恩返し勢が帰ってくれない

エイ

第1話恩返しに参りました


「ワタクシ、先日助けて頂いたヘルハウンドです。恩返しに参りました」


「人違いです」







 家の扉をノックする音がしたので、家主のアメリアが開けると、そこには巨大な黒犬がお行儀よく座っていた。


 そして、恩返しにきたと牙の生えた大きな口で告げるその犬は、明らかに普通の犬ではない。本人が名乗る通り、地獄の番犬『ヘルハウンド』らしい。

 だが残念ながら地獄の番犬に知り合いは居ない。



 人違いだと告げて扉を閉めようとしたが、巨大な黒犬は目にもとまらぬ速さでそのデカい前足をシュタっと扉の間に差し込んで閉めるのを阻止した。


「えっ? でもあなた魔女のアメリアさんですよね? アメリアさんに助けて頂いたんで間違いないですよ。先日は危ないところをありがとうございました。ぜひ、あの時の恩を変えさせてください」


「身に覚えがないので、他を当たってください」


 押しの強い訪問者にビビりながらも再度断りの言葉を告げるが、黒犬は隙間に顔を突っ込んで意地でも閉めさせまいとする。


「いやいやいや恩を返さずに帰れませんて」


「いやいやいやそれこそ知らないんで……!」


 無理やり扉を押し返していると、無理に突っ込んだ黒犬の顔が引っ張られて大変な形相になっている。さすがに不憫と言うか圧死しそうなので、左手で扉を押さえつつ右手で犬の顔をドアの外に押し出そうとした。

 するとなんと犬はその手をぺろりと舐めたのだった。

 ひいっと小さく悲鳴を上げ、手をひっこめスカートで手を拭いている間に、犬はよっこいしょと扉を開けて中へ入ってきてしまった。

 そして座り込むアメリアに鼻を近づけスンスンと匂いを嗅ぐ。


「ああ、この味、この匂い。やっぱりあなたで間違いないです。怪我をして動けなくなっていた俺を助けてくださったのはあなたですよ。ホラ、このハンカチに見覚えがあるでしょう? 手当てをしてくれた後、あなたがご自分のハンカチを包帯代わりにしてまいてくれたのです。ね? ホラ、見て。よく見て。これを忘れたとは言わせませんよ? 死神犬などと呼ばれ嫌悪される存在の私をあなたはためらうことなく救いの手を差し伸べてくださって、私はいたく感動したのです。ぜひあの時の恩返しをさせてください。お役に立ちます」


「めちゃくちゃ喋るな……。いやホントに一切記憶にございませんので」


 見てみると確かに自分が持っていたハンカチによく似ているが、こんな魔物まるだしのヘルハウンドを助けた覚えは全くない。こんなのとエンカウントしたら回れ右で全力疾走するだろう。


「ですから、先日、助けて頂いた、ヘル……」


「すいません今忙しいのでお気持ちだけで結構です」


 侵入してきた犬をドアの外に押し出そうとするが、アメリアの細腕ではびくともしない。


「いえいえいえ、恩返しさせていただくまで帰らないですよ。ワタクシこれでも義理堅いヘルハウンドなんです。あ、それともアレですか? 部屋が汚れるから犬は中に入るなってことですか? 汚い犬は玄関にも入っちゃダメですか? もしかして動物アレルギーとかあったりします?」


「ええ……? いや別に汚いとか思ってないですし……アレルギーもないとおもいますけど……いや、犬触ったことないから分からない……?」


「じゃあいいんですね! お邪魔しまーす!」


 アレルギーについてアメリアが考えている隙に、すかさずヘルハウンドはするりと扉をすり抜け、部屋の中へと入って行った。押しの強さに負け、追い返せなかった自分のヘタレ具合を呪いアメリアはがっくりと肩を落とす。


(ああ……またこのパターンか……。本人が恩返しなんか要らんと言っているのに、どうしてみんな人の話をきかないんだろう……)



 アメリアはため息をつきながらヘルハウンドの後を追うと、家のリビングには魑魅魍魎……もとい、押しかけ恩返し連中が我が物顔で寛いでいた。


「なに~誰? あ、君も恩返しにきたの?」

「お前なんの種族? え? 地獄の番犬? なにそれ超レアじゃん」

「相変わらずアメリアは変な生き物とエンカウントするわねー」


 リビングの住民たちは好き勝手言いたい放題でワイワイと楽しそうだ。パッと見ホラーハウスだな、などとアメリアは他人事のようにその光景を眺めていた。

 いや、自分の家がだんだん魔物に乗っ取られていく現実から目を逸らしていただけだ。どう考えたって、こんな状況おかしい。


 猫型の魔物、ケット・シー。

 炎の精霊、サラマンダー

 そして妖精のピクシー。


 気づけば彼らが家に住み着いて、いつの間にか魔物の巣窟となってしまっていた。


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