3章 - 03

私はシロエがいる牢まできた。


牢といっても、鉄格子で仕切られていて中が見えるモノではない。


人一人分の大きさの扉があるだけで、あとは真っ白な壁だけ。




拉致した時の恰好では感づかれるかもしれないので、私は研究所の白衣を着て、念のため髪型も変えていた。


なんだかんだと言いながら最善を尽くてしまうのは、もはやクセであろう。


部下に見られずに済んでいるのが幸いだ。




「………」




なんとなく開けるのを躊躇する。これは尋問ではない。凄んだり脅したりといったことはできない。


手段はわかっているが、はたして本当に私にできるのだろうか?


軍事と関係のない会話を最後にしたのはいつだったか。思い返すこともできない。




考えたところで何も出てこないので、私は諦めて扉の封印を解いた。


赤く網目状に張り巡らされていた線が消え、扉はゆっくりと上へ登っていく。


最後まで登り切ると、ゴンッと重い音を立てた。




中には扉の音に怯えているシロエがいた。


中は殺風景で真っ白であったが、椅子、ベッド、鏡とそれなりの物が揃えられている。


窓も小さいながら存在して、日中は太陽を拝むくらいならできそうだった。


シロエはというと、サイズの合っていない大きめのワンピースのような服を着て、ベッドの上に座っている。


髪は勇者に切られたままになっていて、粗末なものであった。


表情は不安で覆われていて、もう王女としてのオーラは消え失せている。




私は三歩ほど中に入った。


すると、シロエはベッドの奥へ逃げていく。




「安心しろ、私はこれ以上近づかない」




私は入口を直径にした半円の魔方陣の中に留まった。


この中ならば向こうは顔を認識できない。さらに、向こうはこの魔方陣を超えられない。




とは言ったものの、向こうの警戒心は高まる一方であった。


初めて顔を合わせた時とはまるで別人。まぁ、ヘタに強がられるよりはやりやすいかもしれないが。




しかし、何から話したものか…。


シロエが今一番興味を持つものはなにか?それこそ自分の安否ではないのか?なら、手っ取り早く説明を始めてしまうか?


私はシロエに関する情報から、使えそうなものを頭の中で検索する。しかし、使えそうなものはない。




作戦中のことまで思いを巡らせていると、一つ疑問が浮かんだ。


私はそれで様子を見ることにする。




「シロエ、私の質問に答えてもらう」




シロエは身を縮めているが、目はこちらを向いている。


私はゆっくりと質問をする。




「お前と勇者アカバネはどのような関係だ?」




勇者とはいえ、王族でない人間が一国の王女とそれなりの信頼関係を築いていた。


この関係はもしかしたら何か意味があるのかもしれないと私は思った。




「…どんな」




シロエは小さな声でそう言うと、そのまま考え込んだ。


急かしてもしょうがない質問なので、私は気長に待つことにした。




静かな時間が流れた。


私が何もしないことに警戒心を緩めたか、思い出に浸った効果か、怯えている様子がわずかに薄まったように感じた。




「子供の頃、少しだけ一緒に住んでいたことがあるだけです」




そういって口を紡いだ。


勇者の情報を聞き出そうとしていると思われたのだろう。最小限の事で留めるつもりのようだ。




「では、お前の城で会ったのは数年ぶりであったと?」


「…はい」




シロエは小さく返事をする。


勇者とシロエの過去。これは後で少し調べてみるとしよう。


そうか、と私も答えると沈黙が訪れた。




私はシロエの様子を見る。


俯き、スカートを握った手が震えている。少し落ち着いてきたようだが、まだ怯えているようだった。


が、それは少し見当違いだったようで、シロエはゆっくりと背筋を伸ばし、今にも泣きそうな顔でこちらを見た。




「…あ、あ、あの」




シロエは頼りない勇気を振り絞る。




「アカバネは…、勇者はどうなったのですか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る