1日目②
「一つ良いですか」
私は立ち上がり、先生にそう尋ねる。
クラス中がまたざわざわとしだしたが、気にせずに先生の目をじーっと見つめる。
先生の目には相変わらず私が映っていないのに、目は合っているみたいだからなんだか気持ちが悪い。
「なにか質問でも」
「ターゲットって立候補出来るの?」
あ、しまった。また敬語を忘れてしまった。
そういえばいっつも先生に怒られてたっけ。もうどうでもいいけど。
私の発言にクラスの皆はとても驚いた様子だ。
「曖、どういうこと?」
美咲は心配そうに私を見ている。
安心して。私は大丈夫だから…
「つまり…ターゲットを希望するということですか?」
「…はい」
クラス内が更に騒然とする。先生の瞳に初めて私が映ったみたいで。
美咲達は私の答えに驚き、そして__
「ふざけんな!!」
…と私に掴みかかってきた。
「心々菜、聞いて。私がターゲットになれば、犠牲者は最低でも6人に減る」
「それってどういうことだ?」
楓太は冷静を装ってそう言った。でもバレバレだよ。
「まず、私が今日死ねば残りの皆は明日生き残れる確率が高くなるの」
「それは誰が死んだって同じでしょ?犠牲者が6人っていうのは曖が自分自身を犠牲者の数に入れてないからでしょ!?」
美咲が珍しく声を荒げるが、それで何か変わるわけでもない。
確かにそれは私から見ての話でもある。だけど、美咲達以外の人は私のことなんてどうでもいいだろうから、犠牲者が残り6人っていうのはあながち間違ってはいないだろう。
…はは、冷静に考えれば確かに意味分かんないかも。
でも、もし美咲達がターゲットに選ばれたら…?
もし美咲達が死んじゃったら、私に生きる意味なんてない。
「私は美咲達が死ぬところなんて見たくないから」
「自分勝手だな」
ここで初めて翔太が口を挟んできた。
自分勝手なのは今更だろうに。
「…いいや、認められませんよ」
「は?」
先生は当たり前のようにそう言った。
まぁ、断られることも想定はしていたけど…やっぱ先生は嫌いだ。
「じゃあ何で決めるつもりなの?」
「ターゲットは基本ルーレットで決めようと思います」
つまり、ランダムってこと…?
「投票制にすると、君みたいなのが出てくる恐れがあるので」
私みたいなのが出たら駄目ってどういう事?
先生の瞳はついに私を映さなくなり、また教室の空気が変わる。
冷たいなぁと思った。
先生は後ろのポケットからスマホを取り出し、電源を付ける。
色々と操作をしているみたいで、先生でもスマホを使うんだなぁとかぼんやり考えていると、心々菜が私に話しかけてきた。
「曖。さっきのはどういう事?」
「さっき説明した通りだよ。そのまま」
心々菜は苛立っているみたいで、さらに詰め寄ってくると、胸ぐらを掴まれる。
「…っ!!」
しばらく黙ったままでいると、心々菜は苦しそうな顔をして手を放してしまった。
よく見ると足が震えているし、顔色も悪い。
「ちょっと心々菜、大丈夫…?」
「…取り乱した。ゴメン」
違う。そういう意味で言ったんじゃない。
「春川さん、席について下さい」
先生がそう呼びかけると、心々菜はふらふらとした足取りで自分の席に戻っていった。
先生のスマホの画面が教室のテレビに写る。
そこには、私達の名前が新山を抜いた全員分ルーレットに書かれていた。
…どうか、このルーレットが美咲達には当たりませんようにと必死に祈る。
ルーレットが回りだすと、教室内が緊張に包まれる。
結果が出るまでたったの10秒ぐらいなのに、それよりもずっと長く感じた。
「…え?」
「本日のターゲットは…
選ばれなかったことに喜ぶ者は居なかった。結果が出ても教室内は未だに静かなまま。
「…では、これからは自習です」
そう言うと、先生は教室から出て行ってしまった。
冬月さんの方を見ると、今にでも泣き出しそうな顔で俯いていた。
あーあ、可哀想。
「冬月さん、その…」
クラスの…名前は知らない女子が冬月さんに話し掛けている。
他の皆は呆然としている。
「エリ、どうする?」
女子の名前はエリと言うらしい。そういえばあの人はいつも如月と一緒に居たっけ。
「私、殺されるの?」
冬月さんの問いかけに反応する人は居なかった。
そりゃ殺さなきゃいけない相手にそんな事を聞かれても返す言葉が無いだろう。
「…東先生の言った事が本当なら、ね」
如月はそう言って黒板の前に立った。
そして皆に向かって
「いつまでも無言のままじゃこっちが困る」
と、堂々とした態度でそう言い放つ。
如月は今までもあまり真面目な生徒では無かったけど、こういったトラブルや騒動が起きた時に人をまとめるのが上手かった。
「…俺達が殺すのか」
翔太。それは一体誰に質問しているの?
まぁ、そう言いたくなるのも分かる。
さっき新山が死んだ時、吐いてしまった女子も居た。
皆で殺す…という訳にはいかないだろう。
「今から殺人鬼を決めろって言うのか?」
楓太が少しだけ強い口調で言った。
…あぁもう。何なのこれ。
私は立ち上がってこう言った。
「冬月さんが生贄になれば私達は助かる。何の罪もない冬月さんを生贄にするのは気が引けるけどね。
私達が今日を生き残るには、冬月さんを殺さなければいけない。
どうせ明日もターゲットは選ばれるんだろうし、誰がやるかとかじゃなくてやれるやつがやれば?」
「そんな…」
冬月さんは泣いていた。
よりによって1番目。まぁ最後の日に選ばれる方が絶望するだろうけどね。
「ナイフなら理科室か調理室にあるんじゃない?」
如月は心底どうでもいいと言いたげな顔でそう言った。
「嫌だ…嫌だ…!」
「ごめんねぇ、冬月さん」
全く心がこもってない謝罪に、思わず吹き出しそうだった。
如月はちょっとおかしいやつかも。
「いや…いやああああ!!!!」
「あ」
あーあ、逃げちゃった。
まぁ、あのままじゃすぐに殺されてただろうし、少しでも長く生きたいというのなら叶えてあげよう。
そういえば冬月さんって友達居ないのかな。友達と一緒にいれば良いのに。
「逃げたけど、どうする?」
「皆が殺されるぐらいなら…!」
「…追うぞ、皆!」
…結局皆自分が可愛いんだ。とてつもない切り替えの速さに、私は遂に笑ってしまった。
今、この教室には美咲達と如月、そしてエリさん?しか居ない。
「あはは、皆行っちゃったね」
「…今、笑うところか?」
楓太から冷静な突っ込みをもらう。
冬月さんは私の大切な存在ではないし、正直どうでもいい。
…てか、他のクラスの人はどこ行ったの。
「そういえば他クラスは?」
「もう帰ってる。窓から見えた」
皆帰るの早いなぁとか思いつつ、心々菜に目線を向ける。
「皆、一旦教室を出よう」
冬月さんがどうなったのかも気になるし、何より早く心々菜を教室から出したい。
「う、うん」
私達は教室を出た後、そのまま床に座り込む。
そのままやすもうとしたけど、怖い、苦しい、嫌だ。そんな感情ばかりが頭の中を巡っている。
「はぁ…はぁ…」
「…曖、さっきのはどういう事?」
教室を出た途端、美咲が私を睨みつけてそう言った。…いや、どのこと?
「自分だけ死ぬつもり!?馬鹿な真似はやめてよ!!」
「…ごめん」
ここは素直に謝る。友達が私のことを思って言ってくれた言葉なら、それは絶対に受け取っておかなきゃ。
男子2人は無言。まぁ、さっきの出来事があったなら別に不思議じゃない。
「もうあんな事言わないでよ」
「うん」
心々菜にも釘を刺された所で、少し離れた所から冬月さんの悲鳴が聞こえた。
「…リンチでもされてるかな」
「曖は相変わらずだな」
「それってダジャレ?」
私の問いに楓太は無言で返してきた。いやごめんて。
「行ってみる?」
「…え」
なんで行くの?
美咲はそのまま立ち上がり、悲鳴の聞こえた方へ向かう。
「もし暴力を振るわれているのであれば、確かにそれは止めたほうが良いな」
残りの3人も皆立ち上がって美咲に着いていった。
…嫌だなぁとは言えなかった。
また、思い出してしまう。
でも、私が意見するのは駄目だ。
5人はずっと一緒じゃなきゃいけないから。
「冬月さんは今どこにいるの?」
「2階のどこかじゃない?」
美咲の言う通り、冬月さんは2階の理科室に居た。
冬月さんはただひたすら悲鳴をあげながら蹴られ続けていた。
「はぁっ、はぁ…」
吐き気がする。気持ち悪い。
嫌な感じがする。気味が悪い。
私は理科室のドア近くで過呼吸を起こして倒れそうになっていた。
美咲達は既にアレを止めようと頑張っている。
他のクラスメイト達は何も聞いていない。
あぁ、嫌だ。
思い出してしまう。
愛を知らなかった日々を。
「いや…」
冬月さんが「やめて」と、誰にも聞こえないような声でそう言っていた。
誰にも聞こえてないじゃん。
誰も聞いてないだろ。
「あぁ、あはは」
また笑いそう。
気持ちが悪いのはどっちだ。
両親の血を引いてしまった私は__
「ああああああ!!!」
気付けば、私は冬月さんを持ってクラスメイト達から逃げていた。
クラスメイトの文句も、美咲達の声も何も聞こえないまま。
「…
黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!!
なんでこうなった?
意味分かんない。
私の過去に何があったって、私がそれを思い出せる筈が無い。
私の過去に何があったって、私はそれを思い出したくない。
私の過去に何があったって、私がそれを思い出せる筈が無い。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
よく分からない所で転んでしまい、冬月さんを落としてしまう。
…冷静になり、私は何をしてるんだと自分の行動に疑問を抱く。
「椹木さん…ありがとう」
「嫌だ」
「え?」
嫌だなぁと小さな声で呟く。
冬月さんは何も分かっていない様子で、ぽかんとした顔をしている。
「…やっぱり、美咲達以外は大嫌い」
「か、顔色が悪いよ!椹木さん、大丈夫…?」
「美咲達を呼んでいい?他人と一緒に居たくない」
冬月さんは少し怖がっているけど、関係ない。
返事も待たずに私は自分の居場所を美咲に送った。
「ちょ…え、椹木さん、大丈夫!?」
気付けば、私は涙を流していた。
思い出したくなかった。
覚えているのが嫌だった。
「…死ぬんでしょ。殺されるんでしょ。なんで他人の心配すんの」
「いや、だって、心配だし…」
鼻をずびっと鳴らして涙を拭う。でも、ぽろぽろと徐々に溢れていくので、いくら拭いても止まらなかった。
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