第2話可愛い蝶々じゃなかった


(これが全部恩返しにきた魔物だなんて、誰に言っても信じてもらえないだろうなあ……)


 家主そっちのけで減るハウンドをリビングに招き入れる魔物たちを見て、ため息が漏れる。

 楽しそうな彼らの輪に入っていく気にもなれず、その場で項垂れているアメリアの前にピクシーが舞い降りてきて、くるりと一回転した次の瞬間、パッとその小さな妖精の姿から人型に変化した。


「どうしたのぉアメリア。ホラ、あなたもソファに座って」


 人型のピクシーがアメリアの顔を覗き込んできて、銀の絹糸のような美しい髪が頬に触れる。近すぎる距離にひょえっと変な叫び声をあげてしまったが、彼は気にした様子もなく、さあさあを背中を押してくる。その手は実体そのもので、人のそれと全く変わらないように感じる。

 魔物の姿と人型になった時では、質量が全く違うように見えるのに、触るとちゃんと生身の肉体がそこにあるように感じるし、魔物という存在は知れば知るほど分からなくなる。

 

 ピクシーの変化は見事なもので、何度見ても本物の人間にしか見えない。見鬼の才がある者でも見抜けないくらいに完璧に擬態できているのだと、彼は誇らしげに主張するが、実際魔物たちと町へ出ても一度も見抜かれたことはない。


「じゃあ新人さんの歓迎会ってことでお茶でも淹れましょうか。アメリアはアッサムとオレンジペコーとどっちがいいかしら?」


 ピクシーが有能なメイドみたいな台詞をアメリアの耳元で囁く。


 銀色の長い髪に白い肌で、人化しても妖精のようだと比喩されそうなその姿は、いつもながら性別不明で可愛い。

 だから最初、魔物には性別がないんだろうと思っていたのだが、ピクシー曰く、『アメリアが女の子だから、アタシは男の子♡』と訳の分からないことを言って、以来ピクシーのことは暫定的に男性として扱っている。

 まあ、そもそも普通の生き物のように繁殖しない、生物の理から外れた魔物に雄雌がある必要もないはずだ。だからまあ気持ちの問題だろうと一応ピクシーの意思を尊重している。

 考え事をして返事をし忘れていると、ピクシーがさらに顔を近づけてくるので、慌ててどもりながら飲み物のリクエストを答えた。


「あの、わ、私はコーヒーがいいです……すっごい濃いやつ」


 ミルクも砂糖もいらない、ブラックでお願い……と、念を押すとピクシーからは『おーけーおーけー♪』と歌うような声が返ってきた。

 弾むような足取りで台所へ向かうピクシーの後姿をみながら、アメリアは深いため息をついた。


(この妖精も最初は蝶々だと思ってうっかり助けちゃったんだよな……)


 それがまさか魔物で、しかも律儀に恩返しに訪れるだなんて誰が想像できただろう。そして実際こうしてせっせと世話を焼いてくれるのだから、世の中何が起きるか分からない。というかその想像できない出来事が、その後何度も起こるのだから、ため息をつきたくなるのも仕方がない。


 そう、アメリアは何故だか知らないが、妖精だの魔獣だの、おかしな存在としょっちゅう出会ってしまうという、ラッキーなんだかアンラッキーなんだか分からない運を持っていた。


 ***


 どんなに見た目が可愛くとも、ヒトと同じ見た目をしていても魔物は魔物。

 怪異と関わってはならないと、大人たちは子どもが小さい頃から何度となく言い聞かせる。それはひとえに魔物が危険な存在だからに他ならない。


 性善説を唱える人なら、『魔物のなかにも良い魔物がいるかもしれなじゃない』などとのたまうかもしれない。実際そのような考えの人間も一部存在するが、そもそも人の理から外れた存在に、人が考えた善悪のカテゴリを押し付けること自体間違っている。


 あちらはあちらで生まれ持った行動原理に従い存在しているのだから、人の言う善悪など知ったことではないだろう。歌を聞いただけで命を盗られる、返事をしただけで魂をもっていかれるなんてことになっても、それは彼らの理なのだから、理不尽だと嘆くのはお門違いである。。

 むしろ怪異と分かっていながら関わったのなら、魔物たちからすればそれはかかわった人間が悪いよねとしか思わないだろう。


 怪異とはそういう存在なのだ。だから魔物と人は、関わらないようにするしかない。


 そうやって昔から魔物に対する戒めを、人々は語り継いできたのである。


 もちろんアメリアもその教えを書物などから学んで知っていた。

 だからどんな怪異に遭遇しても関わらないつもりだったのに、間違えてついうっかり魔物を助けてしまったのが、全ての事の始まりだった。


 魔女の血を引くアメリアは、魔物や悪霊などの怪異を見分ける力がある。


 人に化けているものや、影に潜んでいるものでも、だいたい見つけられるくらいの自信があったが、ある時魔物と見抜けず、小さな生き物を助けてしまった。それが妖精のピクシーだ。


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