第14話魔物とは、そういうもの



 足元で魔力をもらっていたヘルハウンドが、大分満腹になったあたりで皆に質問を投げかけてきた。


「まさかこれほど魔力を食べ放題だとは思いませんでした。魔女っていうのは普段からこんなに魔力飽和状態なんですか?」

「んなわけないでしょうよ。そんな魔女みたことも聞いたこともないわよ。普通は契約した使い魔にしか、力を分け与えられないんじゃない?」


 こんなに魔力が豊富なのに、アメリアは碌な魔法が使えなかった。魔力を魔法に変換する機能が絶対的に欠けているみたいだった。

 蛇口のない水道みたいだ、と彼女のアンバランスさを見ながら不憫に思う。

 

 なにか不自然で、出来損ないの魔女。


 それがどうしてなのか気にならなくもないが、ピクシーたち魔物にとってはさほど重要な事柄ではない。魔女の『普通』など所詮魔物の自分たちには関わりのないことだ。

 重要なのは、彼女は自分たちの恩人であり、さらに大切なごちそうを無自覚に提供してくれる素晴らしい存在だということ。


 ごくりと喉を鳴らして、ピクシーはもう一度アメリアの頬に口を寄せると、彼女から漏れ出ている魔力をゆっくりと吸い込む。


「アタシもアメリアに救われなければ、きっと消滅していたでしょうね……」


 彼女の魔力を堪能しながら、ピクシーは己の過去を振りかえる。

 もしかすると、とっくに消滅していたかもしれない自分が今ここにいられるのは、アメリアに出会えたから。


 だからアメリアに恩返しをしたいという気持ちも、もちろん嘘ではない。

 ただそれよりも圧倒的に見返りのほうが大きいだけで、決して彼女を騙しているわけではない。

 そう自分に言い聞かせながら、アメリアの魔力を心ゆくまで堪能するのであった。



 ***



 魔物とは、この世ならざるもの。

 その言葉のとおりに、魔物というものは存在が不確かで、どうしてそれらが生まれるのか、その理由も分かっていない。

 不思議なもの、人の理解が及ばないもの、魔物とはそういうもの。



 ピクシーはとある森の、魔素が溜まった泉の底から生まれた。


 生まれたての魔物は、風が吹いただけで消えるような不確かな存在である。

 時を同じくして生まれたたくさんの仲間が、ふとした瞬間に消滅していった。

 存在し始めたばかりの弱い魔物は、遺骸など残らない。

 だから消えてしまった者は、初めからそこに存在しなかったと同じこと。消えても悲しいなどという感情は芽生えてこない。

 その頃のピクシーには、ただそこに存在しているだけで、何かを思ったり考えたりはしなかった。


 生まれてから月日が経つと、ピクシーは自分と他が違う存在だと区別がつくようになる。それにより彼に『意思』が生まれ、自分のしたいこと、したくないことを考える時間が増えていく。

 意思を持つようになると、他のピクシーたちと交流したり森の生き物と会話をしたり、それまで知らなかったたくさんのことを聞いて、『喜怒哀楽』という感情を理解するようになった。

 喜怒哀楽という感情を知ると、何の変化もない泉での暮らしは退屈に感じる。同じことの繰り返し。つまらない・面白いなどの『感情』をまだ理解しない仲間たちとの会話はとてつもなく退屈だった。


 こことは違う場所に行きたい。


 もっと違う生き物ともっと違う世界に触れて楽しいことをもっと知りたい。

 そうしてピクシーはある日ついに、仲間の静止を振り切って泉から離れ、気の向くまま色々なところへ飛んでいった。

 泉の外の世界は果てがないのかと思うほど広かった。何を見ても楽しい。何もかも初めての体験で、新しいものを見て聞いて、驚きと感動に満ちた日々を送っていた。

 人の耳元で甘言を囁き惑わして遊ぶのは何度やっても面白い。

 国の繁栄と滅亡を鑑賞して楽しんだこともある。

 ピクシーの姿が見える子どもと友達になって、その子の一生を観察したこともある。

 魔物使いに捕まりそうになって、必死に逃げ回った時期もあった。

 危険な目に遭うことすらも、刺激的な経験ができたと楽しめた。


 そうして心ゆくまで外の世界を堪能し、自由気ままな生活が永遠に続くと当たり前のように思っていたのだが、ふと気が付くと以前より自分が弱く薄くなっていると気が付いた。


『飛べない……』


 以前はどこまでも高く飛べたしどこまでも遠くに行けたのに、上に上がることができなくなっていた。

 どうしてどうしてと混乱するばかりでどうしたらいいかもわからずもがいているうちに、いつのまにか美しく光る自慢の羽が失われて、ふと自分の姿を見下ろしたら己の姿が変化してしまっていることに気付いた。その時にはもう取り返しのつかないところにまで来てしまっていたのだ。


 魔物としての力が消えてしまったピクシーは、いつのまにかただのつまらない蝶々の姿になり果てていた。


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