第3話 廃墟と化した学校
村に比べて、学校は凄まじい事になっていた。各出口に設けられたバリケードは破損し、血や窓ガラスの割れた破片が花壇に散乱している。
「こりゃ、生存は絶望的だな」
誰が見てもそう結論に至ってしまうほど。
死体がないことが、結末を物語っている。
「ここに至るまで、倒してきた魔物は十体。少なくとも、二十五体はここにいる」
言葉にするだけで、絶望が押し寄せる。
矢の本数は、予備も含めて十本。
魔力の残りから考えて、あと五発は魔術を使えるが……あと十体は東堂と協力して倒すしかない。
「春香、俺たちは勝てると思うか?」
「最善を尽くすしかない」
意を決して、私たちは学校の中へ足を踏み入れた。
廊下の奥にいたのは、魔物と化した村人たちの姿。その数、およそ十。さっそくの窮地だ。
「春香、勘付かれる前に魔術を使え!」
東堂に返事を返すよりも早く、魔力を練り上げて呪文を詠唱する。
「万物の根源たる
狙いを定め、火球を一直線に放つ。
着弾の後に爆発を引き起こし、魔物たちを焼き尽くしていく。
爆発に巻き込まれなかった魔物が五体、煙の中から飛び出してこちらに向かってくる。
迎撃に出たのは東堂。
バスターソードを振り回し、二体を纏めて切り捨てた。その横を、三体の魔物がすり抜け、私とニクサラに迫る。
弓を握り締める。
遠距離を狙撃する弓に、接近戦は向かない。
だが、それを埋める手法はある。
「チェリオッ!」
弓そのものを振り回す。
鉄で補強しているので、鈍器と遜色ない威力となって魔物の頭部を飛ばした。
そのまま弓を手放し、矢筒から矢を引き抜き、渾身の力で投げつける。
魔物の太ももに突き刺さった矢は、致命傷にはならなかったが、動きを阻害する事には成功した。
床に落ちた弓を拾い、矢を番えて構える。
残り一体の魔物が口を開いてこちらに突進してくる、その真正面から矢を放った。
……子どもの姿をした魔物は、腐肉を撒き散らして床に倒れ込む。
「戦闘、終了」
校舎に踏み込んですぐに戦闘になるとは思わなかったが、逆に言えば調査中にエンカウントせずに済んで良かったというべきか。
音に釣られて群がられたら、命を落としていた可能性もあった。
ほっと胸を撫で下ろす。
壁を登って天井に隠れていたニクサラが床にストンと降りると、興奮した様子で目を輝かせながら手を握ってきた。
「あの弓の使い方って、アルストロメリア王国に伝わる剛射術ですよね!? すごい!」
恐れや恐怖を抱いている様子はない。
冒険者学校に通っていたなら、多少はこういった荒事に慣れているということか。
メンタルケアをする余裕がなかったので、正直言って助かる。
「よく知ってるね。たまたま通っていた学校にその剛射術の講師がいたんだ」
雑談ついでに周囲の様子を探る。
魔物の気配は近くにはない。しかし、範囲ギリギリに五つほど。
残った魔力の量から考えるに、二発が限界だ。慎重に考えて使わないといけない。
「東堂、ここで生存者を探したら、すぐにでも離脱しよう。北の裏山に強い反応があるのを感じた」
「こいつらよりも、強いのか?」
「間違いなく、強い。三倍ぐらいだ」
今後の行動指針について打ち合わせしていた時だった。
ニクサラが懐から短剣を取り出し、魔物の上に跨る。そして、無言で魔物の胸元を突き刺した。
「……っ」
ニクサラの言葉が蘇る。
魔物に完全なとどめをさすには、聖なる短剣で胸を一突きする必要がある。
いくら冒険者として教育を受け、頭でもはや人ではないと理解していても、かつての顔馴染みをその手で仕留めるのだ。戦闘不能に追い込んだのが他人でも、感情の整理が追いつくわけがない。
「ニクサラさん、大丈夫? 辛いなら代わろうか?」
「いえ、いえ、大丈夫です。せめて、最期は私がやります。どうか安らかにお眠りください。そして、輪廻の果てに穢れが祓われますよう……」
ニクサラは短剣を手放す事はしなかった。
彼女なりのケジメなのだろう。
本当は哀悼を捧げる時間も惜しいのだが、ぐっと堪えて待った。
ニクサラが袖口で目元を拭う。
「お待たせしました。さあ、学校の調査を始めましょう。リリーのクラスをご案内します」
私たちに背を向けたニクサラの顔は見えない。それでも、声音は緊張している様子だった。
気の利いた台詞の一つも思い浮かばず、私たちは顔を見合わせて肩を竦める。
少なくとも、無事に街に連れて帰ることだけが、私たちにできる事だと信じて。
小休憩を挟みつつ、校内を探索する。
どこも窓が破られ、仮設のバリケードも突破されていた。抵抗したのか、折れた木刀が散乱している。
「Aクラスが、私やリリーのいたクラスでした」
特に、リリーのいたクラスの損傷はひどい。
室内で魔術を何度も使ったのか、焼け焦げた床や崩落した壁が惨状を物語っている。
「手がかり、探すか」
東堂と手分けをして探す。
といっても、これほど損傷が酷いと無事な品物を探す方が難しい。
「……お、これはリリーの持ち物かな」
可愛らしい桃色に染めた革で装丁された一冊の本。パラパラと捲れば、多少の書き込みがされた日誌のようだった。
三日坊主なのか、出来事のあった時だけ日常を綴っているみたいだ。
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領主暦十五年 雪解の月 五日
今日は期末テストの日。もちろんあたしがぶっちぎりの一位だった。お父様もお母様も『いつもがんばった成果が出たね』って褒めてくれた。ご褒美に青いサテンのリボンを貰ったわ。
それにしても、今日も死に損ないは役立たずだった。思い出すだけで苛々する。さっさと死ねば良かったのに!
花咲の月 十八日
今日は死に損ないを落とし穴に落としてやった。あいつ、びーびー泣きながら許してって泣き喚いていて本当に面白かった。でも、ウィズリーが邪魔してきたから生き埋めにしてやる事は出来なかった。今度はあいつが行商の時にやってやろうかな。ウィズリーも、顔がいいんだから死に損ないに構わなければいいのに。
豊穣の月 四日
今日は死に損ないにレッスンしてやった。人モドキの魔物だから、どれだけ木剣で叩いても死なない。早く真剣が欲しい。あの死に損ないをちゃんと死なせてやったのに!
豊穣の月 五日
どこを探しても死に損ないがいない。あいつ、村が嫌になって飛び出したのかも。でも、他に行く場所なんてないから、すぐに戻ってくるはず。悪い事をしてないかちゃんと拷問して聞き返さないと。
豊穣の月 六日
死に損ないの分際で、街へ買い物に出掛けていたらしい。本当に生意気。私だって村の外に出たかったのに! でも、爪を剥いだらギャーギャー叫んでいたから、それを見たらちょっとスッキリした。
豊穣の月 七日
お父様が村の様子が変だって言うの。自警団でパトロールするというから、私も立候補したけどダメだっていう。死に損ないを連れていくと言われた時は反対したけど、魔物の囮に使うって聞いたから引き下がったわ。死に損ないでも、村の役に立つことがあるのね。
豊穣の月 八日
お父様が帰ってこない。
豊穣の月 九日
神官様の命令で、学校に避難する事になった。街との連絡が途絶えたら、領主様が兵士か冒険者を派遣してくれることになっている。それまでの辛抱よ、リリー。大丈夫、お父様は無事よ。
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「東堂、今日ってたしか豊穣の月の十日だよね?」
「ああ。街を出て村に向かったのが九日の昼だ」
日記を信じるなら、異変は少なくとも三日前から起きていた。そこからねずみ算式にゾンビが増えていったのだろう。
「それにしても、死に損ないってひでえな」
東堂は、日記の内容をぱらりと捲り、眉をひそめる。
「どうやらこの村では、立場の弱い者を爪弾きにする『村八分』が行われていたらしい。リリーと同じ学校に通う生徒みたいだ。無事でいて欲しいが……この様子だと、自警団と共に魔物に襲われた可能性が高いね」
「それにしたって、どうして『死に損ない』なんてあだ名をつけるんだ?」
「ああ、それは『
私は、この世界に召喚されてから学んだ事をかい摘んで東堂に説明する。
鍛錬がメインで、座学まで体力が持たなかった東堂には最低限の知識しかないからだ。
「『悪夢人』には、胎児の段階から頭部にいくつかの角が生えている。出産の時、それが母体を傷つけてしまうんだ。だいたいは出産の最中に母体と死んでしまうんだけど、たまに出産を乗り越えることがある」
「……村にとっちゃ貴重な若い働き手を奪う、悪夢のような存在。だからカシマールか。気分悪いな」
「宗教から見ても、魔物と同じ『穢れ』を魂の内に抱えている。だから、共同体に迎え入れることに抵抗感があるのかも」
正直、私たちには分からない感覚だ。
でも、距離を置きたい属性の人と考えれば、村人の行動に納得がいく。仲良くする事は無理でも、リリーのように積極的に加害をしていい理由にはならない。
「生存者がいたら、その点も含めて考えないとね」
「いれば、の話だろ。ニクサラ以外は絶望的だ」
私たちの話を邪魔せず、周囲をきょろきょろと眺めていたニクサラが天井を指差す。
「そういえば、天井には先生たちが答案を採点する特別な部屋があるんです。屋根裏部屋で、天井から吊り下がった階段がないと登れないのですが……知能の低い魔物が襲撃した時、そこに子どもたちが逃げ込む手筈になっているんです」
どうやら、まだ何人かの生存者はいるらしい。
私たちは、ニクサラの記憶を頼りに屋根裏部屋を探す事になった。
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