 チロチロと熱い舌が這い出て私の唇の端をなぞったかと思うと、そのまま強引に舌先が唇をこじ開け滑り込んで来る。

   

 男性経験がさほど多くない私は面食らうが、首筋に彼の腕が巻きつき、もう片方の手がブラウスに滑り込んだ事に気づいて赤面する。

  

 拒絶の声を上げるべき唇は唇で塞がれ、口腔内は軟体動物のように蠢く舌で蹂躙が続いている。経験した事の無い一方的で淫らなディープキスは執拗で、ようやくソレから解放された時には、スカートもブラウスもブラジャーも半ば脱がされていた。

  

 半裸の私に馬乗りになったが上半身のスウェットを脱ぎ捨て、不健康な印象のある青白い裸身が薄暗い照明に浮かび上がる。

 

 「ウソ……女の子だったの!?」


 再度私に覆い被さろうとする身体には、未成熟な小ぶりの乳房があった。


 「さて、どちらでしょうか?」

 耳元を甘噛みされながら囁かれ、同性愛者ビアンでも両性愛者バイでもない私は当惑するしかない。

 

 「の本当の名前は……アレックス・ウォーカー」

 「連れて逃げてくれたお礼に気持ち良くしてあげる。……声は好きなだけ上げてもいいよ」 


 ”ンッ……これが……この子の生存戦略なのか……も”


 何度かの人身売買の果てに備わった処世術。ひょっとしたら《研究所ラボ》でも、こうした行為が日常茶飯事だった? こんな事やめさせないと……。

 脳に残った僅かな理性で抵抗するが、乳房や尻や性器だけでなく全身の性感帯を指先や唇や舌が這い回り、アッサリと脳幹までが快楽に焼かれてしまう。

 

 遥か年下の人物によって喉は溢れる嬌声を止められず、性の虜となった私は何度も絶頂を迎えて、何時しか失神するかのような眠りについてしまった――。

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