6章 - 04

「クーロ…さん?」




シロエは戸惑っていた。マスクの下を見たのはこれが初めてなのだろう。


全身を布で隠しているがシルエットは人間そのものなのだ。同じ人間だと思っていたに違いない。


だが、彼の肌は爬虫類のように固そうで、目が真っ黒であった。




「クアドラ、魔王様を裏切ったのか!?」




私は声を張り上げた。


魔王様のために戦い死んだと思っていた者が、私の邪魔をしに現れた。これに怒りを感じないわけがない。




「クア…ドラ?」




それが本当の名なのだと、シロエは認識したようだ。




「その名は捨てた。今はクーロ・ブラックロウと名乗っている」




クーロと名乗った男は、シロエを扉の外に運んだ。


少し時間をくれと謝り、シロエを床にゆっくり寝かせる。


そして、扉を閉めた。




無言のままカツカツと私に歩み寄って来る。


戦う意思はなさそうだが、隙も見せない。




「四天王になったお前の話を聞きたかったが時間が惜しい。単刀直入に言わせてもらう」




クーロは剣がギリギリ届かない位置で立ち止まると、やぶからぼうに言った。




「俺たちを見逃せ」




すぐにはクーロの思惑が読めなかった。




「どういう意味だ?」


「言葉の通りだ。俺がシロエとハイネを抱えてここから去る、それを見逃してほしい」




裏切り者を見逃したくはなかったが、私は本当にそれだけなら構わないと考えた。


戦う力がもう残っていない。




「言い換えれば、お前が私を見逃すということか?」


「そういうことだ」




私の知っている男のままなら、相手が誰であれ嘘を付くようなことはない。


だからこそ真意がわからない。それが何を意味するか、わかっていないわけがない。




「…何がしたいんだ?」




素直に話すとは思えなかったが、聞かないわけにはいかなかった。




「今は語れない。だが、いずれ」


「そうかい、でも、もう語る機会なんてないぞ。きっと」




クーロは黙ってしまった。


まぁいい。今は裏切り者の話を聞かない方がいいかもしれない。




「外にいる部下に手は出していないだろうな?」


「あぁ」




黙って通り過ぎるクーロを見送る部下達が目に浮かんだ。


私でも整理がついていない。なんて説明したものか?




「それならいい。どこへでも行くがいい」




私は、これで終わりだと語尾を強めた。




「すまない」




クーロが最後に法律の樹を一瞥すると、振り返ることなく去って行った。




私は一人残された。


もう誰もいない扉の方から目が離せない。これでもう危険はなくなったのだろうか?




扉の閉まる音の余韻が無くなった頃、私はようやく法律の樹に向かった。




道はだんだん荒れていく。タイルの隙間から草が生えている。


両側には法律の樹の根がうねっている。世界のどこからでも見える大樹の根は、まるで地面を這う塔のようであった。


所々にコケが生えていたり、場所によっては腐っていたりして、長い年月を感じさせる。




人間にはこれが神に見えるのだろう。


私は自然が嫌いではない。


しかし、この大樹は醜悪の根源。


今も私の魔力を奪っていると思うと、この場にいることに耐えられなくなってくる。




長い道を歩き、私はついに法律の樹に手が届く所へ来た。


右手で触れてみる。どこにでも生えている木と変わりはなかった。

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