第5話出来損ないの魔女


 確かに、魔物たちのおかげでアメリアの生活はとても豊かになった。

 自分一人では確実に無理だった数々の恩恵をたくさん受けておいて、出ていけとは言いづらい。


 彼らが来るまでは生きるのに最低限の生活で、豊かさとは無縁の日々だった。

 それが魔物がもたらしてくれる恩恵のおかげで、三食ちゃんとした食事が食べられるようになったし、雨漏りも直って冬に凍死しかけなくなったし、穴の開いていない服を着られるようになった。


 本当に有難いことだとは理解できるし、普通の人だったら感謝して、いつまでもいておくれと泣いて懇願するところなんだろうが、アメリアは違った。


「飢えてもボロでもいいから、一人静かに暮らしたい!」


 というのが、アメリアの切なる願いだった。

 通常の人にはきっと理解しがたいその願いの理由は、アメリアは重度のコミュ障な上、ドがつくほど人嫌いだからである。


 できれば誰とも関わりたくない。

 おひとり様生活を満喫したい。

 誰かと関わって生きるとか、アメリアはもううんざりなのである。

 わざわざこんな辺鄙な森の奥にある一軒家を購入したのも、できるだけ人と関わらないで生きていきたいと熱望したからに他ならない。


 それなのに、アメリアの願望はちっとも叶う気がしない。


 居候は減るどころか本日更にもう一匹増えることが(勝手に)決定したようで、アメリアはもう何度目か分からないため息をついた。

 

 顔をあげると、新人のヘルハウンドを囲んで魔物たちが楽し気に会話をしている。完全に自分のほうがアウェーな状況にもう一度ため息が出てしまう。


 勝手に交流を深めている魔物たちをぼんやり見ていると、アメリアの前に湯気が立ち上るカップを置かれた。


「どうぞ。温かいうちに飲んでね」

「あ……ありがとう」


 優雅な手つきで給仕してくれるピクシーにお礼を言い、明らかにコーヒーでない見た目の飲み物が入ったカップを手に取る。

 ひとくち飲んでみると、カップの中身は激甘のホットミルクだった。

 まあだいたい予想がついていたので驚くことはない。アメリアは何も言わず歯が痛くなりそうなホットミルクをちびちびと飲んだ。


 アメリアは毎回濃いコーヒーをリクエストしているが、コーヒーが出てきたことは一度もない。




 ***



 こんな風に魔物に住みつかれ、いいようにされているアメリアだが、実はこれでも魔女の端くれである。


 この国では、魔女は職業としてちゃんと認められているので、普通なら占い屋や薬屋を開いたり、どこかの貴族のお抱えになったり、優秀な者であれば王宮に勤めたりするのだが、アメリアはそのどれにもなれなかった。



 魔女の家に生まれた者は、必ずなにかしらひとつ、恩寵を持って生まれてくる。

 魔女の系譜は、母親の家系が持つ恩寵を受け継ぐと決まっている。

 それが魔女界の定説だった。


 火の恩寵を持つ者は、火魔法を得意とし、水の恩寵を持つ者は、水の魔法と特別相性が良い。魔女は皆、自分が持つ恩寵の特性合わせて魔法の才能を伸ばしていく。


 だがアメリアは、魔女の系譜にもかかわらず、恩寵を持たずに生まれてしまった。

 魔女の家系図上では、恩寵を持たない魔女は存在しない。

 だがそれは、持たざる者は魔女として名を登録されないだけで、そのような子が産まれた場合、養子にだされたりして魔女の家から名前を抹消されるからである。


 本来であれば、アメリアも持たざる者と判明した時点で、魔女の家から追い出され、只人として生きていくはずであった。


 そうならなかったのは、ひとえにアメリアの生まれた家が魔女界でも特殊な存在であったせいであった。


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