第15話命の恩人


 おかしい、自分は美しい妖精なのにどうして。必死に羽ばたいたが、もはや元の姿に戻ることはできなくなっていた。

 ピクシーは魔素溜まりから生まれた魔物だった。そこから離れた彼は、力の源を失って存在自体が消滅しかけていたのだ。

 その時のピクシーにはそんなことが分かるはずもなく、また生まれ故郷の泉がどこだったかも、ただの虫に成り下がった彼には思い出せなくなっていた。


 そんな時、森で虫取りをしていた子どもたちにピクシーはうっかり捕獲されてしまったのだ。

 わしづかみで乱暴に虫かごに放り込まれて、突きまわされる。動かない蝶々に腹を立てた子どもたちは虫かごを振り回したり叩いたりしたので、羽がボロボロになったピクシーは虫の姿で死にかけていた。


「ちょ、ちょっと君ら……そんなにいじくったら、虫は死んじゃうよ……」


 ぼそぼそと注意する声が、消滅寸前のピクシーの耳に聞こえてきた。それに対し生意気な言葉で反論する子どもたちの喚き声がしばらく続いていたが、注意してきた声の主がお金を子どもたちに渡して、代わりに虫籠を受け取っていた。


「し、死んじゃったかなあ……」


 声の主は死にかけたピクシーをかごから取り出し、掌に載せ様子を窺っている。

 ピクシーはもう死を待つばかりだと思っていたし、実際羽が千切れかけ足が折れていた。

 もう彼が助かる見込みはなかった。


 だがその掌に包まれているピクシーの体に変化が起きた。


 自分を包み込む掌から、魔力が流れ込んでくる。

 枯れ果てていた命の源が、どくどくと注ぎ込まれてくるようで、消滅しかけていた体に力が満たされていった。

 何が起きたのか理解できないまま、千切れかけていたはずの羽を確認するようにパタパタと羽ばたかせてみた。


「あ、生きてる。じゃあ、いいか……」


 そんな声と共に、ピクシーは花の上にそっと下ろされた。この不思議な手の持ち主は何者なんだろうと思いながら見上げてみると、チカチカと瞬く藤紫色の瞳と目が合った。


(ただの人間じゃない……魔女のたぐい?)


 ピクシーの命の恩人は、瞳と同じ色の長い髪を揺らめかせながら立ち上がると、気まぐれで助けた蝶々のことなどもう忘れたかのようにそそくさとその場を離れていく。

 待って、というピクシーの小さな声は届かず、魔物の姿を取り戻して飛びたてるようになった時にはもう姿を見失っていた。


 改めて己の身を確認してみると、彼女から注がれた魔力が体の中心に溜まり、命の核となっていた。

 ピクシーのような弱い魔物は、小さな子どもなどには見えることもあるが、普通の人には見えないような幻に近い存在だ。それが今、実体を得ている。


 この世に存在し始めて初めて、自分が生きている、と実感した。


 命の核が拍動し、自分が確かに肉体を得て存在している、と実感した。

 姿を変化させてみると、蝶々の姿にも人間の姿にも化けることができる。


(あの人をみつけなきゃ……)


 自分に命を与えてくれたあの人にお礼を言いたい。もう一度あの手に触れたい。そしてもう一度あの魔力を食べたい。

 生き続けるためには『食べ』なければいけないのだと消滅しかけてようやく理解した。


 空を飛ぶ羽に力がこもる。あの人の魔力の匂いを探しながらピクシーは空を駆け巡った。



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