4 なるべく早くきて
あまりに賑やかな街をみて、わたしはクラクラしていた。
「どうだ? 都セネイは賑やかだろう? 人族の都にも勝るとも劣らない賑やかさだ……すまん。トリノコはそもそも人族の都を見たことがないんだったな」
「都生まれなのは間違いないんだけどね……」
そんな話をしてから、ノスリは裏路地に入り、なにやらボロっちい家屋に入っていった。
「ズクの遺骨を届けにきました」
ズクにそっくりな翼人族の老婆が、ノスリが謎の力を用いて集めたズクの遺骨をうけとり、
「ああ。よく帰ってきたねえ。あんたは素晴らしい息子だよ」
と涙を流した。
「こいつがずっとズクの世話になってたそうで」
余計なことを言って老婆が怒るのでは、と思ったが、
「ズクにはたいへん感謝しています」
と言うと、
「人族のおひい様に感謝されるなんて、あんたはえらいねえ」
と、ぼろぼろと泣いている。
「……いこう。人が悲しんでいるのを邪魔しちゃいけない」
ノスリはわたしを抱えて民家を出た。
「でもなんであのおばあさんはわたしが人族の姫であるとわかったの? わたしは城から公式に、生まれたっていう発表すら出されてないのに」
「もう新聞が出てるんだ。翼人族の王が人質を人族の王に求めたが、人族の王は姫君を1人隠していたのだと。それも体に欠損があるという理由で、と」
ずいぶんと情報が速いしどこから漏れたのだろう。新聞だったら人族の国にもあったが、ここまで詳しく他国の情勢を報じるのは難しかったはずだ。
「城にいる間者はズクだけじゃない。完全に人族のふりをしているから人族が気づかないだけだ」
そうなのか。それでは国内の政治のことは筒抜けと思ったほうがいいのだろう。
「わたしは人質になるの?」
「王に相談したら、とりあえず人族側が人質の価値がないと判断したのであれば無理にこいとは言わないとのことだ。どうする?」
「わたしが人質になったら、翼人族と人族の戦争はなくなるの?」
「いや。トリノコを渡してくれるとは思っていないから、最初から戦争するつもりのはずだ。そこじゃなくてトリノコがどうしたいかを訊いているんだ」
「それは……」
思わず黙り込んでしまう。
自分の意志で何か決めたことなどほとんどないし、あったとしても「この本が読みたい」くらいのことだ。
王のところで人質になるメリットは思いつかないが、しかしそれ以外にこの国で生きていく方法が思いつかない。
「これは提案なんだが」
「え?」
「俺の育ったところに来ないか」
「ノスリの……育ったところ」
ノスリはひょいとわたしを抱えて歩き出した。
「どうせ人質にはなりたくないけどそれ以外どうやって生きていくかわかんなくて悩んでいたんだろ?」
「……うん」
ノスリが向かった先には孤児院があった。子供たちは楽しそうに走り回ったりブランコで遊んだりしている。親を失った可哀想な子供たち、という印象は受けなかった。
「あっ! ノスリにいちゃんだ!」
「ノスリにいちゃん! 新聞読んだよ!」
「そのひとが人族のおひい様?」
たくさんの子供が群がってくる。
「おう。みんな元気そうでよかった。院長先生はいるか?」
「いま呼んでくるね!」
子供たちは一斉に駆け出した。1人いけば充分なのに、と思わずクスリと笑ってしまう。
「ノスリは孤児だったんだ」
「正確には捨て子だよ」
ノスリの過去を想像したが、この孤児院で育ったのならそこまで寂しい思いをしたわけではないんじゃないかな、と思った。
「ノスリ! 新聞で写真はみていたが、堂々とまあ立派になって……そのお方が人族のおひい様かい?」
「院長先生、お久しぶりです。これは人族の王室に生まれたものの、脚が生まれつきなかったゆえに名前すら与えられず隠されてきた姫君です。俺が『トリノコ』と名前をつけました」
「トリノコ、か。いい名じゃないか。まあ入りなさい。お茶にしよう。みんな、お茶の時間だよ」
子供たちは嬉しそうに、
「きょうのおやつなにかな」
「クッキーだといいな。真ん中にさくらんぼの砂糖漬けが乗ってるやつ」
などと口々に言っている。クッキー。それも真ん中にさくらんぼの砂糖漬けとなると人族ではかなり豪勢なおやつだ。
「ここはいつもそういうおやつが出るの?」
「おう。人族の孤児院より裕福だからな」
まあ人族の孤児院がどんなところか知らないのだが、本を読んで想像できるのは「食事は3食パン粥」みたいな暮らしだ。
しかし翼人族の孤児院はそういうのとは無縁そうだ。子供たちは血色もいいし元気である。
お茶の時間、ということで、中に通された。人族のそれとあまり変わりない、ただしもっと機能的な家具の配置された部屋で、大きなテーブルがあり、椅子を引いてみな座っている。わたしはノスリの座った椅子の隣に座った、というか置かれた。
「じゃあおやつはホットチョコレートとワッフルだ!」
院長先生がそう言うと子供たちは「やったあ!」などと盛り上がっている。
テーブルに供されたホットチョコレートなる飲み物は、なにやら黒っぽくてドロドロしている。人族の国では見たことのない飲み物である。
「人族の国にはまだないんだよな。南方の女傑族の国で産するものだ」
「へ、へえ……いただきます」
ホットチョコレートとやらを一口すする。口いっぱいに甘味と苦味が広がり、子供に飲ませるのが勿体無いくらい複雑な、奥行きある美味だった。
「おいしいです」
「お口に合うようでよかった。ノスリ、彼女をここに置いておきたいっていう話かい?」
「はい。俺は軍属なので、いまは一緒に暮らす家を持てません。いつか必ず、絶対に迎えにきます」
「なるべく早くきて。前回みたいに遅かったら怒るからね」
「ハハハ……すまなかったって」
ノスリの笑顔が眩しくて、なにも言えなくなってしまった。
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