7章 - 05

ほどなくして視界が戻ってくる。


私やセブンが攻撃を受けた様子は無く、部屋にも異変は無い。


だが、外が眩く光っていた。


慎重に窓を覗くと、城が光の壁にぐるりと囲まれているようであった。しかも、その壁は天高く伸びており、外に出ることも、内に入ることもできそうになかった。




「フォース様、魔王様がおられる方に…」


「あぁ、すぐに向かおう」




魔王様の玉座の近くに、魔族では無い者の魔力が集まっている。


私達は最速で魔王様の所へ急いだ。




玉座の前の広間に出ると、すでに多くの兵が集まっていて、何かを取り囲んでいる。


私は兵をかき分けながら奥へと進んでいく。


中心には、8人の人間の後ろ姿が見えた。




その者達はまぎれもなく勇者達であった。


8人は正面に立つファーストリアと対峙するように並び立っていた。


あたりを見ると、上位四天王と下位四天王の顔ぶれも揃っている。


と思ったが、セカンドムの姿がまだ見えなかった。




「後ろから現れたのがフォースとセブンか、残るはセカンドムだけど、どうせいるよな」


「当たり前じゃない、人間はもう戦意消失しちゃっているんだから、幹部が出てるわけないじゃない」


「仮に勝てても帰れるのかなこれ?」




勇者達から気の抜けた会話が聞こえてくる。




「お前ら、わざわざ固まってこんな所に現れやがって、殺されに来たのか?」




あのサードナーが多少警戒していた。


いきなり敵の総大将の所へ瞬間移動できても、こんなに目立っては意味が無い。


なにか策があると見た方がいいだろう。




「伝説の三大魔法の一つ『ガトー』か。ファーストリアが危惧していた通りになったな」




最後にやって来たセカンドムが、光の壁の正体を明かした。




「ガトー。魔法創世記頃の呪文で決闘に近い意味がある。劣勢で後が無くなったある国が、最後の手段として生み出した古代の魔法」




続けて、ファーストリアがガトーを説明する。




「この魔法のことを知っているなら話が早い。この決闘、受けてくれるな」




勇者が一歩前に出て、この多勢に向かって言い放った。




「決闘だと?ふざけるな。勇者お前はともかく、他の人間はこの兵達が相手だ」


「そうだ、こんなメリットの無い決闘。受けるわけがない」




サードナーと下位の一人が、勇者の申し出に反論する。


だが、ファーストリアはそれを承諾した。




「よかろう」


「はっ!なんでだよ!?」




サードナーが納得いかずに食い下がる。




「ガトーの効果だかなんだかわからないが、こんな所に出られてはな。魔王様を人質に取られたようなものだ」




私はそう言ってサードナーを止めた。




「えっ?人質?」




セブンは私の言った意味がわかっていなかった。


それはしかたのないことであった。魔王様の現状を知っている者は上位四天王だけなのだから。


勇者がそれを知っているのは、クーロから聞いたからに違いない。




「そうだ。魔王は戦える状態ではないのだろう?こんなところで合戦始めたら、どうなってしまうかわからないぜ?」


「ガトーは、私達全員が倒れないと解除されない上、この中から魔素がなくなります。時間が経てば、誰も魔法が使えなくなるどころか、魔道具も機能しなくなります」




勇者が決闘をさらに促し、シロエが猶予が無いことを補足する。


人質を取るのは悪党のやることだと思うが、あの堂々した態度にはむしろ勝負師のような気迫を感じた。


仮に決闘を受けることがわかっていて、勝負に勝てたとしても、その後の保証はどこにも無い。


ここに来た8人は全員覚悟を決めている。ヘタなことをすれば、こちらが不利になることもありえるかもしれない。




「…ファーストリア。勇者の言っていることはいったい?」




下位の一人がファーストリアに勇者の言っていることの意味を尋ねる。


ファーストリアは顎に手を当てて少し考え、話し始めた。




「お前は、法律の樹がありながら魔界が維持できていた理由を考えたことはあるか?」


「い、いいえ」


「それはな、魔王様自らが法律の樹に対抗する役割を何百年も続けてくださっているからだ」




そう、話したり魔法を使ったりすることはできるが、魔王様はこの魔界のためにずっとその身を捧げ続けてくださっている。


だからあのお方は魔族の王なのだ。玉座に座られることがなくても。




そして、魔王様をそんな役目から解放することこそ、ファーストリアの願いであった。




衝撃の事実に、まわりの兵達はどよめいていた。


魔界で一番強く一番偉大だから魔王なのだと、誰もが思っていたし教えられていた。


しかし、真実は我身を犠牲にして魔界を守ってくれている聖人のような存在であった。


強さに正義の重きを置く魔族の価値観が揺らいだ瞬間であった。




私も魔王様のお姿をこの目で見た時は、何日も動揺したものだ。


魔界のために捧げ続けている体を維持するために、おびただしい魔道具に繋がれたその姿はとても痛ましいものであった。私だったら何年も持たないだろう。




「決闘を承諾してルールをそちらが決めろ。そうして初めてガトーは成立する」




勇者一行の一人が言った。




ファーストリアは下位四天王と上位四天王の全員と目を合わせ、勇者を真っ直ぐ見据える。




「貴様ら8人と我ら幹部8人がそれぞれ一対一で戦う。誰が誰を相手するかは、こちらで決めさせてもらうぞ」


「わかった。お前ら、覚悟を決めろよ」




ファーストリアが決闘を承諾し、勇者がそれを受けて仲間を鼓舞する。




「じゃあね、みんな。負けないでね」




シロエがそう言うと、他の連中もそれぞれ仲間に一言かけていく。




そして、ガトーは正式に発動され、あたりは再び光に包まれた。




魔族と人間の最後の戦い、後世に語り継がれることになる決闘はこうして始まった。

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