Day 1 -2

 ”誰もいない世界みたい”


 知識として知ってはいたものの、北米残存七都市セブンスターズの一角である《シカゴ》から離れた事すらない私は、合衆国内戦の生々しい痕跡 ―― 戦後復興が遅々と進んでいない事実に圧倒されていた。


 人の営みが全く感じられない廃墟ばかりが過ぎ去り、頻繁に出現する巨大な窪地が爆撃によるクレーターだと遅まきながら理解する。

 e-HMMWVハンヴィーが進んでいるのは州間高速道路インターステイト57号線のハズだが、アスファルトは赤茶けた土砂に埋まりつつあり、歪にそそり立つ《IH-57》の標識と点々と放置された赤錆の残骸だけが目立つ。対向車や後続車は未だ一台も姿を見せず、とても旧イリノイ州と旧ミズーリ州を繋ぐ幹線道路には見えなかった。

 

 ”……秩序や法が遠く及ばない領域……”


 即金を条件に私達を乗せてくれた《運び屋》の男が次第に余所余所しくなり、手慣れた様子で性犯罪に及ぼうとしたのも、今となっては納得できなくも無い。


 手首内側に視線を向ければ、腕時計は既に午後4時を回っていた。埃で汚れたフロントガラスの向こう側には、淀んだ曇天と荒涼たる風景が延々と続く。

 

 「こんな所まで追って来るかしら?」

 カサつく唇から漏れ出した独白が、モーターエンジン特有の高周波モスキート音に混じって消える。


 何度か迷子になりつつ3時間以上ぶっ通しの運転を続けているが、途切れがちのGPS信号ナビシステムが示す現在地は《シカゴ》外縁から直線距離で100km程度。平均時速17マイル……思った以上に距離は稼げていない。

 

 !!―― 異音と共に車体が大きく上下する。

 

 考え事で集中力を欠いた所為だろう、タイヤがコンクリート塊に乗り上げたようだ。慌てて後部座席を振り返れば、はシートベルトに抱きかかえられたまま眠り続けていた。


 院内着に似た飾り気の無いスウェットの上下、事務的に刈られた短めの淡い金髪、薄い肉付きを予想させる白く細い腕。そして……美少年という他ない中性的な美貌。


 ”こんな揺れる車内でよく……”

 安堵すると同時に、自分の顔に微苦笑が浮かんでいるのを自覚する。


 ”いや、彼の境遇を思えば当然かも”

 私は運転に集中しようと努力するが、ついチラチラとルームミラーに意識が向くのを止められない。


 この少年は、《研究所ラボ》の《被検体サブジェクト》。

 履歴カルテによれば開拓村から複数回の人身売買を経て、10歳前後から一般社会と隔絶された暮らしを強いられて来たらしい。勿論、24時間の監視付きで……。


 ”せめて今は精一杯、自由の身である事を満喫させてあげたい。

 そして出来るなら、生き別れた親元に送り届けてあげたい”


 世間知らずの研究員に過ぎない私の願いは叶うだろうか? 

 自然とハンドルを握る腕と、アクセルを踏むパンプスに力が入る。



 気づけば、早くも日没の時間が迫っていた――。

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