エピローグ 後編

「母を…お母さんを助けてください!」




子供の真剣な表情から、悲痛さえも感じられる。


事態がまったく見えないが、どうやら私は目の前の子供の最後の希望らしい。




「母とは、途中まで一緒にいた者のことか?」


「いえ、彼は私の執事…世話係です」




子供の声は少し小さくなり、俯いた。


開口一番に母の助けを願ったが、一緒にいた者のことも心配なのだろう。


それでも、子供の中では優先順位がはっきりしているようだ。




「母は今、私の国を乗っ取ろうとする者達によって捕えられ、人質となってしまいました。私は執事のモロクのおかげで逃げてこれましたが、このままでは母が…」




ここに来るまでずっと感情を押し殺してきたのだろう。


泣き声はあげないが、目から大粒の涙が浮かび、流れ落ちた。




「お願いします。どうか、お力をお貸しください」




「…すまないが」




「…!お願いします!お礼はかならずします。なんでも致します。ですから」




引こうとする私に必死に食らいつく。


その歳にしてはかなりの覚悟を持っているようだ。母親がとても大事なのだろう。


人間の子供とはいえ、その痛々しい姿に同情している自分がいる。


嘘をついている様子もない。


本当にもう頼れるのが私だけなのだろう。


だが…。




「モロクとやらは助けてやる。だから他をあたるがいい。私は、この森から出ることはない」




子供から視線をはずすと、モロクの所へ向かうために、子供の横を通った。


子供は肩を落とし、失望に沈んだようにみえる。




だがこうするしかない。私はもう戦うことを捨てたのだ。




もう何年も前にそう決めた。だから、これでいいのだ。


いいんだ。


いいはずなのに…。




自分で決めた事だろと、自分に言い聞かせている自分に気が付いてしまった。


ここを無事に追い出せても、忘れることができない気がする。


なぜか、この子供に心を揺り動かされる。


まるで子供の感情が感染したかのように、感情が高ぶってくる。




そう戸惑っていると、後ろから服を掴まれた。




「ま、待ってください…」




私は立ち止まったが振り返らなかった。


子供は何も言わない。


どうして助けてくれないんだと叫びたいのを我慢するように、服を掴む手がどんどん強くなっていく。




「………てください」




絞り出したようなかすかな声が聞こえた。


もう片方の手も、私の服を掴んだ。




「私に、魔法を教えてください!」




子供は叫んだ。




「あなたがこの森から出られないのなら、私が母を助けます。だから、私に戦えるだけの力をください」




その言葉は、私の奥底まで響いた。




「すぐに覚えてみせます。なんだって耐えます」




その激情が、私の奥底を照らす。




「私の魔法で、かならずあなたに恩返しをします。だから…」




その願いが、私の奥底にあった忘れていた何かを見つけた。


目頭が熱くなり、表情を保てなくなってくる。




私を引き留めるつもりで私の前へ回り込んだ子供は、私の顔を見て驚いていた。




私は泣いていた。


軍に入ってから泣き言一つ言わなかった私が、ボロボロと涙を流している。


止まらない。もはや止めようとも思わない。




あぁ…この子は、あの時の私だ。




病に倒れた、たった一人の家族である妹を助けるために、死にもの狂いでファーストリアの裾を掴んだ、あの時の私だ。




そうだった。


強くなければ守れなかった。だから強くなりたかった。


でもダメだった。それはきっと私が弱かったからだ。




そう自分を責めて、心に蓋をして、贖罪のつもりで四天王にまでなったのが今の私だ。




この子の母を思う気持ちが、昔の自分と重なる。




そうか、私は決して一人でなど生きていなかったのだな。


この子を心配する人がいて、また、この子が心配する人がいるように。




貧しい暮らしでも家族がいた。


つらい訓練でもファーストリアがいた。


厳しい差別にも仲間がいた。


今こうして生きているのは、おせっかいな人間がいたからだ。




ならば、その恩を少し返そう。


そうすれば、少しは浮かばれるかもしれない。今までの私も、消えていった者達も。




私は涙をぬぐい、その子の目を見る。




「今の言葉、かならずだと誓えるな?」




その子は一瞬あっけにとられるが、私が了承したことを理解すると、満面の笑みを浮かべた。




「は、はい!」




この子に私の技術をすべて託す。それが私にできる唯一のことだろう。


魔族である私は森から出るべきではない。ましてや、この子と行動を共にするわけにもいかない。


人間が総べる世界で、この子に偏見の目を向けさせてはならない。




「では、まずはお前の執事を…、そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」




私がそういうと、子供は背筋を伸ばし、かしこまった。




「私の名はマシロ・ホワイトスノー。ウィンタラルの女王シロエの息子です」




ふふ…やはりな、あいつの血は濃いとみえる。


しかも、呪いの森の噂だけで私を察するとは、まだ因縁も残っていたのだな。




では、私も名乗らないとな。


しかし、今の私はなんだ。もう四天王でも魔王軍でもない。


私は、森に住む、魔族で、これから魔法を教える、女…。


よし、ならばこれからこう名乗るとしよう。




「私は、呪いの森に住む魔女フォース。今日からお前の師匠になる者だ」




魔王軍女幹部の物語が終わり。


少し休憩をはさんで。


ここから先は、始まりの魔女とその弟子の物語。




-完-

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魔王軍女幹部のフォース 正宗 @masamunew

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