第2部 第1章

 朝。

 起きるとまだ体にヒリヒリとした火傷の後遺症が残っていた。

 しかし、初期に比べると大分マシになってきた。

 ここにきてから、すでに一週間を過ぎようとしていた。

 意識を取り戻したのが4日前だ。

 すぐに出ようとしたがネイトに説得させられ、今は体の調整をしているところだ。

 あれからコロニー3の情報がないので現状を知るすべがないために、焦っていてるところがある。しかし、焦っていてもどうにかなる問題ではない。

 何より、敵の基地が目の前にあったとしても無策で突っ込むようなものだ。

 昔、姉二号と将棋をやっているときに安めの駒で大物を仕留められるほど愚かしいことはないと教わった。

 つまり、状況を見ずに突っ込むのは愚の骨頂ということだ。

 そのため、体の回復を待つことにした。

 毎日、定期的に魔力を循環させ、治癒力を高めている。

 こういった時に、戦闘服が恋しくなる。

 確か、洗濯で四乃宮邸の洗濯籠に入れたが、その後はわからない。

 もしかしたら、シュガーが畳んで自室のベッドの上に置いているかもしれないが、予想が外れる場合がある。

 それになるべく、今は生きていることを悟られたくない。

 今回の襲撃は完全にこちらの動きが漏れていた。

 つまりがいることを示唆していた。

 そのため僕は死んでいることにした方が、相手の意表を突くのに適している。

 それに僕の魔法を使うにも、飛ぶべきコロニーの座標を知らないと意味がない。

 さらに間の悪いことに宗教国家が攻めてきているとのことだ。

 そのためコロニー間でのヘリポートの運航が停止している状況だ。

 すぐに戻りたいが問題が多すぎる。

 こんな時は、焦っていても仕方がない。

 問題を一つ一つ解決する。

 それが近道だ。

 「ネイト、コロニー78の人と連絡はとれる? しばらく、お金を貯めるために防衛局でバイトしたい奴がいる、って。」

 「私は博愛主義ですので、知り合いは多いです。しかし、よろしいのですか? 今回のイザコザに巻き込まれる形になりますよ?」

 「しかたないよ。ヘリポートの運航を再開してもらいたいし。」

 「わかりました。あ、それと名前をどうしますか? 偽名を使用しますか?」

 確かに。

 公には僕は死んだことになっているのだろう。

 生存情報が入ればコロニー間で通達され、いずれはコロニー3に伝わってしまう。

 それはまずい。

 ここで気をつかってくれるあたり、さすがネイトだ。

 「じゃあ、佐藤太郎で。」

 「………相変わらず、ネーミングセンスないですね? そこはありそうで無い名前が無難だと思いますが。」

 自分のネーミングセンスの無さは育てのメイド譲りですぅ。

 気にしないでほしい。

 「じゃあ、例を挙げてくれよ。」

 「星野きらら、で。」

 いや、お前もネーミングセンスないじゃないか。

 ただ、うん。………ここはオブラートに言っておこう。

 「………名前がキラキラだからダメ。潜入中だから、目立たないようにしないとおかしいだろ?」

 「所詮、名前程度ですし………。」

 「その程度で僕たちは悩まされているんだけどな。」

 おかしい。

 ネイトってこんな感じだっけ?

 もっと賢いイメージがあったのに剣崎と同じポンコツ感を感じる。

 でも、回転の良さは圧倒的にネイトの方がいい。

 それはわかる。

 だって拳で語ってこないから。

 「いま、私を比較しようもない馬鹿と比べましたか? 例え博愛主義でも看過できないことはあります。」

 みんな、僕の感情が読めるみたいだ。

 どうしてだろうか。

 もしかしてエスパーの才能は必須の能力だったのか?

 「顔はすべてを語っています。つまり、読心術は顔から入るのがおススメかと。」

 なるほど、顔を見ればわかるのか。

 勉強になる。

 今度、姉たちの顔を見て心を読むように努力してみよう。

 で、名前はどうしようか。

 昔の映画俳優からとるか。

 「とりあえず、名前はステイサムでいくか。」

 「無理です。」

 即答で却下された。

 何故?

 「不死身の男の名前は偽名だとすぐばれるからです。」

 確かに、映画俳優からとりました。

 でも好きなものは好きなんだもん。

 かっこいい人はかっこいい。

 これが男心ってやつだ!

 「同様にブルース、ジャッキーもダメです。」

 ———先に候補から消された。

 「………名前って難しいな。」

 「当たり前です。今のご時世だと【二つ名(ネームド)】を持っている人からあやかろうとする場合もありますが、畏怖の対象なので気軽に使えません。」

 「二つ名ね。あるよねー、僕はごめんだけどね?」

 ネイト、そんな目で見ないで。

 まるで、僕が二つ名をもっているみたいじゃないか。

 まあ、僕が持っている名前は、廃課金者とか非モテ人間とかだ。

 「………まあ、おいておくとしましょう。」

 何だろう、まるで言いたいことを飲み込んだかのようなセリフは。

 あ、かっこいい名前があるじゃん!

 「ふっ! じゃあ、キアヌ、で。」

 「はっ! 寝言はイビキだけにしてください。」

 我が家のメイド並みのツッコミ!

 これもダメ、あれもダメ。

 なら映画の俳優名はなし。

 そこでふとメイドが最近、ガーデニング作業をしているのを思い出した。

 その中でも、色合いと名前の語呂が好きな花を思い出した。

 「うーん、じゃあ、紫苑で。」

 紫苑の花って、どことなく風情があって好きなんだよね。

 「花の名前ですか? いいんじゃないですか? ではそれで報告します。」

 そういって、部屋から出ていった。

 あとは、こちらの準備だ。

 戦闘の用意として、戦闘服と補助具をどうするか、だ。

 家に誰もいない時間帯を狙うか?

 おそらく、向こうも緊急事態で時間帯がずれているだろうし、あと捕まったら、めんどくさいし。

 補助具に関してもそうだ。

 どの時間帯での交代で勤務交代が行われているのか知るすべがない。

 ここは、有能なメイドに頼むのが先決だろう。

 おそらく、反省室送りになるだろうが四の五の言っていられない。

 通信機をシュガーに設定してコールする。

 いつもであればすぐ出てくれるが、今回は数十秒間の間をおいてから出てくれた。

 「あ、お疲れ様。シュガー、ちょっと頼みが………。」

 『どの面して連絡してきてるのでしょうか?』

 激おこモードだった。

 え、なんでそんな怒っているの!?

 これは不味い。

 非常にまずい。

 どのくらいまずいかというと、裏ボスってどんな感じだろうと思って気軽に行ったら万能全体攻撃を繰り出して9999のダメージを与えてくるエレベーターガール並みにまずい。

 いや、もしかしたら開幕3万ダメージをお通しで出してくるボス並みには優しいのかもしれない。こちらの出方次第だ。

 「………すみません。ほんとに。無事です。連絡が遅くなってごめんなさい。」

 出方ってどうすればいいの?

 もはや考えられる謝り方がすっぽりと抜けた感じだ。

 『………とりあえずは無事、なのですね?』

 おや?

 意外に溜飲が下がっている。

 これは、お咎め無しでしのげる。

 ラッキー!

 『帰ってきたら、生きてることを後悔させてあげます。』

 「それを、無事な人にいいます!?」

 どうやら、命からがら帰っても地獄が待ち構えているらしい。

 生き地獄とはこのことだ。

 『こちらの事情も鑑みてください。真衣様は、ほぼ毎日現場に出て陣頭指揮。およそ一週間お休みというものをとっていません。理奈様は、気落ちし、病院に運ばれほぼ寝たきりの状態になっております。そのカバーを私が行っている状況ですが、何か釈明がありますか?』

 「………ないです。」

 向こうは限界のようだ。

 でも、

 「死人は出てないんですね?」

 『私と会話している人以外は無事です。』

 「死んでませんって。」

 どうやら被害は最小に食い止められたらしい。

 体をはったかいがあった。

 『それで、通信してきたということは何か入用なのですね? 過重労働申請を出してもよろしいでしょうか?』

 「………その通りなんだけど、言いづらくなるからそれ以上責めないで。あとその申請は真衣姉さん宛で頼む。」

 『帰ってきたときに、一発殴らせて下されば。』

 「二度と帰ってくるなってこと!?」

 シュガーのマジパンチなんて死ねる。

 『私の拳が真っ赤に染まる。』

 おそらく頭部粉砕級だ。

 食らっただけで死ぬ。

 生きていたとしても一生ベッドの上で生活することになる。

 それだけはごめんだ。

 「………僕の給料3か月分振り込みますので何卒………。」

 『………まあ、いいでしょう。』

 グッバイ、通販サイト、そしてソシャゲー各社。

 ほしいものリストにしていたお買い得品とおそらく出るであろうハロウィンキャラは、しばらくお預けになりました。

 まてよ? 三カ月………。

 なんか重大なイベントを忘れてる気がする。

 頭に何か引っかかった気がしたが、シュガーからの通信で現実に引き戻された。

 『それで、緊急の用向きはなんですか?』

 「ああ、僕の戦闘服と補助具を部屋に置いておいてほしいんだ。」

 『わかりました。女性に重労働をさせますね。やはり一発考えておきます。』

 「ほんと、勘弁してください。」

 『あなたの補助具は、100キロを超すものですよ? その辺の枝ではありませんよ?』

 「———すいません。」

 『………何時までに用意すれば?』

 「明日の朝、5時までにほしいかな。」

 『わかりました。その他、入用なものはありますか?』

 「いや、無いよ。」

 『………お二方には連絡しますか?』

 「いや、死んだことにしておいて。」

 『どうしても、ですか?』

 心の中では、心配をかけさせたくないと思っていても現実は甘くない。

 一時の感情よりも、多くの大切な命を守らなければならない。

 「うん。今回の件、内通者がいるのは明白だし。僕は死んだことにしたほうが、相手のガード緩くなるからね。」

 『つまり、私の負担が重くなるわけですね?』

 「………ごめんなさい。」

 もう、返す言葉もない。

 いっそ身代わりの術とか影分身の術とか習得しておくべきだったか?

 『わかりました。ですが………。』

 「う、うん?」

 なんだ、すごくプレッシャーがかかる。

 『帰ってきたときのお二方からの攻めは一切カバーしませんので。』

 死んだ。

 どうあがいても地獄を見ることになる。

 ———帰りたくなくなってきた。

 僕よりあの二人に拷問に近いことをさせられると思うと、今から胃がキリキリし始めた。

 「………生きていても地獄。死んでも地獄とは。つらくて涙が出るね。」

 『馬鹿な事を言いますね。………残された人の方が地獄です。その人の意思を継いで罪に侵されながら生き続けなければならないのですから。』

 おそらくシュガーの自論だ。

 言葉の重みが感じ取れた。

 それだけつらい中、生きてきた証なのだろう。

 「それじゃあ、罪を重ねながら生き抜きますかね。それにこのまま何もしなかったらそれこそ死者に申し訳ないし。」

 『私にも申し訳ないと思ってください。デットマン。』

 「う、うん。」

 『給料三か月分の札束で殴りますので楽しみに待っていてください。』

 楽しんでる?

 愉悦が混じってる気がするぞ?

 『まあ、お二方に叩きのめされる姿を想像しながら楽しみにしています。』

 「………帰りたくない。」

 『それではお待ちしています。』

 そういって、一方的に切られた。

 ………。

 まあ、多分大丈夫だろう。

 あとは、ネイトの調整が完了したらバイトの時間を聞いて出勤するのみだ。

 まあ、あとはこっちの都合次第位だが。

 約束の時間まで、体を休ませるため横になり目を閉じる。




 外の暗闇に光が射しこみ始めたころ、時計を見る。

 定刻の時間を過ぎたので体を起こす。

 自分の部屋座標に次元の扉をつなぐ。

 一週間ぶりの部屋を見た。

 長い間、帰っていない錯覚に陥るが、実際には一週間くらいしか間が開いてないのを思うと自分がいかにこの家に愛着を思っていたのかがわかる。

 ベッドの上に目的の物が置いてあった。

 一つは戦闘服として、いつも使用している黒のロングコート型の軍服、二つ目は刃の部分を包帯でグルグル巻きにされているハルバート、そして置手紙があった。

 

 拝啓 馬鹿者

 こちらは、何とかしますのでお戻りをお待ちしております。


                         メイド

 

 どうやら、戻ってこなければさらに恨まれそうだ。

 これ以上、借金をしてはたまらない。

 だから、置手紙に返信をしておく。

 

 拝啓 優秀なメイド様

 善処します。


                        デッドマン

 

 いやね、格好つかないのはわかっているけど、今の自分は万全じゃないし、絶対の保証がない。

 だからこそ弱気な言葉になってしまう。

 だけど、嘘はつかない。これが僕の精一杯だ。

 テーブルの上には、その他にもコーヒー粉末が置かれていた。

 ご丁寧にパック上に入れてくれていた。

 これなら、お湯に入れるだけでいい。

 どうやら、持って行け、とのことらしい。

 シュガーは、ここ一番というときにコーヒーを入れてくれる。

 これがまた、リラックスできるし、おいしいのだ。

 まあ、ブラック派の僕はそのままいける。

 シュガー自身は砂糖派だ。

 ………まあ、ワーカーネームから丸わかりだ。

 姉たちは、ミルク派なので分かり合うことはないだろう。

 そこで、頭をよぎる顔があった。

 ………あの親子はどっち派なのだろうか。

 あの親子は助けなければならない。

 シュガーとの約束でもある。

 最後まで、助け合う。

 シュガーの言いつけ通り、助けたのであれば責任を取るべきだ。

 どんな結末が待っていようとも最後まで………。




 とりあえず、ここでの目的は達成した。

 家から出るために次元の扉を開いて、元の場所に戻る。

 久々に戦闘服のコートに片腕を通し、魔力を循環させる。

 すると、ヒリヒリしていた皮膚がみるみる元通りになっていく。

 その過程で強烈なかゆみが発生するが耐えるしかない。

 が、さすがになくなった腕は再生しない。

 あくまで再生力が上がるだけだ。

 トカゲのしっぽのように再生はしない。

 また片腕を失ったせいで、コートがずれてうまく着用できない。

 こう言った時のために、コートには自動調整機能が内蔵されている。

 この技術は、代々の四乃宮家の技術力に感謝したい。

 コート内に拘束バンドを付けて、体全体でコートを固定して腰ベルトを少しきつめに縛る。

 その状態でしばらく待つ。

 あとは、最適化をコート自身が勝手に始めるので、しばらく着たまま放置だ。

 そうしていると、コートが最適化のために蠢き始めた。自分の分身みたいなものだが………。

 「やっぱ、気持ちわるい。」

 勝手にもぞもぞ動くから、虫にでも這いまわっているようで嫌悪感がくる。

 そうこうしていると、最適化が終わったのかコートから不快感が消えた。

 見てみると左肩にかけて固定用の樹脂製ワイヤーが追加されており、動いても着崩れしないようになっている。しかもロック式ベルトのようになっている。

 取り外しが便利なのは非常に助かる。

 でも、この固定用金具はどこからでてきた?

 もはや何でもありか、四乃宮家。

 そしてタイミングよくドアをノックする音が聞こえた。

 ネイトが来たのだろう。

 「面接は無しで、ぶっつけで来てほしいとのことでした。」

 「どーゆうこと?」

 「おそらく、ずっと戦闘中のためだと思われます。」

 どうやら現場は芳しくないらしい。

 切迫しているから人員が少しでもほしいと見える。

 「何時に来てほしいって?」

 「今日、夕方5時だそうです。」

 「かなり状態が悪いみたいだね。」

 「そうですね。回線越しでもわかるくらいの慌てふためきようでした。」

 どうやら、コロニー78は今回の開戦でかなり疲弊しているようだ。それにしても………。

 「コロニー78の人たちはそんなに非力なのか?」

 「え?」

 「それとも、昔と比べて宗教都市のレベルが上がったのか?」

 「………それで言えば、前者も後者もあり得る話です。」

 そりゃあ、そうだよな。

 技術の推進はあるが、コロニー78は元々訳ありの人たちの集まりだ。

 コロニー78は、宗教都市アルカディアと隣接している。

 そのため常に緊張状態である。

 宗教都市は亜人種を認めない人類至上主義のもとのに成り立っている。故に、よく避難民の保護などをしている。例を挙げるのであれば、宗教都市に捕まった、あるいは拉致された亜人種のセーフティーネット。

 また亜人種を産んだ親子の脱国者支援などを展開している。

 そのため小競り合いが絶えない。

 コロニー側は、常に疲弊させられていく。

 逆に、アルカディア側はコロニー側が弱るのを待つだけでいい。

 さらに言えば、宗教の教えに基づいていれば何をしてもいい。

 「宗教なんて面倒くさいなあ。」

 「教義は元々人々が協力し合って生きていくように示した祭典だったらしいのですが、何回にもわたる改訂を経た結果、人類が亜人種の脅威から生きていくように書き換わったとされています。」

 いつの時代も、時を立つごとに解釈の取り方が変わり、原型がどのようにして生まれたのかわからなくなって暴走する。

 歴史的に見ても人類が繰り返し行ってきた罪の一つだ。

 しかもみんなの幸福を願って作られた経典であるはずなのに、みんなの不幸を生み出す元凶になるのだからいたたまれない。

 「とりあえず、ここからだと指定場所はどのくらいかかるの?」

 「歩いて2時間、といったところでしょうか。」

 「結構時間かかるね。」

 山林を進むとなれば、それなりの時間がかかるか………。

 「大丈夫です。車がありますから。」

 「それは助かる。」

 面倒な山歩きはしなくて済みそうだ。

 「それじゃあ、まだ時間の余裕があるわけだ。」

 「そうです。あ! では、私の研究でも聞きますか?」

 そういえば、ネイトが何を研究しているのか未だに知らないままだった。

 昔はかなりおとなしいイメージが強く、生きることのみに執着している感じだったが、何か吹っ切れた印象がある。

 それだけの生きがいを見出したのだろう。

 それとは別に気になることが別にあった。

 「あれ以来、目は正常に見えている?」

 「おかげさまで大丈夫です。」

 彼女の眼は特別だった。

 みんなは石化の魔眼というけれどそれは違う。

 正確には崩壊の魔眼だ。

 見られた対象の原子構造に作用して、結合崩壊を起こす。

 結果的に原型を保てなくなり崩れてしまうという特異な能力だ。

 当時、包帯で目を覆っている彼女に幼心から魔力の神経を伸ばして診察したところ、脳と眼球付近に魔力の瘤ができており、魔力回路に魔力を流していないのに勝手に発動する厄介な代物になっていた。

 だから、治療のために神経を通じて魔力の流れを操作した。

 両目から右目に流れるようにして、左目は普通に見えるように施した。

 いまだに魔力の流れにある魔力だまりの研究はされていない。

 そもそも魔眼事態珍しく、発症事例が極度に稀なところもある。

 正直、当時は理論とかもあったが、カンの部分がなかったと言えば嘘になる。

 そして、興味本位からとも言える。

 まあ、でもそれで治ったのだからいいじゃん?

 結局片目しか正常にすることができなかったのが心残りだが………。

 「片目しか、直すことができなかったから自分の未熟さを恥じるばかりだよ。」

 「いえいえ、私は感激のあまり夢見心地でした!」

 ほら、うれしそうにしてるからいいじゃん?

 実は失明の危険もあったなんていえないじゃん?

 「世界が色彩にあふれ、色豊な風景に祝福を得た気分でした。私は博愛主義なのでこの極彩色の世界を皆さんにもお伝えしたく、今まで勉強してきたしだいです。」

 あー、すごい過大評価だ。

 好奇心のためにやりましたとか言える雰囲気じゃない………。

 「まあ、あれから問題なく見れてるのであればいいじゃない? 本来であれば経過診断をしなければいけなかったから。」

 「大丈夫ですよ。それに、眼帯も作ってくれましたし。」

 彼女に渡した眼帯は、片目用だが両目に異常を感知したら、自動でもう一方の目も覆うようになっている。この眼帯は、コロニー78にあった戦闘服の応用で眼帯に彼女の皮膚、血液、髪の毛の練り混ぜたものだから目による影響を受けにくい。

 着眼点として、本人の瞼が健在なので、覆ってしまえば被害が出ないのは自明の理である。

 安心したところで、自分の成果を発表したいのかネイトはウズウズしていた。

 「それでは、本題の研究結果に入る前に事前のすり合わせをしたいと思います。」

 「うん。」

 「私は、現在【ホワイトカラー】の研究をしています。」

 へー、これはまた。珍しいものを題材にしている。

 「まず、現状【ホワイトカラー】は7種とされています。その中で、コロニーを襲撃するのはギュスターブ、ネクロイーター、グラビトン、ミラーマジック、ピグランドの5種が主ですね?」

 「そうだね。」

 「サンドサウルに関しては目撃例が少なく、砂の中に潜んでいるので基本的にわかりません。そしてザイカに関しては何もわかっていません。」

 「へー。」

 「ザイカは発見されていない【ホワイトカラー】のことを指します。」

 うーん、そうなのか?

 「ザイカに関しては観測できない【ホワイトカラー】を指すんじゃない?」

 「え?」

 「ザイカは、今から20年以上前にコロニー9の北地区で警報が鳴って、現場に人を送りながらモニターで観測していたところ、急に現場に派遣した人達が消え、モニターでも観測できなくなってしまった。それで指揮官は慌てて後続を送ったところ、全派遣者が無残に食い散らかされている姿があり、新種の【ホワイトカラー】ではないかと言われてるんだ。そのあと、コロニー9はすぐに【ホワイトカラー】の大量発生の波に負けて崩壊したから原因の究明はされてないんだ。ただ、急に50名全員がモニターから消える現象の説明がつかず、幻影を見せられたとして謎の【ホワイトカラー】としてザイカは今でも恐れられている、ってのが僕の聞いた話かな。」

 「なるほど、勉強になります。」

 「いや、古い記事だよ。それにこの20年間観測されていないよ。だから、抜けていても問題ないんじゃないかな?」

 「いえいえ、研究者ですから! あとそういったことを聞いたら知的好奇心が刺激されてわくわくします。」

 わくわく、ねえ。

 戦闘員としては死にたくないし、面倒ごとを持ち込まれたくないんだけどね。

 「では、改めまして。私が研究の対象にしているものですが、ギュスターブですね。」

 「ほーん。なぜ?」

 「まず、先ほど観測が難しい、あるいはできないものはおいておきます。ネクロイーターは、研究するにあたって事故が起きやすい個体です。彼らは、人の頭部に張り付き脳を捕食します。捕食した脳の代わりに体部位に伸びている神経系を操り、まだ生きているように見せ、次の個体に寄生する習性があるため断念しました。」

 ふーん、そうなんだ。

 「あのぶよぶよしたやつ?」

 「はい、ノミのように跳躍するあれです。」

 「あれ、火であぶるとうまいんだよね。」

 「はい?」

 勤務半年くらいの時だろうか。

 連続出動があり、昼食を食べ損ねてしまった時があった。

 そんなお腹が空いていた時に、警報が鳴った。

 見てみるとぴょんぴょん飛び跳ねる奇怪な姿の奴がいた。

 何だろうと思っていると、僕の顔面に取りつき目の前に細やかな牙が見えたので無理やり引きはがし取りついていた手をちぎって、投げ飛ばした。

 それで、警報は解除された。

 だが、空腹感は解除されなかった。

 そこで、うちのメイドの格言である『焼けばすべて食べ物』という言葉に従い、愛用しているハルバートで串刺しにして火で炙った。

 その時に、ぴぎゃー、ぴぎゃーと叫び声をあげていたのでかなり生命力が強い個体なんだなあ、と思った。

 実際に食べてみると、ホルモンに近い感じだった。

 あと、このぶよぶよしたところにタレが欲しかった。

 一連の話をしてあげたところ、かなりひきつった顔をしたネイトがいた。

 「………あれを、食べたんですか?」

 そんなありえない顔をしないでくれ。

 「うまかったぞ?」

 「まさか、他の【ホワイトカラー】は………。」

 「ギュスターブは結構いけるな。歯ごたえが筋肉質で鶏むねっぽい。あとグラビトンは、塩焼きにしたらいけるかもしれない。そのままだとまずかった。ミラーマジックは論外だったなあ。そもそも肉も脂肪も少なくて骨しかないようなものだし。あ、でもピグランドはうまかった! あれは豚肉だな。防衛局に塩コショウを持参して食費に困ったときに焼いて食べてた。とくにあいつら、かなりの大群で来るでしょ? だからなるべく傷つけないように、首元をスパって切って全部保管してたっけ。」

 いやあ、食費を削って生活しなきゃいけない時期があったから、すごく助かったんだよね。———主に、シュガーに給料を献上しなきゃいけなかったから。

 「………ここまで規格外だったとは。」

 「え?」

 どうしてそんなありえないようなものを見る目をむけるのか。

 「あれを食べようとはおもいませんよ? 普通。」

 「いや、あれうまいからね?」

 どうして信じられないようなものを見る目で言ってくるのか。

 「そもそも、【ホワイトカラー】の特徴の中に『組みつかれると使』という特性があるんですよ? よくネクロイーターを引きはがせましたね?」

 「うん? そうなの? 普段の戦闘で魔法は使わないからな。よくわからなかった。」

 「慢心ですよ? それ。」

 実際、今回の事件では慢心がなかったのかといえば、あった。

 何とかなるだろうと思ったから、軍服を着ていなかったし、補助具も取りに行かなった。

 「反省します………。」

 でも、美味かったものは仕方がない。

 そこは変えようもない事実だから。

 「………話を戻します。グラビトンに関しては周辺に超重力磁場を常に形成していることから、まず近づけません。そして、ミラーマジックは相対した相手の能力をコピーするので難易度が上がります。そして、先ほど激推ししていたピグランドですが、あれは群衆で押し寄せてくるので、死傷者を覚悟しなければなりません。その点を考慮すると、ギュスターブが一番無難です。あれはただ暴れるだけなので。」

 確かに、ギュスターブは暴れまわって、食い散らかすだけの巨人だ。対処方も簡単だ。

 一つ目がただ暴れさせていれば、いずれエネルギー切れを起こすのでそこを狙う消極的作戦。

 二つ目が各関節部を狙い拘束すること。

 三つ目は四肢を切り離すこと。

 その他にも方法があるが難易度が高いのでおそらく度外視しているはずだ。

 「それで、観察して何が分かった?」

 「結果を述べていると結構な量になるので割愛しますが、【ホワイトカラー】は新たな生命機構を持っています。端的に言って生殖行為をしません。」

 うん?

 おかしくない?

 「それなら、今いる個体はどこから来てるの? 唐突に発生してるわけでもないんだろう?」

 「こちらでも原初の個体はわかりませんが、ギュスターブたちを同一空間に滞在させても個体を増やそうとしないんですよ。が、お互いを認識しているのか、攻撃をしないのは見ていました。」

 謎だな………。

 「また、【ホワイトカラー】は体が反物質体で構成されているので、通常の物理攻撃は効きにくいことがわかっています。だから………。」

 え、効かないの?

 思いっきり今まで肉弾戦してたけど?

 「ああ………。ええ、昔から規格外と思っていましたが………ここまでだったとは………。」

 人を化け物みたいに言わないで。

 それにあいつら知能指数低いのか馬鹿正直に突っ込んで来るんだもん。蹴って殴って叩いたら動かなくなっただけだもん。

 「正直、私の研究テーマを根底から突き崩されています。あなたを研究したほうがいい気がしてきました。」

 そんなこと言われても。

 平凡な僕よりも、家のシスターズとか、メイドを研究したほうがいいと思うよ?

 メイド百裂拳とか、姉ボンバーとかで家が壊れていくのを何度もみたし。

 「私の研究が馬鹿らしく思えてきましたが続けます。前述を踏まえて【ホワイトカラー】との戦闘は魔法による砲撃戦が主流です。接近される前に倒すのがベストであり、組みつかれれば【死】なので組みつかれた人間ごと滅却も普通です。だからこそ防衛線での死傷者が最も多い原因が【ホワイトカラー】なんです。」

 へー。

 初知りである。

 タダの食べ物としか見ていなかったからそんな脅威があったなんて。

 「はあ。自分の研究がちんけなものに思えてなりません。」

 「そこで落胆されても………。」

 その時、ネイトが耳を抑えるようにして表情を変えた。

 おそらく魔法通信が入ったのだろう。

 魔法通信【ゼロシフト】は、遅延なく映像でも出力されるのですぐに連絡が取れる。実態は目薬によるナノマシンだ。

 また、声によるものではなく念話のようなもので話すため静かで情報が漏れることはない。

 ただ、僕はそれがあまり好きではない。

 これが目の中ですごいゴロゴロしてつけていると気持ち悪くなってくる。

 ほかの人達曰く、そんなに感じないと言っていたが、僕は無理だった。

 だから極力つけないようにして耳小骨振動のインカムを使用していた。

 いや、今も使用している。

 ただ勤務中はどうしても【ゼロシフト】をつけていたけど。

 通信をしているネイトの表情がどんどん険しくなっていく。

 通信を終了したのか耳に当てていた手を下した。

 「連絡が来ました。できれば今すぐにでも来てほしいとのことでした。」

 「トラブル?」

 「そうですね。本当にコロニー78が危ない状況みたいです。」

 それはまずい。

 ここが落とされるとヘリポートの算段が付かなくなる。

 「それなら、早くいくか。」

 「では、一緒に行きます。」

 「え? なんで?」

 「指定の場所の案内もありますが、私のを断たれるわけにはいきませんから。」

 確かに、ここでコロニーを墜とされるとコロニー郊外にあるこの家が成り立たなくなる。

 「わかった。」

 僕たちは、急いで乗車して目的地に向かった。

 道中、山林からコロニーを眺めることができる場所を見たがひどい有様だった。あちこちから硝煙が立ち上り、すでに最終防衛ラインであろう防衛局中央司令部付近まで煙が上っていた。

 つまり、切迫どころか陥落寸前を意味していた。

 「あらら、こりゃまずいかもね。」

 車を飛ばしてくれてはいるものの、この調子だと到着にあと二時間以上はかかるだろう。

 どう見ても陥落する。

 めんどうだな。

 「ちょっくら、先に現場に飛ぶわ。」

 「ここからですか?」

 「うん。」

 そういって、僕は空に駆け上がった。





 コロニーの防衛に自分が出動して何時間立っただろう。

 おそらく、3日間くらいだろうか。

 いや、一週間のような気もする。

 防衛線最終ラインは突破され、すでに防衛局中央司令部を背にしている。


 ———すでに陥落状態である。


 こうなったのも、向こうの敵勢力が民間人相手に爆弾を括りつけ特攻をかけてきたからだ。

 もともと、コロニー78の防衛局員は少ない。

 そんな中で、特攻をかけられ、70名近くが重症。死傷者は40名に上っている。

 これが第一陣の顛末だ。

 すでに第三陣が同様の結果となっており、動ける人員はもう100名程度となっている。さらに追い打ちをかけるように敵陣営がまた最大火力で砲撃を開始し始め、自分たちは防戦一方に持ち込まれ、じりじりとさらに人数を減らされている状況だった。

 最悪なことに、現在遠方から人形部隊が見え始めた。

 その胸に民間人につけられていた爆弾を装着して。

 その数500。

 この人数ではとても耐えることができない。

 いつの間にか魔法による砲撃が止んだのと時を同じくして、人形部隊が走り出し、こちらに一気に走り出してきた。

 「司令部、こちらもう限界です! 前方からの人形部隊に耐えることはできません!」

 『すでに、動ける人員はそこいる人で最後だ! すまない。』

 もう、縋るものすらない。

 「………カミさんに遺言くらい残して逝きたかった。」

 『わしもだ』

 腹はくくったつもりだったが、こうなると名残惜しさともどかしさで泣けてくる。

 これで終わりなのか、と。

 しかし、その思いはあっけなく崩れた。

 別な意味で。

 空から轟音と共に飛来してきた得体のしれないものが人形を衝撃と共に吹き飛ばしたのだ。

 その飛来してきた人物は、こちらを心配そうに見ていた。

 「こんにちわー。大丈夫?」

 そんな呑気な声とふわっとした物腰にあっけにとられた。

 黒いコート姿に隻腕の男だ。

 そして肩にはスマートな体系に似合わない厳つい斧を担いでいた。

 そんな彼が、急に俺を見て言ってきた。

 「あ、君。名前は?」

 「え? え、えっとレグノです。」

 「レグノ君ね。司令部にいる当直長につないでくれない? これからバイトが入るんで、タイムカード押しといてください、って。」

 「は?」

 「それ押してくれないと助けられませんよ?」

 「わ、わかった。」

 すぐに司令部に連絡を入れる。

 「司令部、救援依頼、出しましたか? 男性が救援に来てくれましたが………。」

 『………確かにバイトの依頼として急遽来てくれるように依頼はしたが、依頼してからまだ10分くらいだぞ? 名前は何と言っている?』

 確かに、名前を聞かなければ誰かわからない。

 「あ、あの名前は?」

 「うん? ああ、名前、言うの忘れてた。えっと………紫苑だった。」

 ………絶対偽名だ。

 「………紫苑と名乗っています。」

 『うーん、当てはまっている。だが、早すぎる。』

 「あの、タイムカード押してくれれば戦力になるとのことですが。」

 『………今は細かいことを言っていられない。今から、を伝えてくれ。』

 「了解です。」

 通信を終了して謎の人物に向き合う。

 「今から勤務開始にすると連絡がありました。」

 「了解。それじゃあ、ちゃちゃっとやってきますわ。皆さんはここで待機していてくださいね。あ! あと、照明弾貸して。」

 「は?」

 後方に待機していた味方が照明弾を投げ渡す。

 「ありがとう。」

 あっけにとらわれている我々に、目もくれずその男は走り出した。

 ものすごい豪速で。

 そして片手であの大きな斧を振り回し、

 「ホームラン!」

 と言って人形を打ち始めたのだ。

 打ち出された人形は空中で爆発し、四散していった。それも一度に打ち出すのは1体や2体ではなく10体前後をまとめて空中に投げ飛ばしている。

 「おうおう。汚い花火!」

 さっきまで追い込まれていた我々があっけに口を開けている中、呑気な声が聞こえてくる。

 一体何者なのかと思えてしまう。

 止んでいた、砲撃が再度再開されるが、

 「頭の悪い指揮官だなあ。座標丸わかりじゃん。」

 そういって、残っていた人形を空中高くに放り投げ、砲撃の軌道上に合わせられた人形は、砲撃にぶつかり四散。

 そのせいであたりに煙幕のような黒煙が吹き荒れた。

 それに合わせて自分たちは、防御用の障壁を張った。

 煙がこちら側に押し寄せるのと同時に遠くの方で轟音が鳴り響いた。

 何度も何度もすさまじい音が鳴り響いた。

 そして、煙が晴れるころには静寂になっていた。

 「何が………。」

 『総員、聞こえているか? 戦闘終了。帰投せよ。』

 「は? まだ、あの人が―——。」

 『モニターで見ていた。敵勢力を無力化………。いや殲滅を確認した。』

 「待ってください! ここから、敵の拠点は見えてないんですよ? だから砲撃に苦戦していたのにその距離をこの数秒で詰めたんですか!?」

 『私も目を疑った。だが、事実だ。彼は敵の中継基地を襲撃して壊滅させた。こちら側のドローンで確認した。今もこちらにピースしている。………お前たちはまだいいぞ。こちらは全部見ていたのだから。………敵の中継地点は血の海だぞ。』

 「………。」

 『危機は脱した。手が必要なものを回収し防衛線を立て直すぞ。』

 確かに危機は脱したが何かとんでもないものを招き入れた気がしてならない。

 危険は無くなったはずなのに、胸の中にいまだに不安の種はくすぶり続けていた。

 遠くの空を眺めていると、光り輝く照明弾が上がった。

 

 


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