第10話やたらと魔物にからまれる


 追放されてから、心穏やかに暮らす日々が続いていたが、ひとつだけ厄介な出来事に見舞われるようになっていた。

 屋敷にいた頃は一度も見なかった『怪異』にやたらと遭遇してしまうのだ。一人暮らしをするようになってから、幽霊だの魔物だのがやたらと近づいてくる。




 初めて遭遇怪異と遭遇したのは、森に住み始めてからしばらくした頃。

 アメリアが独りで森の中に続く道を歩いていると、暗い木の陰から声が聞こえてきた。


「そこのお嬢さん……」


 こんな辺鄙な場所で突然何者かに声をかけられて、不審に感じそちらに目を凝らすと、背の高い男が『こっちにおいで』とこちらに向かって手招きをしている。その姿を見て、すぐに気が付いた。


 ――――あ、アレ悪霊だわ。


 アメリアとて一応魔女の血を引いている。魔女教育もみっちり受けてきたわけだし、恩寵などなくとも怪異か人かの区別くらいは容易につく。そして、ただ彷徨っているだけの霊は生者を暗闇に呼びこんだりしない。だからあれは悪霊で間違いない。

 悪霊だとすぐに気付いたアメリアは、冷静に『悪霊と遭遇した場合の対処法』という書物の内容を思い出し、バックに入れてあった塩を投げつける。


「ギャー―――!」


 叫び声が聞こえ悪霊が正体を現したところでその場からさっさと逃げ出した。


 怪異なんて書物の中のおとぎ話程度にしか思っていなかったので、まさかこんなに変なものと出会うとは想像もしていなかった。

 正直恐怖よりも驚きが勝り、珍しいものを見たなあとしか思わなかったし、こんなこともあるんだなと思う程度で、その時はすぐに忘れてしまった。


 けれど、怪異との遭遇はその一回に留まらなかったのだ。

 その次は、アメリアが家の畑で仕事をしている時に貴族のような恰好をした見目麗しい男性が森の奥から現れ、その男は『森で従者とはぐれて困っている。悪いがお茶を一杯所望したい』と頼んできた。

 もう魔女でなくとも分かるレベルの怪しさである。貴族がこんな馬車も通れないような辺鄙な森の中でウロウロしているわけがないし、第一その男の靴はさっき磨き終わったばかりのようにピカピカだ。


 アメリアは無言でその男の綺麗な顔に肥料を投げつけると、たちまち男は術が解け、顔のない不気味な姿をさらして逃げて行った。


 あれは多分、シェイプシフターだな、とアメリアは独り言ちる。


 人間の姿に化けるという魔物で、アメリアも本でしか知らない存在だったが案外身近にいるもんだなあと驚いたが、よく考えるとアメリアは結界が張られた魔女の集落から一度も出たことがなかったから出会わなかっただけで、怪異はおとぎ話ではなく普通に存在していたのだろう。

 特にアメリアの住む家は町から離れた辺鄙な森の中なので、そりゃ怪異も潜んでいるだろうと思い、森を歩く時はなるべく晴れた日の明るい時間帯にしようと思う程度だった。


 それからずっと外出する時は気を付けているのに、何故だかどうしてものすごい確率でおかしなものが現れるのだ。


 ウェンディゴだの、シュトリーガだの、歩く死体だの、人狼だの、グールだの、『あー本で読んだ!』という伝説レベルの怪異に、本当にご近所さん感覚で遭遇した。


 彼らは一様に、甘い言葉を吐き、あの手この手でアメリアを誘いこもうとしてくる。

 もちろんどれだけ人間に擬態していようとも、パッと見で違和感アリアリだし、言うことは決まって人間を誘い込む常套句みたいなものばかりなので、さすがに騙されようもない。


 そんなわけで一切無視を決め込んでいたが、しつこく話しかけられるので鬱陶しいことこの上ない。

 せっかく人里離れた土地でボッチ生活を満喫しているというのに、たとえ相手が魔物でも幽霊でも、用もない相手に付きまとわれるのはごめんだった。


 だからアメリアは、怪異を見かけたら問答無用で魔法で吹き飛ばすという強硬手段に出た。

 大した攻撃力はないが、数回これを繰り返すと、すっかり魔物は現れなくなったのでそれなりの効果はあったのかもしれない。


 ――――そうしてようやく静かに暮らせるとほっと一安心していた頃。

 居候第一号となるピクシーと出会ってしまったのである。


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