8章 - 01

気が付くと城の大食堂にいた。


テーブルクロスが敷いてある長いテーブルがずらりと並んでいる。


ガトーによって瞬間移動させられたようだ。




ここに来ていた時はいつも騒がしくて嫌いだったが、今は物音ひとつしない。




私は、目の前の対戦相手を静かに見据えた。


その対戦相手もまた、私をまばたきせずに見据えている。




私とシロエが対峙するのはついに三度目になった。




ファーストリアが我々に有利になるように采配した結果なのだろうが、私の相手はシロエなのだろうと思っていた。それほどこいつとは因縁を感じ始めていた。




シロエは今回も魔導師の衣装だが、以前よりも動きやすそうな格好になっていた。


持っている杖はとても頑丈そうで一見重そうだが、シロエはそれを軽々と持っている。おそらく、武器としても使えるようになっているのだろう。




顔つきも落ち着いていて凛としている。


あれはもう無力な姫でも、復讐に囚われた魔導師でもない。目の前にいるのは紛れもなく戦士であった。




そんな覚悟を見せられては、こちらも気を引き締めなければならない。




「名前はたしか、フォースだったかしら。名前を呼ぶのはこれが初めてですね」




シロエがそう切り出した。




「私の相手は、あなただと思っていたわ」




私が考えていたことを、シロエも口にした。




「ファーストリア様は予期していたようだが、まさかガトーで敵陣に飛び込んでくるとは、思い切ったことをするな。まさかお前が詠唱者か?」


「いいえ、これはハイネ様の魔法です」




ハイネの?まさかアレで生き残ったとは。




「伝説の三大魔法の一つ『ガトー』、相手に決闘を強いる魔法。お前らが玉座の前に現れることが、我々が決闘を受けざる負えなくなる条件か。ふざけた魔法だな」


「それでも、これが私達の最後の手段です」


「はん、幹部全員と心中しようってか?仮にそうできたとして、残った人間だけで戦えるのか?」


「いいえ。私達は死ぬ気も、あなた達を死なす気もありません」


「…なに?」




決闘を挑んでおきながら、殺し合いをする気が無い?




「じゃあ、何しに来たって言うんだ?」




怒気が混じった私の問いを、シロエは正面からしっかりと受け止めた。




「私達は、私は、もうお互い血を流すことがないようにしたい。だから、こんな強硬手段を取りましたけど、まず話がしたいのです」




シロエの目には決意が宿っているように見えた。どうやら冗談では無さそうだ。だが…。




「幹部一人一人と話し合うためにガトーを使ったと言うのか?無理があるぞ!」


「わかっています!」




私の怒号をシロエがかき消す。




「この戦争は、きっとどちらかが倒れないと終われないほど根が深い。しかも今は人間が劣勢、戦いを止めようなど都合がいいことを言っているのもわかっています」




シロエの言葉に、徐々に感情が込められていく。




「あなたが人間を憎むように、私も魔族を憎む心があります。でも、憎しみのまま戦い続けたら、今以上に大切な人が不幸に見舞われてしまう。そんなこと、私も、お兄様も、誰も望んでいないはず」




シロエはいつしか目に涙を浮かべていた。




「それは、あなたも同じなのではないですか?」




違うな…と喉まで出かかるが、なぜか声になって外へ出なかった。


シロエの問いに、私はなぜかすぐに答えを出せない。


人間を狩り、功績を上げて、自分の強さを確固たるものにする。それが私の願いのはず。


なのに、人間の命乞いとも言えそうな問いかけに、私は少し固まってしまった。




私は、はっきりと動揺してしまっていることを自覚する。




「それがどうした。お前たちは話し合うためにこんな形を取ったようだが、我々からしたら勇者一行を倒す絶好の機会でしかないぞ」




そう言うと、遠くで爆発音がする。どう考えても誰かが戦闘を始めたとしか思えない。




「ほら、もう決裂した所が出たぞ?それでもまだ続けるか?」


「はい、たとえ力でねじ伏せる形になっても、この戦争を止めます」


「力でねじ伏せるだと?お前、私より強くなったつもりなのか?」


「強くなってなどいません。けど、もし戦うなら今回だけは勝ちます」




シロエは杖を前に構える。




「こんな強引な手段を取って魔族に恨まれても、家族や仲間のカタキを取ってくれないと人間に恨まれても、この戦争を終わらせられるなら、喜んですべての憎しみを受け入れましょう」




相変わらず勝手な話ばかりする奴だ。




「なんだよ。最初っから戦う気だったのか」


「そうではないです。けど、こうなるだろうと覚悟はしてきました」


「忠告はしたぞっていう体裁だったのか?」


「なんとでも言ってください。私はこの戦争をなくすために、私のわがままを貫くだけです」




言っていることはまだまだ幼さを残すが、その風格はもう女王であった。


その変貌ぶりに、思わず苦笑してしまう。




「魔界には、弱者に発言権は無いんだよ」


「なら、私が勝ったら話を聞いてくださいね」




私とシロエはゆっくりと戦闘態勢を取った。

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