ニンゲンの肉体を乗っ取ったけどやけに周りの察しが良すぎる件

あばら🦴

ニンゲンの肉体を乗っ取ったけどやけに周りの察しが良すぎる件

 深夜のこと。ある宇宙人が宇宙船に乗りながら、遥か上空から地上を見下ろしていた。とある一軒家を見定めた宇宙人はほくそ笑む。


「ククク! 決めたゾ! あの人間と身体を入レ替エテ、あの人間に成リ代ワリ、そうして地球侵略ノ土台にしてヤル!」


 ――――――


 日曜日なので高校が休みということもあって、友原ともはら愛子あいこはベッドで二度寝を決めていた。その時下の階からドア越しに母親の呼ぶ声がする。


「愛子ー! 起きなさい! ご飯できてるわよ〜!」

「ん、ん〜〜……」


 愛子はおぼろげな意識で身体を起こそうとすると、その時肉体の違和感に気づいた。

 動かした腕が、触手そのものだ!


「ええっ!」


 愛子は慌ててベッドから飛び起きた。そして姿見の前に立つと言葉を失ってしまった。鏡に映っていたのは愛子の姿ではなく、高さ一メートル半ほどのタコ型の宇宙人だったのだ。

 大きな頭をたくさんのタコの足のような触手が支えて立っている。さらに声も変わっていた。


「な、なんなのこれぇ……!? 夢!?」

「ククク、夢じゃないサ」

「誰!」


 と愛子は声の主の方を見て、思わず呼吸が止まってしまった。その姿は紛れもなく―――


「わ、私がいる!?」

「そうサ。お前とワレの身体を入れ替えタ! 地球侵略のタメに、お前の身体を使わせてモラう!」

「ええっ!? そんなことしちゃダメだよ!」


 愛子は触手の一本をくねくね動かしながら訴えた。


「ククク! お前じゃ止められナイ! もしお前ガ外に出たラ町中大騒ぎにナッテしまうからな。お前は指を咥えて見テイルしかないんだヨ! 咥える指がアレバの話だがな」

「このぉ……!」


 すると下から愛子の母親の呼ぶ声がした。愛子の身体をした宇宙人は悪どくニヤリと笑う。


「変ナ考えを起こすんじゃないゾ……。は〜い、ママ、今行く〜!」


 ――――――


「いただきま〜す」


 愛子の姿になった宇宙人は用意された朝食を美味しそうに食べていく。宇宙人は超カンペキに愛子に扮しているつもりだった。


「愛子、美味しいか?」

「美味しいよパパ。ママ、いつもありがとうね!」

「あら、どういたしまして」


 とママは嬉しそうににっこり笑う。


(ククク! 分かりはシナイだろう。ワレの演技力を以てスレば、人間一人をカンペキに真似ることナド簡単だ! 今日からコノ人間に成り代わルことなど造作もナイ……!)


 するとその時、食卓があるキッチンの廊下側の扉が開いた。そこから慌ただしく宇宙人の姿の愛子が入ってくる。

 宇宙人(愛子の姿)と愛子の両親はその姿に目を丸くした。父親が驚きのあまり持っていた箸を落としてしまう。


「な、なんだこいつは!?」とパパが腰を抜かす。

「きゃああああああ!」とママが叫ぶ。

「パパ、ママ、落ち着いて! 私が本物の愛子だよっ! そいつは偽物なの!」

「なんだと……!?」


 父親が言葉に詰まっていると、そこに宇宙人(愛子の姿)が割って入った。彼は愛子(宇宙人の姿)を指差して言う。


「ひぃ! パパ、あのタコみたいなの、変なこと言ってるよ! 私が本物の愛子なのに!」

「む…………」

「違う、本物は私だよ! 朝起きたら身体を交換させられてたの! お願い、信じて!」


 と愛子はアピールするように触手を二本ヒラヒラさせた。パパはそんな宇宙人の姿を見て口を開く。


「……分かった。信じるよ、愛子。そんな姿になって可哀想に。辛かっただろう」

「ほんとに信じてくれるの!? パパ、ありがとう!」

「エエエエェェェっ!!」


 宇宙人(愛子の姿)は開いた口が塞がらない。


「いや早くない!? コウイウのってもっと、まず有リ得ないこととか言って疑ったりスルものじゃないノ!?」

「あなた、どこの誰か知らないけど愛子に成りすますなんていい度胸してるわね」


 そう言ったのは母親だった。


「クっ! ナゼだ……! 動きも仕草もカンペキだったはずなのにナゼバレてしまった!?」

「簡単よ。愛子はいただきますって言う時、『いッただきま〜す』ってちょっと小さい『ッ』を入れるのよ」

「それからな、愛子は何かに指を指す時、親指を微妙に開く癖があるんだ。お前はそれをしなかったな。そこで偽物だって確信したよ」

「細かスギるだろ! 確かにチョットしたことで見破るのはあるケド、そこまでノは初めて見たわ!」

「宇宙人、野望もそこまでよ! 観念しなさい!」


 愛子(宇宙人の姿)が触手でビシッと宇宙人(愛子の姿)を指す。


「かくナル上は……!」


 宇宙人はポケットに入れていた小さな水色の球を取り出すと床にたたきつけた。

 するとその球から煙が瞬時に湧き出て愛子の両親ごと包み込む。煙が晴れた時、愛子の両親は机の上に突っ伏して目を閉じていた。


「ちょっと! パパとママに何したの!?」

「ククク。少し眠ってモラっただけサ」

「この……好き勝手してぇ……!」

「え―――」

「許さない! おりゃあ!」


 愛子(宇宙人の姿)は触手を思いっきり伸ばして振って愛子の肉体にぶち当てた!


「グええぇっ!」


 それによって宇宙人(愛子の姿)は触手と壁に挟まれて大ダメージを負う。彼はうずくまった。


「イ、イテえよ……! お前にとっては自分の身体だゾ……! 躊躇無シかよ……!」

「いい加減にしてよ! 身体返してってば!」

「ククク。決定権はワレにアる……。暴力に訴えテモいいが、その身体のママこの星で生きてはいけナイぞ! う、いタタ……!」

「もう、ワガママばっかり。私今日友達と待ち合わせがあるのに〜!」

「ナニ?」


(ちっ、行かないと怪シマレるじゃないか……)


 ――――――


 大型ショッピングモールの入口前にある、謎のおじさんの石像の前で、二人の女子高生が話していた。愛子の友達、智美ともみ明日香あすかだ。


「―――でさ、急に音がしたと思ったらひとりでに戸棚が開いたんだよ。あれ絶対オバケだよ〜」と明日香が言う。

「幽霊なんているわけないでしょ。非科学的な」と智美は呆れたように返事をする。


 その様子を愛子と宇宙人は少し離れた木の影に隠れてこっそりと観察していた。


「ヤツらが例のトモダチか……。というかお前、ソノ姿でよく外に出レタな!?」

「宇宙人さんのこと見張ってないといけないし」

「怖くナイのか!? ……仕方ない、アイツラにワレが本物だと信じこませてヤル!」

「ぐぬぬ……! させないんだから!」


 そうして愛子と宇宙人はタタタと二人に駆け寄った。

 そのことに二人が気づいて驚きの形相を見せると、宇宙人(愛子の姿)は慌てる表情を作って言った。


「みんな〜、助けてよぉ!」

「うわ、なになになに!? その……タコみたいなやつ!」

「何が起きてるのよ、愛子」


 と智美が愛子の姿に対して冷静に聞くと、愛子(宇宙人の姿)が答えた。


「ち、違うの! 本当の愛子は私! 身体を入れ替えられちゃったの!」

「……どういうこと?」

「ねえ、この変な生き物がさっきから変なこと言うの!」と今度は宇宙人(愛子の姿)が話した。「身体が入れ替わるなんて有り得ないでしょ! どう考えても私が本物なのに!」

「ちょっと待ってよ! いきなりガッと来られても……なぁ」


 明日香は智美に困ったように視線を移す。

 こめかみを人差し指で抑えていた智美はそれを察して口を開いた。


「なるほど。つまり愛子と宇宙人の精神が入れ替わった、ということね」

「エエエエェェェっ! 違うよ、私が―――」

「お見通しよ、宇宙人。苦しい誤魔化しなんて聞きたくないわ」

「ハ、ハヤすぎるだロ!」

「智美ちゃん! ありがとう!」


 追い詰められた宇宙人(愛子の姿)は歯ぎしりをする。


「お、おかしい……ナゼだ! ナゼバレた……!」

「簡単よ。入れ替わっていないんだとしたら、ここでノコノコ宇宙人が出てくるはずがないもの。入れ替わってから『本物は自分だ』って主張するはずだからね。それにどっちも『自分の方が愛子だ』と主張するということは、つまり宇宙人には愛子に成り代わるがある……。それにも関わらず宇宙人がバカみたいに宇宙人姿で『私が愛子だ』、なんて言わないでしょう?」

「論理的に考エルのかよ! お前ミタイナのって、非科学的だとか言って頭ゴナシに否定するタイプだロ!」

「確かに非科学的だけど、実際に目の前に現れたら信じるしかないわ」

「めちゃくちゃ柔軟ナ考エ! 全く想定ト違う……!」


 すると明日香が愛子(宇宙人の姿)に近づいて、腕代わりの触手を両手で握った。


「智美が信じるなら私も信じるよ、愛子ちゃん」

「明日香ちゃんまで!」

「いや、抵抗トカ無いノ!? 心では分カッテいても受け入れラレナイ流れみたいなのが定番トシテあるじゃん!」

「ふん! どんな姿になっても愛子はあたしの友達だからねーだ! おととい来やがれ、あほ宇宙人!」

「そういうこと。私たちの友情をあまり舐めないでくれるかしら」

「二人とも……! ぐすん、私もずっと友達だよぉ〜!」


 朗らかな雰囲気に包まれる三人をよそに、宇宙人(愛子の姿)は頭を抱えて動揺していた。


「どうしてこうも上手くイカナイんだ……!」

「さてと、あなたをどうしましょうかね。宇宙人」と智美が言う。

「クッ!(仕方ナイ、愛子二肉体を返して一時撤収ダ)……分かった、身体を返してヤル」

「タダで帰すと思う? 愛子の振りして私たちを黙そうとしておいて。どんなお仕置きが必要かしら?」

「待て待て、何するツモリだよ! 一応愛子の肉体ナンダカラな!」

「あ、そっか……。じゃああんまり痛みが残らない方法がいいよね。あたし考えてみる」

「コイツら怖いんだけど!」


 その時、愛子(宇宙人の姿)が挙手するように触手を上に向けた。


「あの、宇宙人さんにお願いがあるの」

「えェ……?」

「それで許してあげるから」

「愛子、本当なの?」と智美が心配するように聞いた。

「うん」

「クッソ! なんだよオネガイってのは。言ってミロ!」

「あの……その姿で、『付き合ってください』って告白して欲しい人がいるの……」


 愛子(宇宙人の姿)は照れくさそうに俯きながら喋っていた。


 ――――――


 愛子に呼び出された、愛子と同じクラスの男子が今ショッピングモールの入口付近にやってきた。

 そのことを建物の陰で確認した三人は宇宙人(愛子の姿)にコソコソと話す。


「今だよ宇宙人、行ってきて」

「打ち合わせ通りに頼むわよ」

「お願いします、宇宙人さん……!」

「このヤロウ共、調子に乗りヤガッテ……」


 宇宙人(愛子の姿)はぶつくさと文句を唱えた後に、愛子の顔を作って陰から出てきた。


雅志まさしくん……急に呼び出してごめん」

「どうしたんだよ友原さん。僕びっくりしちゃった」


 気さくに笑う雅志に、宇宙人(愛子の姿)は頭を下げた。


「ずっと前から好きでした! 付き合ってください!」


 この言葉自体は愛子本人が作ったものだ。

 三人、特に愛子(宇宙人の姿)はドキドキしながら固唾を呑んで見守る。

 えらく長く感じる十秒が経った。その間を置いて開かれた雅志の口から発された言葉に、宇宙人(愛子の姿)は耳を疑ってしまう。


「君、本当に愛子なの?」

「エエエエェェェっ! なんで!?」

「なんというか、すごく似てるそっくりさんみたいに感じちゃうんだ」

「な、なんでナンダよ! どうしてソウ思う!? どうしてバレちゃうんだ!」

「やっぱり別人なんだね。なんでバレたかって? それはね……、それは…………」


 三人が見守る中で、雅志は息を吸って拳を強く握った。


「友原さんのことが好きだからだよっ! だから分かるんだ!」

「ソンナ理由で見破られたら何も出来ナイじゃん!」


 すると、建物の陰から愛子(宇宙人の姿)が出てきた。彼女の後に続くように智美と明日香も出てくる。

 雅志は恥じらうような宇宙人の姿を一目見ると、驚きつつも口を開く。


「もしかして友原さん!?」

「ナンデ分かるんだヨ! ヒントはドコだったんだよ!」


 ――――――


 身体を元に戻された愛子と雅志は顔をやや赤くしながら恋人繋ぎをした。


「じゃあ、僕たちは恋人……ってことで」

「うん……えへへ。よろしくね!」

「いいぞ〜二人とも!」

「おめでとう。私も嬉しいわ」


 その傍でタコ型に戻った宇宙人は「失敗だ、チクショウ……」と呟いてその場を立ち去ろうとする。

 すると宇宙人を愛子が呼び止めた。


「あ、待って! 宇宙人さん!」

「今さらなんノ用だ?」と振り返る宇宙人。

「その、ありがとうございました! あなたのおかげで気持ちを伝えられました!」

「ふん……。だがな、ワレはマダ地球侵略を諦めてはイナイ! じゃあナ!」


 そう言い残した宇宙人は瞬く間に四人の目の前から消えてしまった。四人はその芸当に驚かされる。


「あっ、宇宙人さん! 友達になれるかと思ったのに……」


 愛子は寂しそうに一言呟いた。


 ――――――


 宇宙船の中で操縦桿を握りながら、宇宙人は頭を悩ませていた。


「カンペキな成リ代ワリだったのに、ナゼことごとくバレてシマッタんだ! 地球人ノ愛ってヤツはそんなにツヨいものなのか? 地球侵略のタメには、愛をベンキョウしなきゃいけないノカ!?」


 宇宙人は目下に広がる住宅街を見ながら「グギギギ……」と歯ぎしりをした。

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ニンゲンの肉体を乗っ取ったけどやけに周りの察しが良すぎる件 あばら🦴 @boroborou

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