第2部 第3章

 夜も開け、一度前線夜営地に戻ると、前までいたレグノとデレクの姿はなく、見知らぬ顔ぶれがいた。おそらく二人とも後退して休憩に入ったのだろう。

 しかし、今、防衛線にいるのは先ほどのレグノやデレクとは違う雰囲気の人たちだ。

 あえて言うならな方々だ。

 その傍らにネイトの姿があった。

 すんごい渋い顔をして。

 ここで、何も言わないのも申し訳ないのでなんか偉そうにしている指揮官に声をかけることにした。

 ここはシュガー式友好話術によるねぎらいの言葉をかけるべし。

「お疲れ様です。」

「………なんだ、貴様?」

 あれ?

 なんか友好的じゃないな?

「ここでの立場を理解していないのか?」

 えー。

 めんどくさい空気。

「すいません。ただのバイトなんで。」

「バイト風情が! 現在ここの指揮を任されているアルンハルト家当主である私に、何だその口の利き方は!」

 あー。

 そういえば、他コロニーの御用家って結構プライド高いんだっけ?

 あの姉や剣崎とかを見てきたから全然そういったこと考えてなった。

 ———というか、全然強そうに見えないんだよね。

 周りの人たちも。

 小指ではじけば簡単に消えてしまいそうだし。

 通信機の向こう側にいるオペレータに聞くことにする。

「彼らなんなの?」

『先ほど、現場指揮を交代せよと、無理やりアルンハルト家当主が来まして現場指揮になったところです。』

 ああ、いわゆる残党指揮くらいならできると思った無能な御用家ってことだな?

 しかたない。

 争いごとは嫌いだが、面倒ごとも引きずりたくない。

「お家の事情は知りませんが、どうにも私情で言っているように聞こえますが? 何がそんなに気にいらないのですか?」

「すべてだ! 私に対しての敬意や礼節がなっていない!」

 それは今気にすることじゃないでしょ?

 ここは最短で解決する方法をとろう。

「そんなに偉いのであれば一つお手合わせ願います。」

「この私の実力を知っての狼藉か!」

「はいはい、ガタガタ言う前にほら構えて。」

「貴様!」

 座っていた椅子を蹴り、こちらに近づいてくる。

 うんうん、早く終わらそう。

 こいつらなら、………。

 そう、思っていた矢先に、

「紫苑さん? 殺しは無しですよ?」

 ネイトに釘を刺された。

 だって、かわいいペットのも用意しないといけないんだもん。

「仕方ない。」

 釘を刺された以上、加減しないと。

 そういって、ハルバートを地面に突き刺し、素手の構えを取る。

「? 何をしている?」

「加減してやれ、との命令がきたから。あ、魔法も使わないでおくよ。」

「コケにして! 殺してやる!」

 あらあら、元気。

 ほんとに餌にできないなんて残念。

 武器は刀型の補助具。

 オーダーメイドぽいけど刀の補助具は限定的な魔法を使う人が多い。

 魔術的な機能だけでなく、磨かれた技術をアーツとして昇華させることができるからだ。

 理奈姉さんのお父さん、月下健吾さんは、極地に至ったみたいだけどこの人からは研ぎ澄まされた技術は何も感じ取れない。

 逆に無能すぎるくらいの不安材料は感じてとれる。

 構えも気迫もド素人。

 吹けば消えそうな相手にどうやってわからせよう………。

 とりあえず―——。

「死にさらせええ!」

 勢いよく突っ込んできたので半歩左にずれてボンクラの右脚の膝を蹴って転倒させる。その過程で骨の折れ音が聞こえた。

 これはあれだ。

 名台詞の出番!

 貧弱貧弱ゥ。

「うべっ。」

 勢いよく転びそのままゴロゴロと後方まで後退していった。

 なんか罪悪感しかわいてこない。

 もはや戦闘とも言えないお遊戯会みたいなものを感じるな。

 そう罪悪感に苛まれていると、後方からチリチリとした殺気を感じたので身をひるがえして飛んできたものをキャッチする。

「油断した隙に毒針を撃ち込む。良い手ではあるけど、決闘中にすることかな?」

「………人数制限は言っていなかった。」

 ふむ。

 どうやらボンクラの取り巻きって感じかな。

 先頭に毒針を撃ち込んだ男、後ろに5人くらいが同じように待機している。

 どうにも扱いやすい宿主から甘い汁をすすっていたとみた。

 確かにこんな阿呆は扱いやすいだろうな。

 剣崎だってあんな馬鹿じゃない。

 ………と、思いたい。

 でも記憶の中のあいつは、馬鹿としか言いようがない。

 悲しみぃ。

 でも、馬鹿は死なないと治らないらしい。

 なら、ということだ。

 ちょうどここには、治療しないといけない人間がいる。

「それじゃあ、こっちも援軍を出すとしよう。」

「ここにあなたの味方なんて一人しか………。」

 その言葉を言わせずに、次元の扉を開いた。

 中から元気な声を響かせながらコスモスちゃんが出てきた。

「ガウ。」

 出ると同時に防衛線のアラームが鳴り響いた。

 おそらく、コスモスちゃんに反応したのだろう。

「ひっ! 【ホワイトカラー】じゃないか!?」

「いい子なんだよ? ちゃんとこっちの意図を呼んでくれるし。」

「お前は化け物か!?」

「失礼な人! コスモスちゃん、あの人たちと遊んであげなさい。あ、殺してはダメだけど、噛みついたり、魔法を使って動けなくするのはありだから。」

「ガウガウ。」

 わかったって?

 ホントいい子いい子。

 あとであげるから。

「それじゃあ、ゴー!」

 そう言うと、コスモスちゃんは地面に潜りあたりをグルグル高速で巡回し始めた。

 まるで陸のサメだな。

 たちどころに悲鳴が阿鼻叫喚に変わり必死に逃げる取り巻きたち。

 さてと。

「こちらバイトです。オペレータ聞こえますか?」

『何してんですか!』

 ありゃ、なんかお怒りの声色。まあ、気にしないけど。

「警報切っておいてね。脅威じゃないですから。」

『【ホワイトカラー】ですよ!? それも姿からサンドサウルス! 脅威以外何者でもないですよ!?』

「別にいい子ですよ? ちゃんとダメなことはしないみたいだし。ホラ見て。」

 コスモスちゃんは取り巻き立ちを齧って投げ飛ばして、を繰り返していた。投げ飛ばされている取り巻き立ちは早くも涙と小便にまみれている。

「とりあえず、警報うるさいんで切ってください。」

『無茶言わないでください! すでに司令部全体も慌てふためいています。それにアルンハルト家の当主がまだ現場にいるんですよ? 早々に救助を―——。』

「だから、要らないって。。こんな無能が御用家に選ばれるなんて何かの冗談でしょ? 偉そうに吠えるしか能のない馬鹿は死んだ方がこのコロニーのためになるでしょ?」

『何を―——。』

「職場改革。こんな奴が生きていると、現場のモチベーションも下がる。それに苦労していない、いるだけの型人形なんて意味がないし。本当に苦労している人たちの離職につながる。つまり、職場の膿を消そう、というわけです。」

『………。』

 あらら、黙っちゃった。

 いろいろ思うところがあったんだね。

 さて、と。

 転がっている無能に近づいていく。

「取り巻き立ちは来ないから、ゆっくり話そうか?」

「こ、この野郎!」

 そりゃあ、転んだだけだし元気だよね。

 でも、骨が折れてるのに立ち上がるのはいいね。

 もう一度補助具を構えたので、右拳で薙ぎ払う形で一撃補助具に放つ。

 刀って達人が使えばどんなものでも切れる武器になるけど、素人が扱えばただの棒切れだ。

 ましてや刀の側面は。

 盛大な破砕音と共に根本から補助具の刀が折れ、もはやボンクラの握る持ち手の部分だけとなった。そのままなにもできずに途方に暮れているボンクラに組みつき地面に打ち付けて身動きが取れないようにする。

 さて、プロレスではスリータイム式だったよね?

「な、なんなんだよ!」

「アルンハルト家って言ったっけ?」

「そ、それがなんだってんだ!?」

「アルンハルト家は御用家から降ります、って言えば見逃してあげる。」

 勧告1。

「そんなこと言えるか!」

「もう、後がないけど退けば助かるよ?」

 勧告2。

「こ、断る!」

「防衛局を維持する御用家はそれなりの責任を持たなければならないことは知ってるね? 知らなかったら殺すけど?」

「だからなんだよ!?」

「実力もないのになぜここにいるの? それも指揮官クラスで。」

「それは私がアルンハルト家の―——。」

「つまり能無しでいい?」

 勧告3。

「まっ―——。」

 そのまま掴んでいた手を離す。

 ホッっと息を吐いたのはわかったけどバカすぎ。


 ———そのまま、頭部を蹴上げる。


 すると、頭が体から離れ遠くまで打ちあがった。

 ホント、このコロニーの程度が知れる。

 奥でネイトが頭を抱えていたが、気にしない。

 これはコロニー維持において由々しき問題なんだから。

 だから、通信越しに少しだけ圧を加える。

「オペレータ、全職員に伝えて。御用家を名乗るなら。こうなる覚悟をもって職務に当たれ、って。」

 マイク向こう側で悲鳴に近いものが聞こえてくるが知ったことではない。

「コスモスちゃん!」

 そう、呼ぶと遊んでいたコスモスちゃんが地面から顔を出してこっちによって来た。

「これ、食べていいよ。」

「ガウガウ。」

 嬉しそうにしながら目の前の首なし死体を食べ始める。

 さっきまでの取り巻き立ちは全員生きてはいるようだ。

 骨折している者は多数見えるが………。

 ちゃんと言いつけを守るなんていい子いい子。

 さて、

「オペレータ、早く救助してあげないと骨折している者が苦しそうだよ?」

『誰のせいでこんなことになっていると思うのですか!?』

「無能の責任。それに司令部も腐ってるのかな? 全員、叩きのめされたい?」

『何をいって………。』

「この程度のコロニーなら、ことは簡単だよ?」

 事実だ。この程度の実力者だけなら魔法を使うまでもない。

『………。』

「嫌なら、御用家を今すぐ選別し直したら? そうすれば金目当ての人は消えるんじゃない?」

『それどころではなく、離職届が今大量に来ている最中なんですが………。』

「ぬるま湯につかってた証拠じゃん。少なくてもレグノ君とデレク君みたいにちゃんと訓練している人なら文句は出ないんだけど?」

『それに、ただのバイトの言うことなんて………。』

「早くした方がいいよ? さっきのは手加減したけど、コロニー全員を相手にするのは時間がかかるから、本気で行かせてもらうけど? タイムリミットとして1日だけ待ってあげる。それでも治ってなかったらそっちに乗り込むから。以上通信終了。」

 向こうの有無を言わせずに切る。

 こういったことはきっちりしないといけない。

 サボるのは、まあ許すよ?

 でも、実力が伴わない人間が偉そうにしているのは許さない。


 防衛局はみんなの命を預かっている最前線なのだから。


 次元の入り口から必要なものを取り出す。

 さて、日傘をさして休憩に入るか。

 パラソルを出して簡易的な椅子を設置する。

 そして、シュガーからもらったコーヒーパックを出して魔法瓶に入れる。

 すると、ネイトがやってきた。

「全く、やりすぎですよ?」

「そう?」

「これだとここの指揮系統が軒並み崩れます。」

「もとから崩れてるし、関係ないって。」

「それだとヘリポートも利用できないですよ?」

「その時は、諸々壊滅させてから強奪するさ。問題ないよ。」

 すごくあきれた顔をされたが問題ない。

 実にシンプルな解を求めているにすぎないから。

「それに、ほかのコロニーに救援依頼をされたらもっとややこしいことになるんじゃないですか?」

「無駄無駄。多分、他のコロニーからは救援は来ないよ。それに僕に対応できるのはうちの姉たちくらいだから。なにより、コロニー3は緊急事態宣言が飛び交っている最中だから参戦はないよ。」

 日傘の下でお昼寝モードに突入した僕のところにコスモスちゃんが来て一緒に伏せのポーズをとった。

「それにこのサンドサウルスは、どうしたんですか?」

「昨日拾った。」

「………正直、あなたといるとすべてが馬鹿にされてる気分になります。」

 しとらんよ?

「あ、そうだ。コスモスちゃん、餌は足りてる?」

「………ガゥ。」

 少ない、と。

 足りてなかったか………。

 仕方ない。

 脚に装備していたサバイバルナイフを取り出す。

「コスモスちゃん、口開けて?」

 グバッ、と口を開けてくれた。

 マジでいい子いい子。

 コスモスちゃんの口の上で自分の右掌を、口に咥えたサバイバルナイフで少し裂き血を流す。

「ふぁい。おふぁべ。」

「ガウガウ♡」

 すごくうれしそうに流れ出る血を、喉を鳴らしながら飲んでくれた。

 が、コートの力ですぐに傷口がふさがってしまう。

 名残惜しそうに傷口を舐めてくれる。

 かわいい♡

「足りた?」

 コクコク。

 満足そうにうなずき、足元に寄り添ってくれた。

「それじゃあ、寝るけど。ネイトも寝といた方がいいよ。」

「………そうですね。おそらく、このコロニー内に敵は侵入できないでしょうし、中にいても状況を見られているでしょうから安心ですね。それでは寝ます。」

 そういって、離れたところにある日陰に入って休み始めた。

 足元ではゴロゴロと寝息を立てながらコスモスちゃんが寝ていた。

 まあ、寝るといったが実際は違う。

 次の一手を打たなければいけない。

 ゆっくりと通信をオンにして、目的の人物につなぐ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る