第2部 第2章

 僕がコロニー78の防衛局中央司令部に戻ると、すでに防衛局員たちは復旧準備に入っていた。

 ………姑息なことを思ってしまったのだが、もう少し時間をかけた方が勤務時間増えたのでは? と思ってしまった。緊迫した状況だったため、早く片付けないとバイト代がでないのでは? と焦ってしまったがゆえだ。

 「ミスったなあ………。」

 目的はヘリポートの運航だが、お小遣いがでるならやり方は変わってくる。

 そう画策していると、さっき話をした男が僕のところに来た。

 身なりはそれなりの物を羽織っているため、この防衛線の指揮を受け持っている人かな?と思ったため、最初に挨拶をしたわけだが………。

 「先ほどは助かりました。………えっと、紫苑さん?」

 「レグノさん………だったけ? いや、何か仕事の邪魔をしてすみません。」

 「え!? いえいえ! 我々は壊滅するところでしたよ!?」

 あの程度で壊滅………。

 このコロニーにはあまり優秀な局員がいないようだ。

 「このコロニーは隣接する国が、国家なのでそれなりの軍備があると考えていました。だから付随して優秀な人間がいると思っていましたが………違いましたか?」

 「確かに、隣国の脅威は常日頃からあります。でも、………メディアは我々の功績ではなく失態を書きます。例えば、亡命者を守りながらの防衛時、死者数が全体の4分の1に上った。軍部での過剰な火器装備、税を貪る泥棒、———といったふうに。だからみんな防衛局に入りませんよ。そうでなくても、が頻繁に起きる場所でもありますから。」

 よくある話であり、皮肉な話だ。

 それに人さらいが起きてるんだ。地上地区のみんなは、気が気じゃないだろうね。

 「実験室の子供たちは?」

 「それが俺たちです。ここにはもう俺たちしか防衛する人間はいません。」

 守るための牙なのに自分たちから抜くとは———。

 あれ? 今考えれば、うちのコロニーって確か、四乃宮家、剣崎家、ウェイン家、キルギス家の御用家がいた。そういった御用家によって情報統制がされ、コロニー内の治安を保つことができていたはずだ。

 「このコロニーには御用家はいないの?」

 「昔はまともな御用家がいたらしいです。今は腐りきった汚職現場ですね。」

 この人たちも苦労してるんだな。

 それに引き換え、御用家の中で匙加減の難しいバランサーの家に、バランスブレイカーの姉がいるとは………。

 ………逆に、何をするのかわからないからいいのかな?

 何をするのかわからない人ほど脅威だからなあ。

 ———結論、姉すごい。

 「話は変わりますが、しばらくここで待機しなければなりません。」

 「警戒のためですか?」

 「ええ。何が起きるかわからないのが戦場です。だから、俺とあなた、その他数人を残して半数は休憩・休息に入ります。先ほど確認しましたが、出動時間から84時間、ぶっ続けで戦闘を行っていたようです。さすがにみんな、限界がきてます。」

 うわ、ブラック企業みたいだな。

 そんな中で、人員のまとめ役を買っているこの人の人望は、それなりなのだろう。

 しかたない。ここは僕が受け持とう。

 「それなら、あなたたちも休んだ方がいいですよ? 見張りくらいなら僕、一人でできますから。」

 「はい? いやいや、この広大な防衛線を一人でカバーするのは不可能ですよ、ハハハ。」

 「? いつもやっていますが?」

 「はい? もしかして防衛線を単独で任された経験があるのですか?」

 「はい。」

 なんか不思議なことがあっただろうか。

 単独任務なんて常だ。

 誰かと組まされた任務なんて指の数程度だ。

 確かに、姉一号である真衣姉さん級の相手だったら救援が欲しいところだけど、逆に邪魔になることもあるのでやっぱり一人の方がやりやすい。

 あ、でも本物の姉一号が攻めてきたら終わりだわ。

 「と、ともかく、夜までここに待機しないといけません。夜営の準備を開始します!」

 まあ、力量判断はこの人に任せよう。

 「———了解。」

 そういって、ここの防衛局中央司令部から薪の調達、レーションの確保、最終防衛線でのライト設置など準備していた。

 僕は、バイトなんで、とりあえず指示に従って動いた。

 ………夜営の最中、を叩き潰しながら。

 そうこうしていると通信兵が僕のところに通信機を運んできてくれた。

 どうやらネイトが防衛局中央司令部内についたようだ。

 通信機を耳に当てると、

 『ご無事ですか? お怪我はありませんか?』

 と、いたわる声があった。

 そうだよね? 普通労わってくれるよね?

 うちのシスターズにも見習ってほしいわ。

 あと剣崎にも。

 うっ、目頭が熱い。

 『病み上がりなんですから、無茶はダメです。そうでなくてもこちらに運んだ時には、あばらの骨が2か所折れてましたし、体中の切創や火傷、金属片の摘出による外科手術も受けられているんです! 今、動くだけでも危ないんですからね? わかってます?』

 ………。

 小言多くない?

 心配されないのもそうだけど過剰に心配されるのも困りものだな。

 総じて、めんどくさーい。

 「大丈夫、肩慣らしと準備運動くらいしかしてないから。」

 『………とにかく、馬鹿な真似だけはやめてくださいね。』

 ひどい言われようだった。

 僕は、姉一号や剣崎と違って馬鹿ではないつもりだ。

 通信を終えると、周りの人たちがありえないものを見る目で僕を見ていた。

 「あれで、準備運動………。」

 「少なくても敵勢力、千はくだらないよな?」

 「ただの力技で………。」

 なんかここでも同じ職場臭がする。

 コロニー3では、会うたびにペコペコされて、道をすれ違うたびに逸れられ、あるいは通路沿いの道端によってお辞儀される。最終的に宴会の席でも孤立する。

 ここでもそんな未来は嫌だ!

 僕だって、普通に接してほしい!

 ———あ、でもコミュ障だから無理だわ。

 「あ、あのそういえばお名前を窺っていませんでした。教えていただけますか?」

 知らない隊員から声が上がり一同気になるのか、準備が終わった人たちが駆け寄ってきた。

 「あっ、えっと、紫苑です。」

 話す前に『あっ』、とか『えっと』とかいう自分のコミュ力の無さが際立ってしまう。もう家族以外で気を使わなくていいのごく少数しかいないので、見た目が締まりのない人柄になってしまう。

 あとそんなに好奇の目で見ないで。

 上がるから。

 「自分はデレクです。それで、その、紫苑さん? あ、あの出身はどちらですか?」

 「え、出身ですか? 前までコロニー3に居ましたが、訳あって離れています。」

 「コロニー3ですか!? あのの!?」

 あそこって魔窟って呼ばれてたの!?

 初知りなんだけど。

 住んでるのにそんな呼び名ついていたとは………。

 「ということは、『二つ名(ネームド)』にもあったことがあるんじゃないですか!?」

 『二つ名(ネームド)』ねえ………。

 発表されるときに眠っていたな………。

 それに僕には関係ないことだし。

 そんな僕の反応を見ていないのか、期待の眼差しを向けてきた。

 「現存するコロニーの中で最も『二つ名(ネームド)』が多いコロニーが紫苑さんが住んでいたコロニー3です!」

 なんで現地人じゃない人から教わってるんだ? 確かにそういう格付けみたいなのが嫌で聞いてなったけど。

 発表中、寝てたけど!

 「あんまり興味なかったからなあ、まじめに聞いてなかったよ。」

 「え!?」

 またより一層壁が分厚くなった気がする。

 そりゃあ、そうだよね。

 たしか『二つ名(ネームド)』って、一人いたら平均的なコロニー一つと同等の火力を持っているって言われてたはず。

 だから、味方の鼓舞の意味もあったはず。

 そんなこと言われてもずっと単身で待機させられてたから興味のきょの字もわかない。

 中二病はうずくけどね!

 というか、さっきまで二人しかいなかったのに今では、ここを防衛する人たち全員が輪となって集まっていた。

 「コロニー3といえば、確か剣崎家の当主が『個人の群衆(レギオン)』の名前を持ってましたね。それでいて防衛局のトップ。でも、今回、いろいろトラブルがあったみたいで辞任されたらしいです。」

 ニュースが見れなかったのでこれは進展。

 というか、辞任ねえ。

 真衣姉さんが、剣崎家の邸宅の破壊を進んで行きそうだ。

 それに剣崎最高司令は、元々前線に出ない。昔、四乃宮家との対立から片腕片脚を失っているから戦闘ができないのだ。………でも、あの人を見る限り元々が臆病だから前線に立たない、といった方が自然な気がする。

 「それから四乃宮家の当主、四乃宮真衣さんが『死神(ハデス)』で知られていますね。そもそもが規格外! かの英雄『蒐集家(コレクター)』甲斐田悠一氏と『抽象具現(エクスプレッサー)』四乃宮静氏のご息女だとか………。敵として対面したら死ぬと言われていますね!」

 真衣姉さん、怪物ですってよ?

 プププ!

 もっとお淑やかにしないと彼氏に振られますよ?

 これは帰ったときに、いじるネタとして取っておこう♪。

 「四乃宮さんの伝説が、機装国家シリウスまで遠征に行ったときに『英雄(ヒーローズ)』に魔法を使わず、三人の相手を素手で殴り続けたって逸話もあります!」

 ………みんなさっきまでの落ち込んだテンションじゃなくなったのはいいけどさ、身内の恥ずかしい話を暴露するのは勘弁して。

 ———確かに実話だけど。

 とりあえずフォローしておくか。真衣姉さんが哀れだ。

 「それだけど、わざわざ遠出して救援依頼をしにきたら、舐めた口を利かれるし、立場の説明、罵り文句、挙句の果てに『お前の家族はろくでもないんだろ?』とか言われたらしいんだよね。———四乃宮家にとって最も重要に思っている『家族』への暴言をあの人は許しはしないよ? 言った本人たちは、無残な姿で死亡。止めに入った『英雄(ヒーローズ)』も重症。その後、救援依頼を出した機装国家シリウスから正式な謝罪文が届いたものの破り捨てて、今後一切の救援行為は行わないと表明したって聞いたよ。」

 「マジっすか!?」

 一同驚いていたけど、うちでは日常だから何とも言えない。確かそれ以降、僕の方に仕事が流れてきたけど、めんどくさいから全部、北条に回していた。遠征時は遠征補助金と依頼完了時にもらえる支援金が結構いい値段だったため、北条は喜んでた。それに何か問題が発生しても北条の機体に搭載している座標信号からすぐ現場に直行できるから問題ない。僕の都合であいつが死ぬのは見たくないからね。

 「やはり、聞くだけでも四乃宮のご令嬢は苛烈ですね。『英雄(ヒーローズ)』はシリウス独自のシステムですが、実力は『二つ名(ネームド)』には及ばないものの、二人いれば同等と言われているのに………。それさえ寄せ付けない絶対的な力、無慈悲な暴力。さらに、死者の力さえ使うと言われている。まさに『死神(ハデス)』と呼ぶのにふさわしいです。」

 いや、ただのバカだと思います。

 この前も焼きそば事件起こしたし、メイドに下剤盛られてたし———。

 ここの人たちが真衣姉さんを尊敬しているのはわかるよ?

 というか、真衣姉さんの場合、世界の『二つ名(ネームド)』のピンからキリの中でも上位に位置する存在のはずだ。

 だから既存の『二つ名(ネームド)』と一緒に考えるのはご法度だ。

 渡り合うことができるのは、メイドのシュガーと理奈姉さんくらいだろう。

「それとは別に、四乃宮家で隠れて働いているメイドはご令嬢以上の脅威ともいわれていますな。」

 それは本当です。

 毎回姉が投げられたり、吹っ飛ばされたり、追いかけ回されてる姿見てるし。

「名前までは知りませんが、『超克者』と言われているとか。旧式の武器を好んで使い、常識外れの機動力、忍耐力、破壊力を持っていることから畏敬の念を込めて言われているとか。さらに魔法を使っているのを見た人がいないとも………。」

 シュガーって、昔、防衛局に所属していたらしいけど『二つ名(ネームド)』なんだ………。初めて知ったなあ。

 確かに強いし、怖いし、心を読んでくるし、怖いし!

 大事なことなんで二度言いました!

 でもシュガーの二つ名が『超越者』か………。

 『冥土』と書いてメイドって呼んだほうが、らしいと思うけど。

「『超克者』もそうだが、『クリエイター』もすごいと聞いています! なんでも、特異的な空間に引き込まれたら、二度と生きて帰ることはできないと言われています。」

 それって、理奈姉さんのお母さんのことかな?

 すでに故人だけど、それもカウントするんだ。

 でも、確か理奈姉さんのお母さんの能力は理奈姉さんと同じだったような………。

 ———まあいいや。

 聞きかじった内容だけでも、すごい能力だってわかるし。

「確かに。しかもその空間のルールは『クリエイター』が毎回状況に合わせて決めるため、常にランダムで解除条件を見つけることになります。だから生きて出ることはほぼ不可能とされています。」

 確かに。

 あれ難しいんだよね~。

 理奈姉さんが、実際に僕を閉じ込めるために時々仕掛けてくる。

 けど、攻略法は存在する。

 一つ目、お題をそのままクリアする。

 二つ目、術者自身を強引に倒す。

 三つ目、空間展開前に別な空間で上書きする。

 この三つくらいが正規の攻略法かな。

 でも、一つ目は無理難題だから希望的観測並みの成功率になる。

 二つ目は、術者自身をねらうことだけど、お題の裏をかいたことをしなければ術者は目の前に姿を現すことはない。

 だから不可能だ。

 故に三つ目が現実的かな。

 そもそもそんな空間を作らせなければいい。

 だから毎回逃げるとき、めちゃくちゃなダミー空間をぶつけて逃げる、もしくは次元を移動して空間から脱出していた。

 捕まると切り刻まれるんだもん。

 理奈姉さんのリョナ性癖に巻き込まれるなんて御免だね。

 でも時々、理奈姉さんの精神が不安定になるときがあるから、しかたなく捕まってあげるときもある。

「さらにあと一人いるんですが………。」

 え? まだいたの?

 他に強い人なんて知らないけど………。

「情報がないんですよ………。」

「何それ?」

 情報がなければわからないし特定できない。

 そもそも僕が強いなあ、と思える人はもういないし。

「あまりにも情報がないことから『ブラックボックス』と呼ばれています。魔法の系統もよくわからないとか、見たら死ぬとか、災害のような被害を引き起こすとか。一方で慈悲深く、庇護下に入れば元敵対者でも受け入れるとか。」

 そんな奴いるか? 聞いたことないし。

 それに見たら死ぬって、バジリスクの邪眼じゃないんだから………。

 噂に尾ひれがついたのかな?

「存在は確認されてるんですよ。以前その『ブラックボックス』がこのコロニー78にきて助けてくれたことがあったらしく、公的な記録が残っています。ただ、当時は『佐藤太郎』と名乗ったらしく、登録名簿にそんな名前はなかったので偽名だと判断されました。」

 そんな安直な名前使うやつがいるとは、びっくりだな。

「あったら、一度でいいからお礼を言いたいけどね。」

 そう、レグノが言うと一同が頷いた。

「なんで?」

 そんな心酔するほどのことがあったのか?

「それりゃあ、自分たちのコロニーを守ってくれましたから。昔、ひどい戦線でさらに継続的な戦闘で負傷して役に立たなかった俺たちは戦場で血を吐きながら倒れていたんです。そこに誰かが近づいて来て、『これで終わりだ』、と思っていたら気が付いたときに病院にいたんですよ。確か、掴まれて投げられた記憶はあったんですよ。だけど、急に風景が変わって病院にいたんです。」

 へー。そんなことあったんだ。大変な思いしてるんだなあ。

「それが、俺一人だったら夢と思ったんですが、同じ体験をしたのがコロニー78の防衛局に沢山いたんですよ。みんな同じことを言うんです。『いつの間にか病院にいた』って。」

「俺たちは、いつの日かお礼を言いたいんです。だから紫苑さんが何か知っていれば、と思ったんです。」

 ———いい話だなあ。

 こんな職場につきたかったなあ。

 僕の周りは感謝どころか当然、と言わんばかりの人たちだから労いが欲しいよ。

 ………過去にこっちに誰が来たか、経歴をたどれば誰かわかるかな。

「気が向いたら、探してみます。」

「お願いします。ただ一言、ありがとうとお伝えしたいので。」

「まあ、お酒とか宴会が好きなら開かせてもらいたいところだけどねえ。」

 ———マジでいい人たち。

 僕のコロニーもやさしさで満たしてほしい。

 ところで、だ。

「お話もいいけど、夜の対応ならほんとに僕一人で大丈夫ですよ。皆さん、寝てください。」

「しかし………。」

「すでに、警報装置も再設置されてます。異常があれば鳴ります。その時に起きれば大丈夫ですよ。それに、寝れるときに寝ないと、判断能力が鈍って必要なときに対応できなくなりますよ?」

 聞いた話じゃ、すでに活動限界時間は過ぎている。丸一日寝ていてもおかしくない疲労がたまっているはずだ。

 それに………。

 「少し気になることがあるんで、第一防衛ラインの前線まで行ってきます。なので、通信機をお借りしますね。これで何かあればすぐに駆け付けますので。それとライトお借りしますね?」

 有無を言わさず、通信機と携帯用ライトをもって前線に向かう。

 喉元に発生用のマイクを仕込み、起動状態にする。

 「バイトの紫苑です。通信感度大丈夫ですか?」

 『こちら、オペレータ。問題なく通信できています。』

 「了解。」

 確信が持てなかったので現地の調査をしに来てるわけだが………。

 「少し、聞きたいことがあります。」

 『何でしょうか?』

 「コロニーの襲撃時に人や人形に爆弾が付いていたといっていましたが、戦闘員の戦闘服には防御機構の障壁は張られていましたか?」

 『? はい、全戦闘員の戦闘服は自動で障壁が張られる汎用性戦闘服です。ましてや今回、爆弾持ちの情報がありましたので。』

 「だけど、実際にはうまく機能しているようには思えませんでしたが?」

 『言われてみれば、異常ですね………。通常の爆発物で障壁を張った隊員を死傷させるだけの火力はないはずです。』

 やっぱり。

 であればおかしいのは爆弾の方だ。

 人形の残骸があちこちに散乱しており、その一体を手に取ってみる。

 すでに暗がりになっていたので、口に小型ライトを咥えて調べてみる。

 胸部の爆発物があったとされる開口部が残されているものの人形のすべてが消し飛ぶ火力までは残っていないことがわかる。

 が、見ていくと爆発箇所にキラキラと金属片が混ざっているのが見える。

 「オペレータ、聞いてほしいことがあるんだけど。」

 『何でしょうか?』

 「今度から避難民の受け入れやめた方がいいと思いますよ?」

 『なぜですか!? 彼らは逃げてきたのですよ? それを保護するのも我々の任務です!』

 「今回の戦闘、避難民に紛れて自爆テロを起こされましたよね? 混戦した状態で戦線が後退してたのでは?」

 『………。』

 「使われていた爆弾は障壁妨害性を有したものだと仮定できます。現に爆発火力はそうでもないのに死傷者が出ているのはそのためですね。今、見ていますけど、人形内部に特定の発光性を有した金属片を確認しています。つまり対魔法師専用の特化型爆弾が使用されています。」

 約一週間前にも同じものを見ているからわかる。

 今、この爆弾が闇の市場で出回っているのであれば、これは大変なことになる。

 『………わかりました。司令官に報告し、指示を仰ぎます。』

 「お願いします。僕はこれから、さっきからちょっかいをかけている人を懲らしめに行ってきます。通信終了。」

 『え!? ちょ―。』

 通信を無理やり切って場所を移す。

 さっきから、ちょろちょろ防衛線の手前に僕が展開していた結界に、爆弾で爆破してくる人がいるのだ。

 中継区は潰したものの残党がいるのは確実だと思って予防線を張っておいたが、こうもうまく引っかかってくれるとは………。

 次元の扉を開くと目標はすぐに確認できた。

 現場では、10人くらいが立ち往生していた。

 なるべく気配を消して後方から見ていたがなんだか慌てているように見える。

 少し耳を傾けてみると、

 「くそっ、なんなんだこれは!? 新規の爆薬でも破壊できないなんてどうなってるんだ?」

 「もうすぐ、爆薬が底をつきます。」

 「中継点をつぶされたので、早めの撤退を………。」

 「ここで、撤退してもこの結界の対抗手段を見つけないと次の襲撃時に無駄足を踏むことになる! それではこちらが一方的に不利になるのだぞ!?」

 あらあら、残党兵の皆さん、粘るねえ。

 ———無駄なのに。

 今回の爆弾が多重金属製の対魔法結界を破壊することを目的としたものであることはわかったから、結界に設定を設けていた。

 有機物は反射、無機物は次元空間に吸収、爆発のエネルギーは障壁の維持エネルギーに変換するように変えた。そのため僕が出す魔力量はそんなに多くないので、長時間張っていられる。また爆弾で爆破しようものなら逆にエネルギー変換されて、より強固強靭になり僕が魔力を送らなくて、長時間展開されることになる。

 もしこの網目を潜り抜けたいなら光学兵器を使用すればいい。光は透過するようにしている。

 まあ、教えはしないけど。

 それじゃあ、一仕事しますかね。

 「はいはい、こんにちは皆さん。」

 声をかけるとみんな一同にぎょっとした顔になった。

 「索敵はどうした!?」

 「気配がまるでありません!」

 「突然現れました!」

 そんな驚かなくても………。

 「こんな夜更けにどうしたんですか? 迷子ですか?」

 ここで引き下がってくれれば別にいいけど。

 「生かしておくな! 殺せ!」

 ………まあ、そうなるよね。

 一斉に戦闘態勢になるけど、動きはまるで素人だ。

 素手相手ならナイフを持った自分たちが有利だと思っているくらいに。

 一人相手に複数いれば大丈夫と思っている節がある。

 昔もそうだったけど、この人たち相手だと悲しくなるなあ。

 歯向かってくるなら容赦はしないけど———。

 弱すぎてこれから死ぬこともわからない相手だと哀れでならないなあ。

 「はあ。」

 仕方ない。

 今回は真衣姉さん式で行くか。

 持っていた、ハルバートを地面に突き刺して相手に向かっていく。

 「なんの―——。」

 相手の言葉を待たずに、

 「パンチ。」

 言葉と一緒に、拳を相手の顔面に向けて打ち出す。

 それだけで、トマトがはじけたように肉片と血、脳漿がまき散らされる。

 「ひっ!」

 その光景を見て、彼らから悲鳴が聞こえる。

 逃がしてもいいけど、チャンスはもう与えたんだ。

 自分で選んだ結末は受け入れてもらうとしよう。

 動けなくなっているテロリストの一人に、

 「キック。」

 を繰り出した。

 それにより、体の上体と下体が切り離され血液と内容物が飛び散った。

 「いっ、一体なんなんだ!?」

 驚嘆の声を聞いて哀れみがさらに増す。その間に逃げればいいのにと毎回思う。

 全員パンチとかキックをするは、めんどくさい。

 ………それと気になる反応が向こうからするのだ。

 じゃあ、

 「みんな元気そうだね。じゃあ、も元気ってことだ。」

 「は?」

 何を言っているのかわからないといった顔をしているが、やることは決まっている。

 そして君たちが死ぬことも決まっている。

 一気に走り抜け合間を縫うように移動していき、目的の物を回収していく。

 「瞬間的に心臓がなくても人は生きていけるんだね。」

 そういって、自分の手のうちに7個の元気な心臓が蠢いていた。

 「え?」

 騒然とする中、みんな一様に自分の胸に視線を落とす。

 何もない空洞の胸の内を。

 そして、を残し悲鳴すら上げられずに倒れていく。

 さて、

 「心臓は筋肉質だから、歯ごたえがあってうまいんだよなあ。」

 思わず、本音が漏れる。

 ちょうどお腹が空いていたところだったからが調達できてうれしい限りだ。

 それに苦労したかいもあり、いい食材が手に入った。

 戻ったら焼き肉のタレがないか、聞いてみよう。

 「お前、まさか………。」

 あれ、心臓を抜き取ったのにまだ意識があるんだ。

 まあそうだよね、即死ってわけじゃないし。

 ショック死はするけど。

 「10年前の………。」

 そういって、今度こそ力尽きた様子で息絶えた。

 「うーん、何だったんだろう? 確かに10年前くらいにこっちには来てたけど………。」

 さて残った一人の首元を掴みながら引きずっていく。

 「は、離してくれ! た、頼む!頼むから!」

 「もう少ししたら離してあげるよ。」

 自分には耐精神防御のために強固に障壁を張る。

 次元のつなぎ目をくぐり、気配のする方にいく。

 「やっぱり、こっちにいるね!」

 それに、

 「あ、あああ、ああ、ああ。」

 連れてきた男の表情がグルグル暗転を繰り返している。

 ビンゴ。

 これはにありつけるな。

 そして軽く男を目の前に放り投げ、

 「ほら、行ってもいいよ?」

 「え? あ、ああ。」

 訳が分からない顔をしているが、こっちとしては釣りをしている気分だ。

 「あ、ああああ、あははははははははは!」

 無我夢中で走り出し、もはや高揚感に包まれた顔をしている。

 あそこらへんだな。

 狙いをつけた瞬間に地面が動いた。

 突如、地面が隆起し、男の脚下から巨大な白い口が開いた状態で飛び出し、見事に男を丸呑みにした。

 【ホワイトカラー】サンドサウル。

 普段は砂漠の地面下で休眠しているが、常に精神異常をきたす魔法が広範囲にわたって張られており、半径500mに入ると猛烈な不安感、疎外感、劣等感等に苛まれる。

 が、中心に近づくにつれ逆に高揚感に変わってくる。

 その異常なまでの変わりように気が付ければ少なくとも原因がサンドサウルだと断定でき、逃げることができる。

 逆に知らないで中心に行くと、パックリっと食べられるわけだ。

 なぜ、僕が何ともないのかというと前もって自分に被膜する形で魔法障壁の強固な皮を張っていたためだ。

 そうこうしている間に、また地面に潜り始めた。

 「あ、やべっ。」

 そう思い、魔法で入口と出口をサンドサウルの首元に作る。あとは、簡単だ。

 指を鳴らすのと同時に入口と出口を同時に閉める。

 すると、輪ゴムが弾けたようにサンドサウルの首が弾けた。

 一瞬の絶命。

 サンドサウルからしたら何が起きたのかわからないはずだ。

 食べるために出てきたら食べられることになるとは。

 「この後が楽しみだなあ。」

 そういって、サンドサウルを次元の入り口に押し込んで収納する。

 収納する傍らで、食べさせた男を見つけた。全身に噛み傷があり、腕の骨が折れているのかあらぬ方に曲がっている。

 そして何より気になったのが、男の足に噛みついている幼いサンドサウルがいたことだ。体内から出てきたことを考えれば、まだ幼体なのだろう。

 へー。サンドサウルスって、体内で幼体を育てるんだ。

 生態系の神秘だ。

 僕に気が付いたのかこちらの方を向くと、鼻の部位で僕の匂いを嗅いだ後、男を離し、深々と頭を下げてお座りのポーズをとった。

 何をしてるんだ?

 「もしかして服従のポーズか?」

 コクコク。

 頷いている。

 「言ってることがわかるのか?」

 コクコク。

 確認のためにやってみるか。

 「一回、回ってワンと鳴いてみて。」

 すると、体長約1mの体を回して、

 「ガウ。」

 と、鳴いた。

 おお、意思疎通できる。

 なら、生かしておいてもいいか。

 「これからどうしたい?」

 そういうと、

 「ガウガウ。」

 と、言って僕の脚に頭をこすり付けてきた。

 「一緒に行きたいってこと?」

 「ガウ。」

 といってもなあ。どうすればいいんだろう。

 飼うにしてもスペースが………あるわ。

 「この空間で生活してもらってもいいか?」

 そういって、次元の空間を開く。

 「ガウ。」

 大丈夫、と。

 ならいいか。

 さっき手に入れたもそれなりにあるし、いいか。

 あ、あと。

 「そこの男食べていいよ。」

 「ガウガウ。」

 この男は親に食べられ、子供に貪られるとは、ご愁傷様。

 ガリガリと骨すら食べつくす勢いで貪っている。

 それにしても利口なサンドサウルだな。

 話をすることはできないがこちらの意図を読み取ることができるとは。

 特殊な個体なのか?

 まあいいや、とりあえず名前でも決めるか。

 「名前は、なにがいい?」

 男を食べ終わったサンドサウルスの幼体がまた伏せの状態で傍らにより沿ったので聞いてみた。

 「ガ、ガウガウ。」

 わからん。多分かっこいいやつとか言ってるのだろう。

 「じゃあ、ガウちゃんで。」

 「ガーン。」

 いま、明らかにショックを受けたような声だったな!?

 そんな口でどうやって発音したんだ?

 大体にしてネーミングセンスなんて求めないでくれ。

 はっ! ネイトから言われていた、花の名前に間違いはない説を信じよう。

 かといって、花の種類なんてそんな知らんぞ!?

 今こそ頭をフル回転するんだ。

 たしか、シュガーの部屋に世界の景色や、風景写真、秘境の特集を組んだ雑誌が置かれていた。その中に、花の写真があったはず………。

 はっ、これだ!

 「コスモスなんてどうだ?」

 「………ガウ。」

 良きとの回答だろう。

 こうやって意思疎通に難なくできるようになったのはあの親子のおかげだろう。

 「それじゃあ、こっちの空間に入ってもらえる?」

 そう言って、次元の入り口を開く。

 「ガウ。」

 素直に入ってくれた。

 あ、言い忘れていた。

 「その精神異常系の魔法は僕が許可を出すまで禁止ね。」

 「ガウ。」

 ええ子や。

 ご褒美に、さっき取ったばかりの7個の心臓を与えた。

 すると、喜んで食べていた。

 さて、癒しのペットができたことだし本職に戻りますか。

 次元のゲートを通って、元の場所に戻り、彼らの装備品を調べていく。

 その中に、未爆発の爆弾があった。

 「………なるほどね。」

 それを見て声が出てしまう。

 確かに脳裏にちらついていたものだが、受け止めにくいものであった。

 粗方調べ終ったので、かたっぱしから死体を次元の空間に放りこんでいく。

 「食べていいよ。」

 中から、喜びの声と貪る音が聞こえた気がした。




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