曖を満たして

四谷入り

1日目①

 4月18日 午前8時25分


 古川中学校 2年B組


 HR前のざわざわとした雰囲気は、担任が来たことにより段々と消えていく。

 委員長がその場に立ち上がり、皆に「起立」と呼びかける。全員がその場に立ち上がり、「礼」で皆黒板に向かって一礼し、「着席」で皆椅子に座る。


 このような当たり前の日常が、もうすぐ壊れてしまうことを、まだ知らないままでいたかった__


「皆、おはよう」


「「おはようございます」」


 担任であるあずま先生の挨拶に、クラスメイト達は元気に返事をする。

 私も小声で「おはようございまーす」と返し、机に肘をつけながら先生の話を聞く。


 話の内容は、今日提出の課題があることと、今日は欠席が0人であるということ。


 …欠席が0人なのは珍しい。


 私の友達である春川心々菜はるかわここなは、いつも保健室で過ごしている。

 1年生の夏頃に起きたイジメの対象となった心々菜は、この2年B組の教室で酷い目にあったらしい。詳細は知らないし、聞くつもりも無い。


 ただ、あの時の心々菜はボロボロで、虫の息だった。

 あれを放置していたら、心々菜は死んでいただろう。今でもどこかに傷跡は残っているらしいし。


 まぁ、それに関してはどうでも良いんだけど、そんな心々菜が今日は教室に居るというから驚いた。

 ただ、肩をガタガタと震わせていたり、かなりの無理をしていることは間違いないだろう。


 …大丈夫かなぁと今更ながら心配に思う。

 お昼休みで一緒に給食を食べたり、放課後に遊んだりと、心々菜とは結構仲が良い。


 私、美咲みさき楓太ふうた翔太しょうた、そして心々菜の5人でよく出かけたりしてたっけ。

 今も仲は良いのだけれど、最近は遊びに行ったりもしなくなってしまった。


 というのも、私と楓太以外は部活動に入っているので、予定が全く合わないのだ。


 心々菜と翔太はバレー部で、美咲は生徒会に所属している。

 美咲はとても頭が良いので、よく仕事を任されるのだ。


 というわけで、最近は楓太としか遊んでないので、少し寂しい。


「なぁ、あい


 色々考え事をしていると、後ろの席にいる楓太が声をかけてきた。私が「どうしたの」と返すと、楓太は担任の方を指さしてこう言った。


「東、なんかおかしくね」


 …確かにそうかも。

 私は考え事をしていて気付かなかったのだが、東先生は何故か窓の外を見つめてじーっと黙っていた。


「…先生、どうしたの」


「大丈夫ー?」


 徐々に先生を心配する声も多くなってきており、教室中が変な空気に包まれていく。

 …何か、変。今日は何か変だ。


 珍しく教室にいる心々菜も、未だにずっと黙っている先生も…

 何か、悪いことが起きてしまう予感がする。


「…先生、何やってるの?」


 私がそう尋ねると、先生の顔がゆっくりとこちらを向いてくる。

 体がビクビクと震えてしまう。

 教室はシーンとなるが、先生は未だに無言のままだ。

 なにこれ。怖い、いやだ。


「なに、してるの」


 泣きそうになりながらも、震えた声で再度尋ねてみる。しかし、先生が喋る気配は__


 ドン!!!


 大きな音が教室全体に響く。

 それは先生が机を叩いた音であり、私達を恐怖させる音でもある。


「…ゲームを始めましょうか」


 やっと喋りだした先生の声は、とても冷たくて、嫌な音だった。


「今から皆さんにやって頂くのは、「ターゲットゲーム」です」


 聞いたことのない名前のゲームなので、多分先生オリジナルのゲームなんだろう、と適当に考える。

 私の体は今も震えている。私達の前に立っているこの男が怖いのだ。


「では、ルール説明を」


 先生は「ターゲットゲーム」の詳細が載ったプリントを全員に配った。



 ターゲットゲーム


・期間

 4/18〜4/25

・ルール

 ・期間内はターゲットが毎日1人ずつ選ばれる。

 ・ターゲットに選ばれた人物は、その日の内に死亡すること。

 ・その日の内にターゲットが死亡しなかった場合、ターゲットを除く2-Bの皆が死亡する。

 ・ターゲットを殺せば100万円ゲット。


 ・このゲームを外部の人間に漏らした場合、情報を漏らした生徒は死亡する。



「なんだこれ…」


「どうなってんだ…?」


「冗談だよね、せんせ…」


 教室内が異様な雰囲気に包まれ、クラスメイト達は皆騒然とする。

 先生は私達の顔をじーっと見比べて、気味の悪い笑みを浮かべる。


 あぁ、怖い。


 私はプリントを手に持ちこう尋ねる。


「これって、本当のことですか?」


 先生は特に表情を変えずに「本当のことです」と言い切った。

 …意味が分からない。絶対にありえないことだと分かっているのに、体の震えが収まらない。


「…信じられないのですか?」


 信じられるわけが無いのだが、「たちの悪い冗談じゃないのか」なんて言えなかった。


「なら…新山くん、隣のクラスで戸塚とつか先生を呼んできて下さい」


「へぇっ!?」


 急に名指しされた新山優太あらやまゆうたは、間抜けな声を出しながら立ち上がった。

 もしかして、話を聞いていなかったの…?


 東先生は戸塚先生に何をするの?


 …私の心配をよそに、新山は教室を出ていってしまった。

 美咲は小さい声で呟く。


「…戸塚せんせ、大丈夫かな」


 すると、


「どうせドッキリか何かでしょ。血のりを吐いたりするんじゃない?あはは」


 いつもの調子を取り戻したらしい心々菜は、そう平然と言ってのけた。

 心々菜、本当に大丈夫なのかな。


「どうしました?東先生」


 いつの間にか戸塚先生を連れて戻ってきた新山が、不思議そうな顔をしたまま席に戻る。

 戸塚先生も何故呼ばれたのかが分かっていない様子だった。


「戸塚先生。いきなりで悪いのですが…





__死んでください」


 東先生はそう言って手を鳴らすと、呆然としていた戸塚先生の体がどんどん膨らんでいく。

 そして、パァン!!という音と共に破裂白辺りに血が飛び散った。


「き、きゃああああああ!!!」


 前の席に座っていた女子生徒が叫ぶと、教室全体が一瞬でパニックに陥り、皆が立ち上がる。


「なんだよあれ!!」


「嫌っ!嘘でしょ!?」


「嫌だ、死にたくない…!」


 あぁ、うるさい。私だって嫌なんだけど。

 飛び散った血が服に付着していて、多分もう取れない。


「最悪…」


 今の状況を観察してみると、本当に最悪な状況であることが分かる。

 たたま、自分の左前の席に座っている南雲なぐもと、その隣の席の如月きさらぎは妙に落ち着いており、何か怪しい感じもする。


「今のは何なんですか!?」


 私がそう問うと、先生は平然とした顔で


「証明しただけですよ」


 と相変わらず気味の悪い声で言った。


「あ、開かない!?」


 教室から出ようとした者もいたが、どうやらドアが開かなくなったみたいだ。

 私は冷静を装い、先生に向かって尋ねてみる。


「目的は?」


「このゲームは古川中学校の伝統ですよ。元々は誰か1人が自分の小指を噛みちぎるか、その1人以外の皆が自分の小指を噛みちぎるか、というのを選ばせていたみたいです」


「何それ…」


 なんだか嫌な気分になる。

 ていうか、なんでそんな伝統を受け継いじゃったの!?


「曖、早くこっちに!」


「あ、うん!」


 楓太が声を掛けてきたので、私も皆と同じように教室の後ろ側に向かう。


「南雲、如月!お前らも何やってんだ!?」


 あの2人は翔太に声を掛けられると、黙って後ろ側にやってきた。


 騒然とした2-B教室内で、先生の周りだけが静寂に包まれたような。

 いつの間にか新山はスマホを取り出し、警察に連絡しようとしていた。


「先生、今から警察を呼びます!」


「邪魔をするのであれば、貴方も死んでください」


 先生がそう言った直後。新山の首はスパッと切れて、頭が黒板に向かって飛んでいった。

 首より下はちょっとの間だけ立っていたが、すぐに床に倒れてしまった。


 …新山が死んだ。


「い、いやあああああ!!!」


「助けてくれええええ!!」


「うぐっ、いやだぁ!!」


 あー嫌だ。


 怖いなぁと思いつつも私は先生に近付く。


「おい、曖!?何をしてる、戻れ!!」


 先生は「どうかしましたか?」と言って私の方を向いたが、先生の瞳には何も写っていなかった。


「ターゲットは新山ですか?」


「…いえ、まだ決まっていませんよ」


「いつ決めるんですか?あのプリントの内容だと情報が少なすぎます」


「…これから解説するので、皆さん席に座ってください」


 …邪魔をしなければ、殺されることは無い。

 別に生きたいと願ってるわけじゃないけど、流石に皆の前で死ぬのは嫌だ。


 美咲と、心々菜。あと楓太と翔太が居れば良いなぁ、と思いながら私は自分の席に戻る。

 クラスメイトの皆も慌てたように自分の席に戻ってきた。


「…曖、大丈夫?」


 楓太は私のことを心配してくれているようで、私の肩をポンポンと叩いた。

 私は「大丈夫」と言って楓太の頬を手でふにゃっと潰した。


「…やわらかい」


「前を向け」


 やっぱり、私には友達が居れば大丈夫なんだ。


「ではまずターゲットについて。今日は初めてなので、今から決めたいと思います」


 教室中に緊張が走る。私もちょっとだけ身構えて、先生の話を聞く。


 …あぁ、そうだ。

 良い方法を思いついた。


 あれを使えば、少なくともターゲットを7人から6人に減らすことが出来る。


 私は勝手に立ち上がり、こんな提案をした。

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