あなたに会う日まで

 記憶の中で彼にあったのは砂が吹き荒れ、熱波をまとった風が全身に吹き付ける気候でのことだった。

 私はいろいろな地方を転々としていた。自分がどんなものなのか、いつ生まれたのか、親は誰なのか知らない。

 ましてや名前なんて知る由もなかった。

 そんな中でも体に不調があった。

 いや、正確には飢えと渇きだった。

 長い間、さまよい、ありとあらゆるところを放浪してきた。

 記憶がなく、気が付いたら歩いていたのだ。

 そんな私を苦しめたのは、———飢えだった。

 ———渇きだった。

 この飢えを何とかしようと思い、道に生えている草を食べた。

 この渇きを何とかしようと思い、水たまりの雨水を飲んだ。

 しかし、どれも摂取しようとも自分の体から飢えと渇きは消えなかった。

 そのうち、頭がおかしくなり何回も倒れ、何回も生きることを諦めそうになった。

 そんな時だった。

 彼が現れた。

 何を言っているのか理解できなかった。

 意識が朦朧として聞き取ることも理解することもできない状況だった。

 彼は、私を抱えどこか知らない場所に連れて行ってくれた。

 ああ、殺されるのか。———これで死ねると思っていた。

 生きることを諦めていた私には【死】というものは眩しいものだった。

 しかし、結果は違った。

 彼は、自分の血を分けてくれた。

 口に血が入るたびに不思議と渇きが消えていった。飢えも同時に消えていった。

 あれほど苦しめられた、体の欲求が消えていった。

 ———が、同時に謎の意識混濁が繰り返され、自分がどうなっているのかさえ分からない状況だった。

 気が付くと、私の子供が誕生した。

 そして、あれだけ悩まされていた飢えと渇きが嘘のように消え、充足感を覚えていたのだ。

 ああ、あの人は私の救世主だ。

 しかも彼は、私たちが暮らしていけるように、住みながら支援してくれた。

 また血を分けてくれた。

 個人的には、左手からの摂取がよかった。

 左手には私がつけたとされている歪な型が付いていた。

 自分がこの人に刻み込んだと思うとなぜか心の奥底で湧き上がる黒い炎に支配されている感じがして背中がゾクゾクした。

 だが、結果として毎回の血液供給は首から右肩にかけての場所を提供された。

 不服ではあった。

 が、吸っている間、背中を手で撫でられる感じがとても心地よかった。

 なにより、抱かれていて安心した。そのまま眠りにつきたいと思えるほどに。

 彼は、私の子供を何よりも大切にしてくれた。

 そのことに、嬉しさを覚えながらも嫉妬心を抱いてしまった。

 なぜなら、彼がここにいてくれるのは私の子供がいるからだ。

 ………私自身のためではない。

 そのことが無性に悔しかった。


 しかし、事件は起きた。


 3年目にして私が住み続けていた場所を襲撃した人たちが来た。

 しかし、私はわからなくなっていた。

 ここに住むにあたって、あの鬼の女王と約束を交わしていたからだ。

 1つ、人間に危害を及ぼしてはならない。

 2つ、自分の能力は人形遣いであると偽造せよ。

 3つ、

 これらを守らなかった場合、ここでの移住は認められないと言われたからだ。

 この3つに加え、新たに彼から1つ言われたことがあった。


 この娘をなにより大切にしてくれ。守ってくれ、と。


 だから私は連れ去られる形で連行され、傀儡のようになった。

 あの子を盾にされ、従った。


 それが最悪の結果を引き起こした。


 あの人が私の人形の前に立ちはだかったのだ。

 結果は、私が圧倒する形で勝ったが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 なぜ?

 どうして、間違えた?

 逡巡している中で、そばで待機している人が言った。

「よくやった。あやつを始末できたのは称賛に値する。」

 そういって、笑っている姿をみた瞬間、何かが崩れた。

 こいつらは何を言っているのだろうか。

 私の大切な人をこうまでして………。

 いや、こうしたのは自分。

 でも、私はしたくなかった。

 でも、あそこに住めなくなるのは嫌!

 だけど、よりどころが………。

 だけど、もう同じようには接してくれない。

 しかし、彼は一瞬、笑みを浮かべたのだ。

 直後に起きた爆発に私の分身は即座に動き庇った。

 こちらの人にはとどめを刺すような動きに偽造して。

 私の分身は爆発の熱と衝撃で消えてしまった。

 だけれど、私は願ってしまう。

 どうか無事でありますように。

 そして、また相まみえる日が………。

 

                            償いの始まり編 完


                  

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