エピローグ 前編

一人で森の中で暮らし、季節がいくつも巡った。




その中で、魔法というものがどれだけ便利なものかということを、今更思い知らされた。


敵を倒すためだけの武器だった魔法が、今は私の生活を支えている。


武器の使い方を決めつけるな。と訓練生の時に教わったが、まったくその通りだ。




この生活に慣れ始めたあたりから、私は暇潰しを兼ねて新魔法や薬をいくつも開発した。


すべて生活を豊かにするためのモノで、うまくいった分、自分に返ってくることに面白さを感じた。


自分の為だけの技術。あの時と同じようで、あの時とはまったく異なる。




最初は虚無感に襲われないかとも思ったが、取り越し苦労であった。


この静かな生活が気に入っていた。隠れるように生きていた種族らしいと思った。




それと、たまに部下達のことを思い出しては、その度に彼女らの冥福を祈る真似事をするようになった。


まだある心残りとしては、やはり彼女らの無残な最期だろう。




そんなことを繰り返すだけの日々が何年も過ぎた。




しかし、この生活はいつまでも続きそうもなかった。


あの決闘以来、徐々に世界から魔素がなくなっているからだ。


最初は魔界からだけだと思っていたが、人間界も同様で、あと20年も経てば、魔法は運よく才能に恵まれた者だけのモノになり、そして、世界から魔法がなくなるだろう。




どのくらい生きていられるかはわからないが、なくなったらなくっなったで、その時考えるつもりだ。


ただ、義手が使い物にならなくなり、片腕を失った私にはきびしい時代になるかもしれない。




その事も加味して、生き残って魔界に戻って来た魔族がいれば、人手として迎えいれてやるくらいのつもりはあったのだが、一人として魔界に帰ってくる者はいなかった。




たまに、私の暮らしている森に人間が入って来ようするが、幻覚魔法や撹乱魔法で無難に追い返した。


そんなことをしている内に、いつしか呪いの森と呼ばれるようになった。


それでも勇敢に足を踏み入れる人間がいるが、丁重にお引取りいただいている。




そして今日も、約1年と2か月ぶりのお客様がやってきた。


森中に張り巡らせた感知魔法が、私に二人の人間が侵入したことを告げる。




やれやれと、私は人間のいる所へ向かった。


その道中、いつもと様子が違うことに気が付いた。




二人の内、一人は子供?


もう1人は、気配が弱いな、怪我でもしているのか?




そして、二人はしばらく立ち止まると、子供だけが森の奥へ歩き始めた。


なんだ?どうなっている?




いつもなら魔法ですぐ追い払っているところだが、この変わった事態に、私は少し慎重になった。


気付かれぬように子供の方に近づき、肉眼で確認できるところまで接近する。




子供はボロいマントを頭から被って全身を隠し、よろよろと歩いていた。


その姿は、何日も歩き続けている旅人のようであった。


見るからに疲れていて、今にも膝をつきそうな感じである。




さて、これはどうしたものか?


今まで通りなら魔法をかけて帰ってもらうところ。


しかし、あの様子だと帰したところで死んでしまうかもしれない。無用に殺すのはもうやめている。


だからといって、手を貸すとなると姿を晒さなくてはならない。


そうなれば、この森に魔族がいると知れ渡り、人間が押し寄せてくるかもしれない。


それよりも、私を恐れて、話にもならないかもしれない。




私が深く悩んでいる間に、子供は転び、そのまま起き上がらなくなった。




それをしばらく眺め、ため息を一つつくと、私は子供の前へ姿を現した。


何かあったらその時に考えよう。時間を持て余している内に、いつの間にかこんなクセが付いていた。




「おい、こんなところで何をしている」




起き上がらない子供に、私は声をかける。


子供は驚いて顔を上げ、私と目があった。




「あ…あの…」




かなり動揺している。歳は10いかないくらいか?魔族を見るのは初めてかもしれないな。


子供は立ち上がろうとするが、手足が震えていて、うまくいっていない。




泣き叫ばないだけマシか。




「一緒に来ていたのはお前の親か?助けてやるから、一緒にこの森から去れ」




助けてやる。そう言った私にすがるような目を向けると予想していたが、子供は聞こえなかったのか、特に反応もなく、なんとか立ち上がっただけであった。




…なんだ?


もやっとした何かを感じた。




子供はマントから顔を出す。


顔中くまなく汚れているが、銀髪で、整った顔立ちをしていた。




「…あの、もしかして、あなたが…フォース様ですか…?」




まったく予測していなかった事態に、心臓が高鳴った。


こいつ、私を知っている。




驚きつつ子供をまじまじと見た私は、何かの面影を感じていた。

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