第2部 第6章

 王宮では、混乱が広がっていた。

 この国の代表である王が勇者を派遣し、中央広場で相対したと思えば、一瞬のうちに勇者が死亡、そして【ホワイトカラー】がこちらに向かっているという情報が入った。

「都市神様が【ホワイトカラー】から守ってくれるんじゃなかったのか!?」

「そもそもなんで【ホワイトカラー】がここにいるんだ!?」

「神よ、われらを守りたまえ。」

 すでにこの都市は瓦解している。


 ———慌てふためきながら殺される者。

 ———他人に責任を問い詰めながら死んでいく者。

 ———神に祈りを捧げながら食べられる者。


 さらに情報が入る。

 この都市を丸く包む結界は、人を通さない監獄となっていた。

 また地下ならと思い下水道に潜らせたが同様に通れないようになっていた。


 一体私たちは何を間違えたのだろう。


 そう思いながら最後の国王である私は巨大な【ホワイトカラー】に齧り付かれた。




「おーい、起きろ。ヘイヘイ!」

 声がどんどん意識を覚醒させていく。一体俺はどうなって………。

 起き上がろうとして自分が雁字搦めにされ、口元に布切れを咥えさせられていることに気が付いた。

 部屋も薄暗く、周りを把握できない。

「んー!」

 出せる声はこの程度。うまく口が開けない。

「お、起きたね?」

 姿がよく見えないが、俺を縛り付けたのはこいつだろう。

 一体なんだこいつは。いつ気を失ったのかもわからない。

「んんん!」

「君、奴隷商なんだってね?」

「ん?」

 確かに、うちはそうだが奴隷なんて、このご時世だ。

 別にやましいことはしていない!

「君さあ、奴隷は奴隷でも人は適切に扱うくせに、亜人は愛玩用にしてるね?」

「んんんん!」

「君のもとで捕らえられてた人に聞いたよ? 薬で快楽に溺れさせたり、自分が飲んで相手が壊れるまで犯し続けるって? いい趣味だね? でも私は博愛主義だからさ、それは看過できないな。」

「ん! んんん!?」

「それがどうしたって? 亜人は人が環境に適用するために進化した姿だよ? つまり君は姿、形が違うからという理由で相手を嬲り続けたんだ。」

 その思想は我らがに背く行為だ!

 だから私は教義に従ったに過ぎない!

「ああ、でももう一つ聞いたんだ。」

「ん?」

「君、嬲ってるときとても恍惚とした表情をしていたみたいだね?」

 亜人をなじって何が悪い!

 亜人に生まれてくるからには前世で何か悪いことをしてきたに………。

「私が言いたいのはね? そんなに快楽に溺れたいのであれば気持ちよくしてあげよう、と言っているのだよ?」

「ん?」

 耳元でささやきかけられるその言葉だけで情欲を掻き立てられる。

 その声は甘くとろけるような甘美なものだった。

 その声は、それほどまでに蠱惑的に聞こえたのだ。

「おや? 体は正直だね? つまり、気持ちよくなりたいんだね?」

「ん!」

 頭がくらくらする。

「それじゃあ………。」

 そこで、電気が付いた。

 ———あたり一面に見覚えのあるがまかれた状態で。

「心当たりあるだろう? これは君が気持ちよくなるために使ってる薬の原料さ。この葉っぱ一枚から10粒程度で製造してるんだろう? どうしてそのままじゃいけないのか? 答えは単純。一度の服用には使がある。だから、錠剤に落とし込む必要があった。」

「………。」

 まさかさっきから頭がくらくらしていたのは………。

 最悪な思惑が一瞬で頭を駆け巡った。

「さて問題です。ここに火のついたマッチを投下するとどうなるでしょうか?」

「ん! ん! ん!」

 やめろ!

 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!

「私は博愛主義だけど、君は嫌悪する対象だよ。じゃあね。」

 そういって、女は去り際に山のように積んでいた葉っぱの中に火のついたマッチを投げ入れた。

「快楽に溺れながら死になさい。」

 甘美な声は冷徹さも含まれていた。




 さて、汚物は今頃地下で気持ちよく死の訪れを感じていることだろう。

 地下の空気が漏れないように入り口にセメントを流し込んで封鎖する。

 これで死ななくても窒息する。

 それにしても餌をもらえると思っている表情から、絶望に打ちのめされる顔は中々に刺激的でそそるものがあった。

 そそるなぁ………。

「それじゃあ、私の仕事をしますか。」

 人質兼捕虜は確保。

 後は、

「どうか命だけはお助けを………。」

 目の前で懇願している人たちがいた。

 その数、ざっと500人くらいだろうか。人垣ができていた。あらかじめ、条件さえ飲んでくれれば人質に紛れ込ませてここから出してあげると言いふらしておいた。その過程でさっきの奴隷商のことを知ったんだけど………。

「前提条件の私の言うこと聞くって、誓約を交わしてもらうけどいい?」

「はい!お願いします!」

 へー。

 誓約を交わしてくれるんだ………。

 口元が緩まないように我慢するのに必死になった。

 感情を抑えなければ………。

「それじゃあ、誓約を交わすために誓約書にサインして。」

 さっきの奴隷商のところにあったものを流用した。

 いい掘り出し物だったよ。

 誓約書の内容はこうだ。




 誓約書

 主従関係

 主 ネイト=ダンタリアン

 主従条件 これよりネイト=ダンタリアンを主として命令には絶対に従うこと。

 誓約成立条件 

 宗教ヴァイオレットの信仰心を捨て、主の命令に従わなければならない。


 契約条件 主が誓約者をこの宗教都市アルカディアから脱出させること。

 両者はこの条件を飲まなければいけない。

 違反した場合、主人は自決しなければいけない。

 誓約者は、体の自由を奪われる。また主により条件が追加される。

 条文に問題なければ以下のところに自らのサインを押すこと。


「私は博愛主義だけど、念のため最後に誓約書に血判を押して?」

 これで、信仰心も捨てられる。

 いちいち脅して信仰心を捨てさせる必要がない。

 便利便利!

 それに殺生は好まない。

 やっぱり、あるものはしないとね。

 それに人手が不足してたし、一石二鳥。

「さ、書き終わって血判を押した人から出してあげるよ!」

「ハイハイ! 書いた! 書いたから、出してくれ!」

「俺も!」

「私も!」

 その中には、さっきまで勇者パーティー? の後方にいた女性2人の姿もあった。

 それでいいのか、勇者パーティー。

 まあ、私としては好都合。

 通信機を使い、結界の主に連絡をとる。

「こちら、ネイトです。」

『どうした?』

「捕虜一行を外に出します。適当な場所に穴をあけてほしいです。」

『そこすごい人数だけど、捕虜以外にも逃がそうとしているよね?』

 さすが………。

 距離は離れていてもこの都市空間を把握している。

 でも、問題ない。

「ええ、誓約書を書かせて信仰心を捨てさせましたから。違反した場合、死にます。」

 嘘である。

 誓約書の内容にはそんなこと書かれていない。

 だが、誓約を交える以上、向こうが守らなければ、条件追加で足の一、二本は失ってもらうことにはなるけど。

『まあ、問題ないならいいよ? 西門のところに、もう少ししたら穴をあけてあげるから。』

「わかりました。」

『僕の用事はもう少しかかりそうだから、先に脱出して離脱してくれない?』

「かなり、苦戦しているということでしょうか?」

『いや。でも君とかコスモスちゃんには無理な相手かな。』

「?」


『いま、神様と戦ってるから。』





 大聖堂を目指して東ブロックを制圧していった。

 その過程で先ほどの勇者パーティーの盾持ちが必死に粘っていた。

 無能パーティーと思っていたが認識を改める必要があるようだ。

 この盾持ちだけは気骨があった。

 確かに僕は、単純に蹴ったり殴ったりを繰り返していたが、巧みに流し、あるいはカウンターをしてきた。

 どれも障壁によってこちらへは届いていないが盾を持つだけに、技術の練度がほかのメンバーとは違うのだろう。

 ———だが、限界はくる。

 流しても盾には疲労が、腕には衝撃がかかっている。

 すでに、盾はボロボロだし、盾を持っていた腕の感覚が無いのだろう。

 利き腕から逆の腕に持ち替えていた。

 そして使っていた腕がぶらぶらと力なく垂れていた。

 ところどころ真っ赤になり腫れていた。

 おそらく骨折しているのだろう。

 その状態でも、立ち向かうのだから賞賛に値する。

「頑張るね?」

「くそっ!」

 追い込まれていることがわかるくらいには力量を把握しているのかな?

 それに僕は、まだ補助具を使用してない。

 補助具であるハルバートは遠隔で操作して東ブロックの住民を襲いまくっている。

 戻してもいいけど目標物があまりにも分散されるのも困る。

 だから、まだ密集している家屋や地下に逃げ込んだ人たちを家や地面ごと破壊させている。

 時短時短。

 そんな光景を絶望的な眼で盾持ちは歯ぎしりしていた。

 でもね。

 これ以上、時間を取られるわけにはいかない。

「ここまで頑張ったんだ。遺言くらい聞くよ?」

「俺は生きる! 絶対に!」

 ここ現実逃避とは哀れ。

「そう———。」




 何なんだ、目の前にいる男は。

 俺は、この街で不動の金剛守護神として数々の武勲を上げてきた。

 勇者候補生にも選ばれたが、先代勇者の弟がいたので地位を譲った。

 そして彼に仕えた。

 先代にはいろいろとお世話になった。

 幼い自分を戦場で守ってくれていた。

 先代勇者は守り方よりも攻め方を中心に教えてくれたが、自分の体には合わなかった。

 だから盾を持つようになった。

 しかし、ある時、先代は死んだ。

 小さな悪魔に無残に細切れにされ、頭部を踏みつけられ、帰らぬ人となった。

 ———怪物。

 あの小さな体に、人ではない異常性を感じていた。

 その光景を見て、震えることしかできなかった自分が情けなかった。

 しかし、怪物は俺を見過ごした。

 悔しかった。

 しかし、また相対するときが来るだろうと思っていた。

 そして残された者もいた。

 だからこそ弟は守ろうと思った。

 だが、結果としてまた目の前で惨殺された。

 落ちてきた斧に頭を割られ無残な姿となった。

 それに目の前の男は都市を覆う結界を張っただけで、そのあとは一切魔法を使っていない。

 純粋な暴力でこちらを圧倒しているのだ。

 流しきれる力にも限界があり、すでに右腕は使いものにならなくなった。

 左腕に持ち替えたものの、すべて時間の問題だ。

「ここまで頑張ったんだ。遺言くらい聞くよ?」

 まるで慈悲のように哀れみを込められた口調で言われ、怒りの感情が湧き上がる。

「俺は生きる! 絶対に!」

 そうだ! 俺は生きてみんなを守る!

「そう———。」

 先ほどの哀れみの言葉とは違い、無慈悲な響きを聞き、背中の怖気が最高潮になった。

「それじゃあ、さようなら。」

 来る!

 そう思い、身構えた。

 強力な一撃。

 そう思った。

 だが実際には、そうならなかった。

 胸の内から何かが引きちぎられる感覚があるのみだった。

「ふーん、これはコスモスちゃんのいい餌になりそう。」

 そんな呑気な声が聞こえた。

 顔を上げると男の手元には真新しい蠢く臓器———


 ———心臓があった。


 誰の?

 そんなの決まってる。

「あ、ああ。」

「あ、辛いでしょ? 今、楽にしてあげるよ。」

 そういって脚をざく切りにされる感覚があり、保てず倒れこむ。

 見ると、右脚が切り離され、左脚だけ繋がっていた。

 声にならない悲鳴をこらえながら、目の前の化け物に向き、

「お、お前は10年前の―——。」

「お休み。」

 そういって暗い夢が訪れた。

 ———目覚めることのない夢の時間だ。




「♪~♪」

 さて、面倒な相手は片づけたし、大聖堂に向かうか。

 歩き出しながら進捗状況を確認する。

 北ブロックはコスモスちゃんが暴れまわったらしい。ほとんど生きていない。

 少数だけ残っているが時間の問題だろう。

 すでに住民は視野狭窄を起こしている。

 さらにコスモスちゃんは、精神系の魔法を行使し始めた。

 後は光に集まる虫を駆除するように食べるだけだ。

 もう、精神系の魔法はダメって言ったのに………。

 あとで、メっしないと♡。

 西ブロックは、人が入り乱れ始めている。

 そんな中で、ネイトは巧みに仕事をしているようだ。

 いや、趣味も含んでいるかな?

 意識を少し向けてみると、的確に主要人物を消しながら残っている人を後に回しているといった感じだろうか。

 ———が、何件か、えげつない殺し方をしていた。

 薬中に過剰吸入の焼死。

 暴行者を拘束し、被害者に切れ味の悪い刃物を渡して、いたぶり殺し。

 飢餓で苦しむ養護施設の子供たちにデブった養護施設のおっさん自身の解体料理。

 北条が見たら『気持ち悪いっス!』とか言いそうな俯瞰風景が見えた。

 まあ、作戦に支障がなければどうでもいいや。

 南ブロックに逃げ込んだ人達は少数だが、東ブロックの駆除が終わったハルバートが回転しながら向かっていった。

 そして、あることに気が付いた。

「ちょっと待てよ。」

 今この時期に、コロニー3で設備予算に全て取られるとしたら………。

「同人誌即売会のコミケ、中止!?」

 その可能性が大きくなる。

 だって、それどころじゃなくなってるはず………。

「早く終わらせて帰ろう。すぐ、迅速に。瞬く間に!」

 一年の中でもビックイベントを中止にさせるわけにはいかない!

 さっさと終わらせないといけない。

 そう思っていると、

『こっち。』

 これは、念話、か?

 頭に直接響くように語りかけてきた。

 そして、この響きには身に覚えがあった。

 ———嘘だと言ってくれ。

 いや、目をそらしてはいけない。

「いま行く。」

 大聖堂の扉を開けて中に入る。

 大聖堂の中は清純な空間を装っているが、より一層瘴気が立ち込めていた。

「うへっ、キツイな。」

 ———呼ぶのなら、瘴気くらい払ってくれよ。

 そんな中、大聖堂に入っていくと、おかしなところがあった。

 一部屋だけ空間の認知を受け付けない観測不可領域があったのだ。

『こっち。』

 おそらく声はこの観測不可領域からだろう。

 それに気になることが増えた。

「この魔力………。」

 嘘であってほしい。

 今、一番会いたい相手であり、

 一番、ここで見たくない光景でもある。

 ———そんな思いの最中だった。

 「ここは厳粛な場。外部の、それもコロニーなどといった不敬極まりない人間がここに立ち入るとはこの聖地が汚れる。」

 尊大な態度と礼服を羽織った老人が奥から出てきた。

 それに合わせて、修道士たちも背後に並ぶ形で現れた。

 ここの信徒たちだ。

 けど、現れたところで、やることは変わらない。

「これから、この下の墳墓を壊すけどいいよね?」

「愚かな。ここに眠る神を何方と心得る。かつて天から降りおりし、かの御仁は、あまたもの異形種から、我らを守り、知恵を授け、天命をとしてこの都市の礎となったのだ。これ以上の無礼は許されない。」

「じゃあ、この瘴気はなに? 天命をとしたのなら、なんでこんな恨みが積もってるの?」

「知った風な口をきくな。我らが主神ヴァイオレット様は今もなお、我らをお救いくださっている。」

 そういうと、胸の内にあったブレスレットを引きちぎり祭壇において祈り始めた。

 すると、目の前にぼやけるような光が出現し始め羽の生えた女性像が現れた。

 それは大聖堂の表にあった像と同じものだ。

「我らが神よ、お救いください。異端のものに裁きの光を!」

 そういうと光の柱が僕の周りに立ち上り、天井を突き破り光の塊が降り注いだ。

 片足で、すぐに後方に飛びのいた。

 その一秒後に自分の立ちっていた地面が陥没して円形の穴がきれいに開いていた。

「見たか! われらが奇跡の御業を!」

 見たかといわれても、奇跡にしては割りと物理技じゃん?

 それに規模が小さい。

 最悪、都市全体を消滅させる技を出すのかと思ったら、せいぜい人一人を覆えるくらいの範囲、地面陥没くらいだ。

「神様のわりにやることがしょぼいよ。」

 でも決め手に欠けるな。

 どうしたものか。

 試しに神様とやらを殺してみよう。

 次元の切断を行う。

 神様の首元に入口と出口を重ねるように出現させ、そのまま閉じる。

 普通なら、そのまま切れて終わりだが、手ごたえがなくすぐに修復された。

 まるで意味がない。

 霧を切ったところで意味をなさないのと同じように。

 次の手段、顕現者を殺すこと。

 ちょうど南ブロックのが終わったハルバートが向かってきていたのであの老人にめがけて移動させる。

 ハルバートが聖堂のステンドグラスを砕いて、老人に降りかかりあっという間に肉塊に変えた。

 が、

「無駄だ。」

 瞬時に肉塊が元の老人の姿に戻った。

 同様に信徒たちでも試したが同じく蘇生された。

 ふーん。

 確かにこの蘇生能力は面白い。

 ———でも気が付いているのかな?

 神様とやらの存在感が薄れてきていることに。

 おそらく、崇められている神様が魔法を使用するたびに存在感という質量が小さくなっているのだろう。

 ただ、すべて使い切らせるには時間がかかるなあ。

 その時、通信が入った。

『こちら、ネイトです。』

 ネイトからだった。

「どうした?」

『捕虜一行を外に出します。適当な場所に穴をあけてほしいです。』

 でも、ネイトのの近傍にはまだたくさんの生体反応が見える。

「そこすごい人数だけど、捕虜以外にも逃がそうとしているよね?」

 何か考えがあっての行動のようだが、今の神様を強化しているのはこの都市の信仰だ。故に弱体化のために住民を殲滅しているわけだが………。

『ええ、誓約書を書かせて信仰心を捨てさせましたから。違反した場合、死にます。』

 誓約書とはえげつない。

 では、悪魔の取引だ。

「まあ、問題ないならいいよ? 西門のところにもう少ししたら穴をあけてあげるから。」

『わかりました。』

「僕の用事はもう少しかかりそうだから、先に脱出して離脱してくれない?」

『かなり、苦戦しているということでしょうか?』

「いや………。でも君とかコスモスちゃんには無理な相手かな。」

『?』

「いま、神様と戦ってるから。」

『は?』

「だから、通信を終えるよ。」

『ちょ―——。』

 応答を待たずに切る。

 博愛主義者ならいろいろ察してくれるだろう。

 だってその間、光の柱で攻撃されてるんだもん。

 回避しながら、話をするには戦況把握が難しい。

 でも、ちょうどいい。

 真衣姉さんから教えてもらったことを実際に試す場面だ。

 真衣姉さんなら嬉々として相対するだろうな。

 何よりも仕方がない人だから。

「神の御前にはすべてが無意味!」

 あの老人も馬鹿だな。

 この力のが何か知らないんだから。

 それじゃあ、迅速にやっちゃいますか!

 僕の魔術回路をフル回転させる。

 そして、世界の塗り替えを行う。


「隔離。」


 そういうと、聖堂内部が四角い黒の箱に覆われた。

 効果は如実に現れた。

 先ほどまで光を放っていた神の姿がまるでテレビノイズのようにブレはじめた。

「こ、これは一体!?」

 だが、いまだに消えないあたり相当な信仰を集めていたのだろう。

「ええい! あやつを仕留めれば神の威光も戻る!」

 が、すでに光の柱すらまともに顕現させることもできないのに、どうしようというのか。

 面白い。

 ふふふ。

 ———さて、終わらせよう。

「偽りの皮を捨て、本来あるべき姿に戻れ。」

 この空間の礎たるを布く。

 僕の言葉がこの空間を満たした瞬間、神は光を失い、虚像からぼろぼろと劣化した石造のようになり砂粒と変化して消えていった。

 真衣姉さんから習った方法は

 1つ目は純粋に物理で殴り続けて相手の再生スピードより上回る。

 実にわかりやすいが、真衣姉さんほど火力を僕は持っていない。

 それに異能を持ち合わせていない僕には無理だ。

 2つ目は顕現させている術者、信奉者を殺すこと。

 今回は歴史のある信仰だったから、術者を倒して、信奉者を殺してもしばらく顕現できる。

 ただ、時間がかかるし、これだけの瘴気を振りまく神だ。

 このあとどれだけの汚染を振りまくのかは未知の領域だ。

 3つ目は世界からすること。

 これが最も効果的だと思っている。

 神は信仰のエネルギーを、得ている。

 つまり、根付いている世界から切り離してしまえば、ただの木偶の坊になる。

 久々に僕の固有魔法【空間支配】を使ったけど問題はなさそうだな。

 ちゃんと使えている。

 僕の【空間支配】はこの世界の上に、別な世界を作り上げるというものだ。

 理奈姉さんのゲーム空間ではなく、異世界、別次元と言ったほうがいいかもしれない。だって、秩序やルールは僕が決めることになっている。そこに制約はない。僕の作り出した世界にいる限り、対象を死ねない体にすることだって可能だし、逆に脆く散る体にだってできる。もしくは永遠に燃える世界にすることや、絶対零度の空間にすることもできる。

 つまり、この世界では僕が絶対の神だ。

「馬鹿な!」

 そこで、空間の隔離を解く。

 本番はこれからなんだから、余計な力は使わせないでほしいものだ。

「我らの神が………。」

 そうだね。

 でもね?

 神様は役目を果たしたよ?


 ———次はだよ?


 そう思っていると信者の一人が悲鳴を上げながら、倒れた。

「何事か!?」

 まあ、予想はつくけど。

「なんだこれは!?」

 信者の体のあちこちが黒く染まり腐り落ちるようにボロボロと崩れていった。

 それは、信者だけでなく教皇と思われる老人も同様だ。グツグツと崩れ落ちる自分の体を見て叫びだす。

「き、貴様! これも貴様のせいか!?」

 そういわれても………。

「なんでも僕のせいにしないでよ? どちらかといえば、君たちのせいだよ?」

「何をバカげたことを!」

「神の顕現………。それも真っ当な神様じゃなく瘴気に満ちた神。そりゃあ、代償が必要になるよ。今回の代償は、君たちのといったところかな。」

 そういうと、次々に信者たちが倒れ始める。

 苦しみ悶える姿を見ながら、なんて愚かなのだろうと思えてしまう。

 そんな便利に神を使えるわけないじゃん。


 ましてや、程度で。


 さあ、仕事にとりかかろう。

 苦痛に歪みながら地面に転げまわる礼服を羽織った老人に尋ねる。

「ねえ、今回の武装を供給したのはどこ経由?」

「お、おし、えるも、のかっ!」

「いいじゃん。このまま苦痛に満ちながら死ぬよりスパっと楽にしてあげるよ?」

「馬鹿に、するな!」

 意外と強情だな。

「じゃあ、これから、地下にを暴くけどいいよね?」

「は!?」

「さっきから呼ばれているから来たんだけど。君たちの悪行を世界にさらすことになるけど………、いいよね?」

「待てっ!」

 やっぱり、こういった人たちは命よりプライドが出てくるんだよね。

 へへへ!

 なぜだか、口元が綻んでしまう。

 たぶん、瘴気にあてられたせいだな。

 うん、楽しくなっちゃう♡。

「わ、我らは、ここよ、り、北の廃棄施設、経由から、はあはあ、あれを得たに、過ぎない。」

 ふーん。

 廃棄施設ね。

 確かにここから北に昔の残骸である廃棄施設がある。おそらく、コロニー建設よりはるか以前のものだ。歴史的背景を見るなら【楽園(エデン)計画】の物だ。

 そこを利用しているのか………。

 残党狩りにはちょうどいい。

「ありがとう。ちゃんと約束は果たしてあげるよ。」

 そういってハルバートを振り下ろした。

 老人だからなのか、体があっという間に崩れてしまった。

 あとの信者たちは知らない。

 助ける義理もないし。

 未だにもだえ苦しんでいる信者たちをよそに奥の部屋へ向かう。

 一見すると、ただの礼拝堂に見えるが、司祭が立つ壇上下に階段がある。

 こういった時に、僕の空間認知機能って便利だねえ。

 どこに何があるのかわかるのだから。

 階段を下りていき、最奥の部屋に入る。

 ここは、空間認知でも把握できない場所。

 つまりブラックボックスだ。

 ただ、ここまで来てあれだが、敵意が全く感じられない。

 どちらかといえば慣れ親しんだ人を招き入れているかのような安心感がある。

 それにさっきの念話は聞き覚えがある。

 だとすると考えられるとこは一つだ。

 最奥の扉を開けると、そこには竜と見紛う遺骨がとぐろを巻き一人の少女の寝台を囲っていた。

 周囲にはスミレの花々が咲き乱れていた。

 ここには、さっきまでの瘴気はここには無く、どちらかといえば清涼感のある空気が漂っていた。

 この部屋に入ってからすべてに既視感を覚えた。


 ———なぜなら、のリビングそのものだったから。


 予想は違ってほしいときがあるが現実は甘くない。

 そうか………。

 ———結末は、そうなるのか。

 部屋の中心に近づく。

 中心で眠りにつくがあった。

 そして、少女に語りかける。

「久しぶり、かな。スミレ。」




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