2日目①

 私のお家にはいつもおとうさんしかいなかった。

 おかあさんは私が小さいころにどこか遠いところに行ったらしく、おとうさんはとても怒っていた。


 いつもイライラしていて、私や、時々連れてくる女の人を殴ったり、蹴ったりしていた。


 でも、その女の人はいつも裸でおとうさんにくっついていた。

 それが「良いこと」だと知ったのは小4の保健の授業のあと。芽衣ちゃんが教えてくれた。


 あれは好き同士がすることなんだって。

 でも、それはあまり知られたくないことなんだって。


 だから私はおとうさんがそれをしていても黙っていた。

 私には関係のないことだっておもったから。


 …そして、なんか嫌だったから。


 それが良いことだって分かっても、気持ち悪かった。

 気持ち悪いって感じ始めたのは小5の時。


 そういう事に対しての知識が段々と身についてきた時からだった。


「芽衣ちゃん!私、気持ち悪いの。お父さんが気持ち悪いの」


 だから私は芽衣ちゃんに相談した。そしたら…


「あはは、私の家はお父さん居ないからなぁ…」


 と返された。よく分からない。私はそんな事聞いてないのに。


 …そして、小6になってすぐの事。


「曖?成長したなぁ…あぁ!?あはは…」


 部屋の中には注射器が散らばっていて、お父さんはいつも気分が良さそうだった。

 でも、やっぱり何か変で気持ち悪かったし、機嫌が悪い時はいつも以上に暴力的になっていた。


「おい!服脱いでみろよ」


 …私は頷かなかった。今、お父さんの言う通りにしたら、戻れなくなると思ったから。


「…いや、だ」


「あぁ?へぇ、へぇ…じゃあ、代わりにテメェが誰か女を連れてこいや!!この役立たずが!!セックスも出来ねぇガキとか生きてる意味ねぇんだよゴミが!!」


 次々と浴びせられる罵声に呆然としていると、頭に激しい衝撃を食らう。

 その瞬間は久しぶりに叩かれたな、としか思わなかったけど、少し経ってから泣いた。


 私が愛されていないことなんて随分前から分かっていた筈なのに。それでも、期待していた。

 私はアレに愛情を求めていた。


「芽衣ちゃん。あのさ…」


 私は当時の親友の芽衣ちゃんを家に呼んだ。お父さんが遊んでくれるんだって!と言って。まぁ嘘はついてないだろう。


 私が芽衣ちゃんを選んだ理由は、単純に仲が良かったから…とかではない。

 私が知っている人の中で、芽衣ちゃんは一番体の発達が速かった。


「お父さん、芽衣ちゃんが来たよ」


「へぇ…小学生にしては良いカラダしてんなぁ」


「…えっと、はじめまして…神楽坂芽衣です」


 芽衣ちゃんの体が少し震えている。

 多分、お父さんが嫌な視線を向けているからだと思う。


 私はお父さんに言われて部屋を出た。

 後ろから芽衣ちゃんの悲鳴が聞こえても、私は止まらなかった。


 家を出て、近くのコンビニに寄った。

 オレンジジュースだけを買って店を出て、ポケットに入れておいた未会計の商品を取り出し、袋を開ける。


 盗ったのは芽衣ちゃんの好きなグミ。


 グミを一個だけ口に放り込んで、オレンジジュースで流す。

 飲み込んだ瞬間、胃の中のものがせり上がってくる感じがして、思わず吐いてしまった。


 口を閉じて手で抑えて、必死にこみ上げてくるものを飲み込もうとした。

 でも出来なかった。コンビニの裏、床に溢れた吐瀉物から目を背けて、もう一度コンビニに…入ろうとしてやめた。


 近くの公民館の水道でうがいをした。

 吐瀉物の味が消えるまで、私はずっとそれを繰り返した。

 味が消えて、私はそのまま床に崩れ落ちた。


 気持ち悪かった。


 今頃、お父さんとそういう事をしている親友も、お父さんに親友を売った私も。


 ポロポロと涙が出てくる。


 ごめんなさい、と誰に向けているのか分からないような謝罪をずっと繰り返した。

 家に帰ると、芽衣ちゃんはまだ帰っていなかった。

 お父さんはどこかに出かけたらしい。


 芽衣ちゃんは私が帰ってきても何も言わなかった。

 ただ、体育座りでリビングの隅っこに居るだけ。


 私は怒った。何に怒っているのかすら分からないけど。

 最初からこうすれば良かったんだ、と後悔した。


「芽衣ちゃん」


 私が名前を呼んでも、芽衣ちゃんはそれに答えなかった。


 …ねぇ、芽衣ちゃん___


「アイツ、殺そっか」


「…え?」


 芽衣ちゃんが顔を上げて、目が合う。

 まだ涙は流れていたけど、芽衣ちゃんはとても驚いたような顔をしていた。


 私は芽衣ちゃんに今考えた作戦をそのまま伝えた。

 芽衣ちゃんに手伝ってもらいたかったのは、死体の処理とか、証拠の隠滅とか。

 あとは、お父さんが抵抗した時の手助けとか。


 芽衣ちゃんは虚ろな目をしていたけど、私が言ったことには頷いてくれた。

 明日の1時に来てね、と伝えてから私は芽衣ちゃんを家まで送った。

 ちなみに服は着替えさせた。流石に芽衣ちゃんの親にバレたら面倒くさいと思ったからだけど。


 既に殺人の準備は整っている。あとは明日を待つだけ、そう思っていた。


 …しかし、予想外な事が起きた。


「曖、こっち来い!」


「…え?」


 家に帰ると、私はお父さんに腕を掴まれる。

 そのままリビングに連れ込まれると、私は床に押し倒された。


「きゃっ!」


「あ、あははははは!!」


 うるさ、と思いながら私はお父さんから逃れようとする。でも、小学生と大人とでは力の差が大きすぎた。


「うへ、へ、もう我慢しねぇよ、愛華…」


 お父さんはお母さんの名前を呼びながら私の服を脱がしていった。

 そろそろマズい、そう思った。


 私は必死に逃れる術を探して、必死に腕を動かした。

 …そこで、私はあるものを見つけた。


 お父さんは私に馬乗りになっていて、肩を抑えられている。

 少しでも、隙があれば…


 その時だった。


 お父さんがベルトを外すために私の肩から手を放したのだ。

 私はすぐにあるものを持って上半身だけ起き上がり、お父さんの首を狙って腕を振った。


 …私が見つけたものはナイフだった。


 そこからの事はあまり良く覚えていない。


 まずは、芽衣ちゃんに連絡して来てもらった。

 とりあえず服は着替えた。


 灯油を部屋中に撒いて、ライターで火を付けると、すぐに火が付いた。


 手を少し火傷しちゃったけど、私は芽衣ちゃんを持ちながら必死に逃げた。

 火がアパート全体に広がるまで、そう時間はかからなかった。


「…ごめんね、想定より早くなっちゃって」


「あの人、死んだの?」


「うん」


 そう返すと、芽衣ちゃんは笑っていた。

 …そして、芽衣ちゃんは私のことを恨まないでいてくれた。


 全部を話しても、芽衣ちゃんは私を抱きしめてくれた。

 馬鹿だ、本当に。


 でも、なんで私は安心してるんだろう。


 自己嫌悪とか、不快感とか、そういう気持ちでいっぱいなのに。

 それでも私は満足していたのだ。


 そして、そこから先の記憶は____




「…ゆ、め?」


 目を覚ますと、私は困惑していた。

 吐くほど思い出したくなかった筈の記憶を、こんなにもあっさりと思い出してしまったから。

 そして、それに対して自分は何にも思っていなかったから。


 そして、あることにも気付いた。


「そっか…2回目、か」


 人を殺すのはあれで2回目だった。

 良かった、元々壊れていたのなら、もう気にする必要なんてない。

 綾音さんなんかに何かを想うこともしなくて良いんだ。


「芽衣ちゃん…」


 そういえば、芽衣ちゃんは今どうしてるんだろう。

 今まですっかりと忘れてたけど、彼女は私の親友だったんだ。


 今は美咲に楓太、心々菜に翔太という友達が居るからもう芽衣ちゃんはいらないかな。

 まぁ、翔太は私達のグループには入ってないんだけどね…


 元々は中1の時に私、美咲、楓太で同じ班になったのがきっかけで、そこからよく3人で遊ぶようになったんだっけ。

 その時に結成した「古川一班」という名前のラ●ングループで、皆とやり取りするようになった。


 あの事件以降は心々菜もグループに入ったし、心々菜はよく翔太を連れてくるから、翔太との仲もかなり良くなった。


 翔太は別の男子グループに入ってるんだけど、そのグループが少し厄介らしく、他のグループに入ったりしたらイジメられるんだとか何とか。


 まぁ、それが他のクラスのグループだから今までバレずに済んでたけど。

 翔太によると、1日に1回リーダーにラ●ンをチェックされるらしい。


 …いや、メンヘラかよ。


「てか、今何時…?」


 もうどうでも良くなってきた。


 芽衣ちゃんは学校も違うみたいだし、家も引っ越してるからもう会うことは無いだろう。


 …ちなみに私達が寝ているここは3階の空き教室。

 楓太、私、美咲、心々菜、翔太の順番に並んで寝ている。男子勢が女子勢を覆っているような感じね。


 私の隣には楓太が居るけど、別に意識したりはしない。

 友達に恋愛感情を抱くことなんか無い。

 私の、美咲達への想いは皆一緒だから。


 ま、心々菜は翔太の事が恋愛的に好きなんだけど。

 頑張れ!と心の中で心々菜を応援しながら再び目を閉じた。

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