1日目④

「曖さん、どこが良いと思う?」


「死に場所ぐらい自分で選びなよ…」


 綾音さんはもうすぐ死ぬ。

 私の手で殺すのだ。でも…


「場所が決まらない…!」


 …現在、私達は死に場所を探している。


 まぁ死ぬならどこが良い?と言われてもすぐには決められないだろうけど…


「あのさぁ、もう夕方なんだけど」


「だっていきなりだったんだもん…」


 そりゃそうだけどさ…

 12時くらいから選び始めてもう午後の6時過ぎ。夕方っていうか夜だよ?

 私、お昼ごはん食べられなかったんだけど。


「そろそろ殺すよ」


「もう少し待ってよ…」


 そもそも学校で死ぬ場所なんて屋上一択だろう。風通りもいいし、何より広い。

 それに室内で殺したら後片付けがとても面倒だ。


「というわけで、屋上で良い?」


「屋上…良いね!」


 良いのかよ…


「それじゃ、先に夜ご飯食べよっか」


「外に出るの?」


「さっき先生が弁当配ってたって美咲から連絡来たから」


 ちなみに美咲達は他のクラスメイト達に妨害されて結局来れなかったようだ。


「ほら、着いてきて」


「う、うん…」


 …やはり綾音はまだ怖がっているのか。

 まぁ、私も怖いから大丈夫だろう。また先程のように錯乱してしまうかもしれないし。


 いつの間にか教室の前に到着していたので、綾音を少し離れた所で待機させ、私はそのまま勢いよくドアを開ける。


「先生!ご飯頂戴!」


「…弁当、2人分ですか?」


「げぇっ、最後の晩餐がそれかぁ…」


 私の登場にクラスメイト達は騒然としている。

 美咲達には事前に連絡していたけど、他の皆は私達が学校から居なくなったんじゃないかって思ってたみたい。


「コンビニのハンバーグ弁当とか、地味に高いやつ選ぶなよ…」


「これは冬月さんの好物ですよ?」


「え?」


 聞きたいことは山ほどあったが、とりあえずは教室を出ることにした。


「綾音さん、行くよ」


「…曖さん。これ、私の大好物!!」


「マジ?」


「うん!!」


 人の好物にケチを付けるつもりは一切ないけど…いや、コンビニのハンバーグ弁当が一番好きだって人はこの世に居ないでしょ。


 屋上に着くと、私は適当な床に腰を下ろす。綾音さんは私の隣にちょこんと座ってきた。


「家庭科室のナイフパクってきたけど、これって人間も切れるのかな」


「切れば分かる…あ、今は駄目だよ!まだ食べてる途中だから!!」


 私は綾音さんの発言を無視して自分の手のひらをじーっと見る。

 …うん、ここなら大丈夫。


 私は利き手ではない方の手のひらに思いっ切りナイフをぶっ刺した。


「痛っ!」


「ふぇ!?」


 やはり痛い。けど、これなら人間の肌も簡単に切れるだろう。


「な、な、なにやって…」 


「お試し…」


「なんで!?」


 綾音さんがぎゃーぎゃーと喚いているが、私はそれをスルーしてハンバーグ一切れを口に放り込む。


 …すごく美味しい。


 ふと隣を見てみると…ん?


「ごちそうさまでした!」


「はやっ」




「ごちそうさま」


「美味しかったなー」


 綾音さんが呑気な顔をしてそう呟いた。私は近くに置いていたナイフを手に取る。


「…8時。もうちょっとお話しよっか」


 私がそう言うと、綾音さんは私の肩にぴたっと頭を乗せてきた。そのまま私に全体重を預けている。うん、軽い。


「無防備」


「なんかもうどうでもよくなってきた」


「その方が良いね」


 抵抗されるのは正直とても面倒だ。

 諦めてくれているのならその方が良い。


「曖さんは死なないでね」


「どうだろう…ま、死んだ所で綾音さんと同じ場所には行けないから会わないだろうけどね」


 綾音さんが天国でも、私は地獄行きだ。

 多分、私は良い人間ではないから。


「あ、もしかしたら私死んだ後異世界に転生しちゃうかも」


「ふふ、漫画じゃあるまいし」


 異世界転生とかそういう作品はわりと好きだけど、自分が転生するのは少し嫌かもしれない。

 だって、その人生に美咲達は居ないだろうし。


「…それじゃ、ありがとね」


「こちらこそ」




 8時半になった。

 血で汚れた制服やナイフは、そのまま屋上にポイ捨てした。

 下着姿で教室に行くのは流石に恥ずかしいので、私は真っ先に保健室へと向かった。


 替えのジャージを着て保健室を出ようとすると、いきなり左手に激痛が走る。

 普通に忘れてたので、急いで左の手のひらに包帯みたいなのを巻いた。


「…よし」


 私は自分の教室に向かった。道中はずっと無言のままだった。

 教室に着いて、私は少し静かにドアを開ける。

 先生が退屈そうな顔で教壇に寝転がっていたので、思わず蹴ってしまった。


 他のクラスメイト達はびっくりしている。ひやひやしている、と言ったほうが正しいか。


「美咲達は?」


「…さっき、あなたを迎えに行くと言って出ていきましたけど」


「げっ」


 タイミングが悪かったみたいだ。まぁ私が教室に来た理由はそれじゃないんだけどさ。


「まぁいいか…翔太は居るし」


 机を枕にしてすやすやと眠っている翔太は、どうやら他の皆に置いていかれたみたいだ。


「まぁいいや。冬月さんの事なんだけど…」


「ふぁあ…えぇ、曖…ってか心々菜どこ!?」


「あ、起きた」


 翔太は起きたが、かなり困惑しているようだ。まぁ寝起きだからね…


「翔太は一旦黙っててね。んーと…明日になったら分かると思うけど、冬月さんはもう殺したから」


 クラスメイトの皆は黙っていた。あれ、色々と聞かれるのかと思ってたんだけど…


「曖、その話はほんと?」


 扉の方を向くと、戻ってきたらしい美咲達がこちらを見ていた。


「本当だよ。屋上に来れば分かると思うけど…まぁ、見ないほうが良いと思うよ」


「その手…どうしたんだ?」


 楓太が包帯について聞いてきたので、私はこう言った。


「殺そうとしたら冬月さんに抵抗されちゃってさ。手のひらをズバッとね…」


「そうか…まぁ気持ちは分からなくもないが」


 これで話の信憑性も上がっただろうし、一安心だ。

 このクラスでは私の印象がかなり悪いからなぁ…他校では「古川のお姫様」なんて呼ばれ方をされてるらしいのだけど、ほんとに恥ずかしいからやめて欲しい。


 屋上に来ない方が良いと言ったのは私が殺したあとに綾音さんの服を全部脱がせたからだ。

 他の人の体をじっくり見れる機会なんて無いし、もしかしたら私が他の人と比べて少し変な体をしているかもと思って不安になったのだ。


 …私、すごく変態っぽくない?


「…てか、体洗いたいんだけど」


「プール棟にシャワーがありますよ」


「いや、外出れないの?」


「出しません」と言って聞かない先生に多少の苛立ちは湧く。だが流石にここで暴れたりはしない。

 私は淑女なのだ。


「…チッ」


「どうした淑女!?」


 いつもならこんな事でイライラしないのに。何でだろう…

 負の感情なんて私には必要ないのに。


 初めて人を殺した感想はというと…そこまで難しくなかったなぁ、とだけ思った。自分自身でそう思うようにした。


 多分、このゲームさえ無ければ私は綾音さんとも友達になれただろう。もうそれは叶わないんだけど。


 人を殺した感覚にふと懐かしさを感じたとか。

 そんな気持ちの悪い感覚を味わうことも無かった筈なのに。


「…先生、殺そっか」


 とても熱いシャワーを浴びながらそう呟く。しかし、私はいつの間にか意識を失っていた。

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