第2話:強者たる僕06

少し時間が経ち、屋良さん達の足音も話し声も聞こえなくなった。


が、それでもなぜか女子二人はまだ僕の方を向かない。




「………」




これって、僕から話しかける必要があるの?


ついさっきまでは期待で胸が躍っていた節もあるが、今は戸惑いで心臓がパニックを起こしている。




ひょっとして、これって。


隠れてイビられるやつだった?




そうかもしれない。


世界が変わって、ちやほやされて、すっかり忘れていたが僕はそういう人間だった。


きっと、僕が部活に来たことで、この二人を不快にさせたのかもしれない。




僕とクラスも部活も同じなんて耐えられない…とか。




のぼせ上がった気持ちが急降下して一人青ざめている僕に、ようやく二人が向かい合った。




「ごめんね。引き止めちゃって」




関泉さんはそう謝った。


部活中の時と違い、少し親しげな雰囲気になっている気がする。




「いや、僕は大丈夫だけど」




そう言って、チラリと花尾間さんの方を見てみる。


まだ俯いているが、目線は僕の方を向いていて、上目使いのようになっている。




「あー…、その、僕に用があるというのはー?」




再び訪れそうになった沈黙が怖くなり、僕から話しを切り出した。




「用ってほどではないんだけど」




関泉さんが花尾間さんの様子を伺う。


そして、「やっぱりだめか?」と言わんばかりのため息をついた。




「えーと、現内くんが格ゲー部に入るかはまだわからないみたいだけど、私達は同級生だし、蓮子に至ってはクラスメイトなわけだから、友達になっておきたいなと思って、同じ格ゲーマーとして」




関泉さんはかすかに笑って、手を差し出してくれた。




そういうことだったのか。


よかった。というか、うれしい。


箕内さんの時も、栄樹さんの時もそうだったけれど、女子が好意的に話しかけてくれるのが本当にうれしかった。


楽しすぎて、耳が熱くなっているのを感じる。




僕はズボンで軽く手を拭くと、関泉さんの握手に応じた。


うぅ…、ちっちゃい、やわらかい。


気恥ずかしくて、すぐに離してしまったが、心地よい手触りが手の内に残った。




「それで、もうわかっていると思うけど、こっちが」




そう言って、関泉さんは花尾間さんに自己紹介を促す。




「あ、えと、はい、花尾間蓮子です…」




「はい」まではこっちを見てくれていたが、名前まで耐えられなかったのか、つむじが見えるまで俯いてしまった。


長い髪から少し出ている耳が真っ赤になっているのが見えた。




そうか、花尾間さんって、僕と同じ人見知りなのか。


そう気づいたら、なんだか親近感が湧いて、こちらから歩み寄る勇気がちょっとだけ湧いてきた。




「僕は現内巴伊都です。その、よろしくお願いします」




意を決して、今度は僕から手を差し伸べてみる。


正直言うと怖かった。これを拒否されるのが僕の日常だったから。




差し出した手に気が付いた花尾間さんの顔が上がり、視線が合った。


困惑しているようであったが、耳だけでなく顔まで真っ赤になっていた。


その表情に、思わず僕まで照れてしまう。


ちょっと潤んでいたかもしれない瞳に、キュンとなる思いがした。


言葉なんてできないが、女子をこうやって、かわいいと思ったのは初めてだった。




花尾間さんはわざわざハンカチを取り出して手を拭く。


そして、ゆっくりと僕と手を合わせた。




あー!


なんか、すっごい…、だめだ言葉にできない!




僕が女子に慣れていないせいか、花尾間さんの緊張が伝わったのか、はてまたその両方か。


心音が他人にも聞こえそうなくらい心臓が高鳴っていて、息苦しさすら感じる。


もしこれが漫画だったら、僕の頭から湯気でも上がっていることだろう。




どちらかともなく手を離し、向かい合ったまま、二人は石像のように動かなくなった。




「もういいかい?お二人さん?」




関泉さんが花尾間さんをつつく。




「えっ!?あ、うん、もう大丈夫」




「そう」




関泉さんが再び少し何かを考えている様子になる。




「じゃあ現内くん、私達も帰るんだけど、電車?」




「いや、僕はバスなんだ」




「そっか、残念」




そこでなぜか関泉さんと課尾間さんがアイコンタクトを取る。


花尾間さんが関泉さんを叱っているように見えなくもなかった。




「そうなると出る門が違うね。下駄箱まではご一緒しましょう」




こうして三人で階段を下りて、靴を履きかえた。


その間、一言も話さなかったが、その沈黙に気付かないほど、僕の中ではさっきのときめきが巡り巡っていた。




「では、今日は金曜日だから、また来週」


「さ、さようなら」




「うん、また来週」




女子二人は並んで、僕とは違う門へ歩いていった。




気持ちがまだ落ち着かない。


急に疲労感が襲ってきた。


でも、悪い気はしなかった。




もしかしたら、もしかしたらだけど。


僕は今、青春と言われるものの、ほんの一端を体験できたのかもしれない。




第2話 -完-

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