第3話お前もトカゲじゃないのか


 ピクシーと出会ったのは、アメリアが薬草を探して森の中を歩いていた時だった。


 そこで虫取りをして遊んでいる子どもたちに出会ったのだが、やんちゃというよりは悪ガキ風の子どもたちは、捕まえた虫を入れた籠を振り回して乱暴に扱っていた。

 そんなに振り回したら危ない……とハラハラして見ていたら、案の定捕まえた蝶々が動かなくなったようで、棒で突いてみようなどと言い出す声が聞こえ、たまらず声をかけた。


「ちょ、ちょっと君ら……そんなにいじくったら、虫は死んじゃうよ……」


 突然挙動不審な女が話しかけてきて子どもたちはものすごく嫌な顔をしていたが、めげずに彼らに近づいていく。籠の中を覗くと案の定羽がボロボロになった蝶々が籠の底に落ちて動かなくなっている姿が目に入った。


 瀕死の蝶々を見てしまえばさすがに見て見ぬふりはできず、やめなよと言っても聞きやしない悪ガキどもに仕方なく小遣いをやって、これで買い取らせてくれと頼むと、死んだ虫にはもう興味がなかったのか、あっさりと渡してくれた。

 ぽいと手渡された蝶々は、見るも無残な姿でこれはもう駄目かなという状態だった。

 死んだら埋めてやるかとしばらく手のひらに乗せて様子を見ていたら、案外タフな個体だったらしく羽を動かし始めたので、よかったよかったと花が咲いている原っぱで逃がしてやった。

 


 そんなことがあったのすら忘れかけていた頃、アメリアの家にその逃がした蝶々が訪ねてきた。

 いや、正確には、蝶々だと思っていたものは『妖精ピクシー』だった。


「わたくし、先日あなたに助けていただいた蝶々です。恩返しに参りました」 

「……はい?」


 魔物図鑑の挿絵でしか見たことのないピクシーが恩返しに現れたのだから、アメリアは目玉が飛び出るほど驚いた。


 わざわざアメリアを探して訪ねてきた魔物の意図がつかめず、はあどうも……と間抜けな返事に対し、朗々とあの時の御恩を返したくて必死にあなたの行方を捜したのですと涙ながらに語られて理解が追い付かず茫然としていると、ピクシーはじゃあお邪魔しますと当たり前のように上がり込んできた。

招いてませんが⁉ と焦るアメリアを無視してさっさとリビングにまで入っていく魔物は、可愛い声音とは真逆の押しの強さと図々しさである。


「あの! お、恩返しとか必要ないんで」

「そういうわけにはいかないわ。受けた恩はしっかりお返ししないとね」


 慌てて追いかけて、そんなん結構ですと魔物に向かってもごもごと主張していたら、小さくて可愛いピクシーが突然人間の姿に変化したので、驚きすぎてもう何も言えなくなってしまった。

 人化できるような力のある魔物をやっつけることなど、出来損ないのアメリアにできるわけがない。

 最悪、死を覚悟して震えている彼女を無視してピクシーはリビングをきょろきょろと見まわして眉をひそめた。


「あらやだ。汚い部屋ねえ! 窓から土埃が入ってきているじゃない。じゃあまず掃除から始めるわね。ホラそこどいて。あなたはそこでお茶でも飲んでいて!」

「え? え? ヤダなにこの魔物怖い……」


 持参したエプロンをつけて、さっさと家の掃除を始める魔物にアメリアは部屋の隅で怯えているしかできなかった。

 棚の埃から床の角まできれいに磨いていく姿をみて、魔物って掃除とかいう概念あるんだ……と脳内魔物図鑑にひっそりと『ピクシーはきれい好き』と追記しておいた。

 ピクシーの家事能力は完璧で、部屋があっという間にピカピカになっただけでなく、ガタついてきちんと閉まらない窓も持参したツールでちょちょいと直してしまった。魔物が家事能力とDIYスキルが高いとか意味が分からない。


「はあ、この家あちこち痛んでいるわよ。壊れているところは明日から少しずつ直してあげるからね。アタシの部屋はそっちの空き部屋でいいかしら。じゃ、夕食はなにがいい?」

「えっ? ええ……(うちに住むの⁉)」


 なんだか全ての状況が意味不明で、傲然としているあいだに、結局ピクシーはそのまま居ついてしまった。



 謎の魔物に住みつかれて、こんな迷惑なエンカウントは人生で一度きりで充分だと思っていたのに、その出会いは一度に留まらなかったのである。



 ピクシーの次に出会った魔物が、サラマンダーだった。


 薪を探して森を散策していた時、小川の近くを歩いていたら水面にトカゲがぱちゃぱちゃと暴れているのを発見した。うっかり水に落ちて溺れかけているのかと思い、何の気なしにひょいと摘まみあげて地面にポイっと投げた。

 水からあげられたトカゲは、地面にひっくり返っていたので死んだかなーと指でつんつんと突いてみたら、けぽっと水を吐いて起き上がった。

ああ、よかった生きていたと、トカゲはその場に放置してアメリアは薪を集めてから家に帰ったのだが……。




「先日お前に助けてもらったサラマンダーだ」


「…………ぎゃあああ⁉」


 玄関を開けたら真っ赤なドラゴンもどきが鎮座していたので、力の限り叫んでしまった。


「危うく死ぬところを助けてもらったからな、恩返しにきた」


 溺れていたトカゲはどうやら弱って死にかけていたサラマンダーだったらしい。


「お前は命の恩人だからな、特別にその恩を返してやる。ありがたく受け取るがいい」


 サラマンダーは居丈高に言い放って、家の中に入ろうとしてくる。


「ちょお、待って! その大きさがうちの玄関を通れるわけないでしょ! 恩返しとかいらないんで、というか家を壊さないでー!」


 子牛くらいあるドラゴンもどきが入れるような大きい家ではない。必死に押さえて帰っていただこうとしたら、なんとサラマンダーは出会った時の小さなトカゲ姿に変化して、ささささっと家に入り込んできてしまった。


 壁を伝って歩くサラマンダーは、さながらヤモリのようで、すぐにどこに行ったか分からなくなる。


「うわ……! 入り込まれた……! ちょ、どうしよう。殺虫剤でいいのかな!?」

「アメリア、サラマンダーは殺虫剤で死なないわよ。というか殺しちゃダメじゃない」


 リビングで優雅にお茶を飲んでいたピクシーがツッコミをいれてくる。


「イヤ、あの、出て行かせようと……」


 注意されて確かに殺虫剤はよろしくないと思い直し、見つけ次第出て行ってもらおうと家具の隙間や床を探して回っていたのだが、どこを探しても見つからない。

 ピクシーも入り込んだ別の魔物についてあれ以来触れてこないので、数日経ったあたりで、もしかして出て行ったのかもなんて考えていた。


 ところがいつのまにか例のサラマンダーはピクシーと交流を深めていたのだ。

 ある朝アメリアが起きると見知らぬ赤髪の男が台所で料理をしていたので目玉が飛び出るほど驚いた。

 リビングで腰を抜かしていると、ピクシーがしゃあしゃあとあれはサラマンダーだから大丈夫だと教えてくれたが、それで大丈夫な要素は何一つない。


 どういうことかと話を聞くと、彼はピクシーによって勝手に我が家のかまどの火や風呂の沸かし係として採用されていたのである。


「いやいや出て行ってもらってよ……」

「ええ~でもここ最近部屋があったかいのも、竈の面倒な火おこしも全部サラマンダーがやってくれてるのよぉ? お世話になってるのに追い出すの~?」

「そうなの!? どうりであったかいと思った!」


 真冬は家の中でも息が白くなるほど寒いのに、なんだかここ最近あったかいなあとのんきに思っていたらサラマンダーがセントラルヒーティングになってくれていたらしい。

 そうやって毎日一生懸命働いてくれているのに、その言い方はちょっと優しくないわ……と窘められ、逆にアメリアが『恩恵を受けていたのに気が付かずにすみません』と謝る流れになってしまった。


 そんなこんなで出ていく話はうやむやになってしまい、それ以来サラマンダーも普通にアメリアの家で暮らしている。


 魔物の居候が二匹に増えただけでも大問題なのに、魔物との出会いはこれだけに留まらなかった。



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