第1部 第2章

 最寄り駅から降車し、家を目指す。

 住宅地の外れ、コロニー円周付近に開けた一等地がある。

 ここが生活している家だ。

 家といっても間借りしているところだ。

 本当のところ家といっていいものなのかわからない。僕の保護者はここで働いている住み込みメイドだ。この家ではそのメイドの養子ということで、居候している身の上のため、一室を貸してもらえている状況だ。

 ………さらに言うなら家というにはデカすぎるので邸宅といった方がいいのかもしれない。

 邸宅の門外についているチャイムを鳴らす。

 さすがにこの荷物で門やドアを押すのは手間なので、今、家にいるに開けってもらうことにする。

 『……今、開けるから待って。』

 インターフォン越しに気だるげな声が出迎える。引きこもりの姉二号が出迎えるあたり今回のゲームは期待度が高いらしい。反応が早いことを見るに待機していたことが伺える。

 開かれる門を通り、中庭に差し掛かったところで、テンションが高い声に呼び止められた。

 「おはよ、都木。」

 問題児の姉一号に捕まった。

 四乃宮 真衣(しのみや まい)。

 僕より2つ上の姉だ。

 姉とは言っているが、僕は拾い子なので血のつながりはない。

 さらに言えばこの四乃宮邸のでもある。

 四乃宮家は、このコロニー内で代々重役を務めた家系でありコロニー内でも邸宅を持てる富豪の家だ。

 ———しかし本人は自覚が一切なく問題ばかり引き起こす困った人である。

 天才ではなく天災だ。

 でも、幼い僕を拾ってくれたのも真衣姉さんだと聞いている。

 記憶がないにしても感謝は常にしている。この世界では、生きていくだけでも大変な世の中なのだ。

 どうして拾ってくれたのかもわからないが、この人にはこの人なりの信条がある。

 それに一度聞いてみたけれど、笑ってごまかされた。

 そこらへんは、姉達が気にしないのであれば僕は別にどうでもいい。

 「かなりの荷物じゃない? 何のためにあなたにお使いを頼んだと思っているのよ………。」

 「はコロニー内では使用厳禁だよ。特に防衛局所属は。」

 「破ればいいじゃない?」

 「ルールがなければ無法地帯になるよ、真衣姉さん。」

 この姉は自分こそがルールであると言わんばかりの口調で言ってくる。

 「かたーい。あなたはだからべつにいいじゃない。」

 口をとがらせて、問題児の姉一号が拗ねていた。

 確かに自分の魔法を使えば荷物という重量は関係ないが、軍属勤務の自分には魔法が規制されているため市街地で魔法を使うことは問題になる。特例でもない限りは使用しない。ただ、特例条件時に即時使用できるように、魔法禁止の拘束は受けていない。

 そこを姉は突いているのだ。

 魔法とは、今から数百年前大規模な人類崩壊前に使えるようになった代物だ。

 理屈は不明だが、突然使える人が出てき始めた………らしい。

 テスト前に一夜漬けで覚えたからなー。しかたないよね?

 今では生活を支えるエネルギーとして重要なインフラとなっている。

 初めて魔法を使えた人たちのことをファーストチルドレンと言われている。

 ファーストチルドレンは、今でいうと簡単な魔法しか使えなかったらしい。

 例えば発火性能を持っていたとしてもライターくらいの火しか起こせなかったり、水を出すことができる人は、出せてもバケツに水程度だったらしい。

 今と比べれば不自由極まりない世代だ。

 とはいっても魔法の起源や仕組みに関してはブラックボックス状態だ。

 しかし、使使のが人類だ。

 しぶとく生きる人類に対して尊敬を覚える部分である。

 数百年前に何が起きて人類が魔法を使えるようになったのかは謎のままである。

 聞かされていることとしては人類の何回目かの崩壊を迎え、生き残るために適応した結果と言われている。それ以前の歴史は穴抜け状態であり、特に400年前から700年前、800年前から1000年前の時代は今でも空白の時代と呼ばれおそらく人類絶滅の危機に瀕していたとされている。

 故に好事家たちはアーティファクトとして過去の物証を求めにコロニー外に行く、命知らずがちょくちょくいる。

 そのせいでこちらの仕事が増えるのが難点であり残業を覚悟しなければならない。

 「さ、夜勤明けでしょ? 荷物をいっしょに運ぶから早く寝なさいよ。」

 「———夜勤明けって知ってるのなら、買い物頼まないでよ、真衣姉さん。」

 「♪~♪」

 口笛をわざとらしく吹きながら聞こえないようにしているようだ。

 そうこうしていると家の玄関から長髪でだぼだぼのジャージを着た姉二号が出てきた。

 「………遅い。」

 どうやら待ちきれず、イラついて飛び出してきたようだ。

 「早く、プレイしたい。箱出してよ。」

 「僕の気苦労くらい考えてよ、理奈姉さん」

 愚痴と一緒に、脇に抱えていた小さな段ボールを渡す。

 「よくやった、都木。」

 そういって微笑みながら姉二号は箱だけ受け取った。

 月下 理奈(つきした りな)。

 元々四乃宮家とかかわりがあった家庭であったが、両親が他界していしまったため、四乃宮家の元に引き取られ一緒に暮らしている。

 あと、僕のことを切ってもいいサンドバックか何かと勘違いしている人だ。

 「早くプレイしないと。」

 目をキラキラさせて箱を覗いていた。

 ———ちなみにはやく渡さないと、昨日のようににされていた。

 理奈姉さんはパッケージ版派だ。

 なんでもそっちの方が効率いいとのことだ。

 僕の労力効率は考えてくれないらしい。

 無念。

 いつまでも引きずっていると気分が沈んでいくので話題を変えよう。

 「そんなに今作は出来がいいの?」

 理奈姉さんに聞くには愚問かもしれないが、聞かずにはいられなかった。

 「今作はいつもと違う! 御三家がそもそもいつものタイプじゃないし、新タイプが追加されたから!」

 目のキラキラ度が一気に増して話す理奈姉さんをみていると、少しだけ報われた気がした。

 ただ、理奈姉さんのことだから、金ピカのコイを捕まえる旅から始まることだろう。ああ、釣り竿を探すところからか………。

 昔も同じシリーズを里奈姉さんとやったことがあるが、完全にプレイスタイルが違った。

 正直、色違いとかそんなものどうでもいい。

 個体差とかも、別にどうでもいい。

 ただ、純粋に出会ったヤツが友達であり相棒である、と思っていたから。

 ちなみに、僕のプレイスタイルは蝙蝠型は最優先で捕まえに行く。

 かっこいいから!

 「今作は3部作だからみんなでできる。」

 「え、僕も?」

 「は? この家の一番の稼ぎ主のいうことがきけないの?」

 容赦ないが仕方がない、

 理奈姉さんのいう通りである。

 まさしく、効果はバツグンだ。

 理奈姉さんは、天才だ。

 もともと学校や会社に馴染めなかった理由が、天才すぎるがゆえに同い年の人と話が合わなかったからだ。よく図書室の隅で本を読んで過ごしていたようだ。本人曰く無駄な時間だったらしく通常6年かかる小学校を1年、中学、高校の3年制を1年ずつ、4年制の大学を2年と、飛び級に次ぐ飛び級を繰り返していたらしい。

 僕も軍学校を飛び級はしたものの理奈姉さんの伝説に比べたら小さなものだ。

 大学卒業後、とある企業に務めたものの、コミュニケーションが難しいことと、理奈姉さん曰く、レベルが低いとのことで、離職して会社を立ち上げ、起案書や設計書など作成しているようだ。

 立ち上げて今年で9年になるが、今ではコロニー内で3位の企業売上を誇っている。それに、四乃宮家の前当主である四乃宮円(しのみや まどか)さんが保証人になってくれたのも大きな理由の一つだ。

 そんな企業の社長であるためこの三人の中で最も稼ぎが多い。

 本人曰く、

 『時間制で給料の配給はおかしい。コスパを考えるなら実績と新しい試みをしている社員の配当を管理できれば、企業としての発展が望めるし個人の自由時間を作れる。』

 理奈姉さんが企業勤めだった時に、ハンコ上司が責任を部下に擦り付ける人だったらしく、内部告発したところ、それが普通だと言われたため、その日のうちに辞職届を出して今の企業を設立したらしい。

 確かに企業側からしたら、当時13歳の少女に言われたらみんなそんな対応をとるだろう。

 ———ただし、相手が悪かった。

 今では、当時の会社の大株主になっており無駄なことを削減する理奈姉さんに対し、毎日、冷や汗をかきながら働いているらしい。

 ちなみに僕のところに泣きながら直談判に来る人もいた。

 なぜ僕のところ?

 理奈姉さんの会社は、四乃宮家が元々専攻していた生体工学を主軸にしている。

 コロニー防衛者たちが防衛時に負傷し、内臓や体部位の欠損が起きるためそれを補う人工臓器、有機義手の開発が進められ、退役した後も不自由なく暮らしを送ることを目的に設立されている。

 また、現時点でも問題化されている臓器売買に対しての抑制につながっている。

 そんなこんなで、この家の底辺権力者である僕は従うしかない。

 「………わかったよ、理奈姉さん。」

 今回は僕と真衣姉さんも同時にやるらしい。

 「サブタイトルは何だったかしら?」

 僕と真衣姉さんは、ゲームをやる時間がとりにくいのでそういった情報に疎い。

 基本的には、理奈姉さんから降りてくる情報でどういったものなのか知っていくスタンスだ。

 ただ理奈姉さんは、昔のゲームを主体にやるのでみんなの話題からズレていることがあるので、今回のように時代に沿ったものは少ない。

 「エンジェルダークとデビルホープ、ピースキーパーの3つ。」

 理奈姉さんが段ボールを強引に開くと3つのパッケージが出てきた。

 3つとも独特なデザインで毒々しい表紙が見える。

 とても全年齢対象のゲームだとは思えない。

 「タイトル重くない?」

 「システムは大人向けだから。今回はタイプ相性よりも、特性重視だから。」

 「いや、古参層向けだよね? 新規向けじゃないよね?」

 「子供より大人の方がお金あるでしょ?」

 それをいったら終了な気がする………。

 ———大人の汚い戦略が見え隠れしている。

 「じゃ、真衣姉さんはピースキーパー、愚弟はエンジェルダークやって。」

 「りょりょ。」

 「はいはい、わかりましたよ。」

 この家族の中で一番地位が低い立場からすると選択権はない。

 「ふふふ。わかればよろしい、愚弟。」

 まあ、理奈姉さんの要望はかなえてあげたい。

 ———が、問題がある。

 「でも姉さん、僕、本体持ってないよ?」

 「えっ………。」

 「わたしも!」

 「………。」

 そこは失念していたみたいだ………。

 「………すぐ取り寄せる。」

 今の技術ならすぐ届くだろうけど………。

 さすがに少し眠い。

 それを真衣姉さんは見逃さなかった。

 「理奈、早く家に入らない? 都木君は夜勤明けよ?」

 真衣姉さんが理奈姉さんの間に入る。

 「………興奮してた。」

 そういって二人とも邸宅に入っていく。

 去り際にさりげなく、買ってきた荷物を持って行ってくれるあたり、二人の温かみを感じる。




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