第1部 断章4

 コロニー3では緊急の記者会見が開かれていた。

 内容はもちろん防衛局中央司令部陥落の件だ。

 今回の件で、私も四乃宮家としてここに出席することとなったが時間の無駄だった。

「現場に残されていた腕から、亡くなったのは甲斐田都木さんで間違いありませんか?」

「はい、間違いありません。手のマイクロチップが甲斐田都木氏の使用しているものと一致していることを確認しました。」

 どこの記者も自分たちの記事を盛り上げ、ひきつけるような内容を書くため躍起になって動いている。防衛局がどれだけ奮闘したかではなく、揚げ足を取るために。

「防衛線に不備はなかったんですか?」

「調査中です。」

 剣崎クソ司令の受け流す受け答えが目立つ中、私、四乃宮真衣は苛立ちを覚えていた。

 元々、上空の脅威を父が指摘していたのに対し、漫然と対応していたことがあだとなった。その後も、父の代わりに追加予算の提言を行い、結局受け入れられず、今回の事態を引き起こした。その記者会見の場に引きずり出され、私も謝罪しなければいけない。

 そして最も許せないのが、そのせいで、弟が犠牲になったことだ。

 あの時、強く念を押していれば今回の件は防げたのでは?

 そもそも私がコロニーから離れなければ今回の件はなかったのでは?

 それ以前に、今回の襲撃を見破っていればこんなことにはならなかったのでは?

 自分の中で反芻しては、答えの出ない自問自答を繰り返している。

 今回の件、剣崎は四乃宮家である私に責任転嫁をする内容にして場を収めようとしている。

 が、そんなのどうでもいい。

 重要なのは、こんなことをしている場合ではないということだ。

 この2日間で防衛線の回復は行われたが、今も非常事態特例として全隊員が各エリアにて張り付きで見回りや監視を行っている。また緊急で作製された上空偵察型ドローンで各エリアの空を一定時間見ている。

 だが、これは一時的なものだ。もうすぐ隊員たちの限界が来る。その前までに新しく上空監視レーダーを作らなければならない。

 それなのに………。

 「今回の件、どうしてこのような事態になったんですか?」

 「状況が分かり次第、報告させていただきます。」

 チッ。

 こんな意味のないことに時間を取られるなんて。苛立ちとどうしようもない後悔がぐるぐる渦巻いて思考を鈍らせていく。

 そんな場面で、一人の記者が手を挙げた。

 「今回の被害者である甲斐田都木氏についてお聞きします。」

 さっきの質問もだが、情報をリークしたやつがいる。

 被害者に関しての情報は機密扱いだ。これは、防衛局内部の動きを外に漏らさないようにするためだ。防衛局の弱みになり得そうな質問を回避しなければならないからだ。。………都木の情報を簡単に流す剣崎は相当なものだが。

 「甲斐田都木氏、保護者として甲斐田紅葉の名義で養子として引き取られていますね? そして現在、四乃宮邸で生活されているみたいですね?」

 この人は、何を言いたいのだろうか。

 すでに感情の防波堤が限界を迎えそうなのに、わざわざ爆弾を投下してきた。

 記者たちは面白そうな話題としてニヤついた笑みを浮かべているが、こちらの事情を知る人たちは慌てた様子を示していた。おそらく私の様子が一変したことを察していた。

 「関係のないことには回答しかねます。」

 「いえいえ、我々は知りたいんですよ。今回、我々を救った英雄が何なのか。防衛局中央司令部倒壊時に一人奮闘していたであろう人を。しかし、彼の素性は謎がある。」

 「もう一度、言います。関係のない質問は控えてください。」

 「彼の出生は謎でした。両親ともに謎。データが存在しているのは今から約15年前の5歳当時から始まっており、それ以前はまるで白紙状態です。」

 「今回の会見は、今回の事件に関すること、およびこれからの是正策をお聞きしていただくために開いた場です。これ以上注意を聞いていただけない場合、退室していただきます。」

 いや、もう遅い。


 ———私の中で決定事項が今できた。


 「彼は、何者であるのか。お答えください。それとも隠しておきたい秘密でもあるんですか!? ねぇ、四乃宮さん?」

 自分からライオンのいる檻のなかに入ってくるとは、どこまで愚かなのだろうか。

 では、その結果を教えてあげなければならない。

 「警備員、その人を退室さ―——。」

 司会者の言葉を遮る形で机をたたき壊し空中に飛び出たマイクをつかみ取る。

 「『甲斐田都木が何者か?』ですか?」

 私の能面の表情をみて初めてニヤついていた笑みが凍った。

 自分がどれほど恐れ知らずであったのか。

 「お、お答えいただけるのでしょうか?」

 冷や汗を流しながら、私を見つめている。

 マイクを持った私に全員が注目している。

 そんなこと、決まってるじゃない。


 「あなたには聞かせる価値はありません。」


 「四乃宮! やめろ!」

 クソ虫があわてて命令してくるが、聞く耳なんて持ち合わせていない。

 懐に帯銃していた私専用の自動拳銃を引き抜いた。

 「やめっ―——。」

 静止の言葉など聞く耳を持たない。

 きっちり標準を対象頭部の眉間に合わせて打ち抜く。

 静寂。

 静まり返った会談の中で、乾いた音だけがこだましていた。質問をしていた男が崩れ落ちる姿をみて、みんな声を失っていた。

 「目障りな声がなくなって清々したわ。」

 静かな会場故に私の声はよく通っていた。

 これを見ていた記者たちは何を思うだろうか。おそらく冷酷無比な私が一般人を殺した。言葉で言い負かせなかったため暴力に出た。横暴な軍人に一般人が暴行された、とかだろう。

 だが、知ったことか。

 頭はすでに怒りを通り越してすでに冷ややかになっている。

 この場にいる全員殺してもいいとさえ思っている。

 「平和が続き過ぎた結果、今回の事態で揚げ足の取り合いを行いたいみたいだけれど、こっちは一分一秒でも現場に戻って戦線維持をしなければならないの。そうしなければ、ここにいる全員が野垂れ死ぬことになるから。」

 一度、臨界を越えた感情は収まることを知らずただ爆発する。

 「あなたたちはいいわよね、後ろでこそこそ我々の結果にケチをつけていればいいのだから。でもこっちはあんたらのくだらない討論より最善の結果をもぎ取って、コロニーに住んでいる人、地上地区でおびえている人たちが、元の生活にいち早く戻れるようにしているのよ?」

 この会場にいる人さえ守らなければいけないのは虫唾が走る。

 でも、

「これが我々の仕事です。それを遮るのであれば、先ほどの方と同じ結果になります。」

 私の弟が守った人たちだ。

 くだらないことをしたと言われたくないし、思いたくない。

 「そんなにネタが必要ならあげましょうとも。」

 そういって、胸ポケットから出した、音声録音機を取り出した。

 それをマイクに括り付けて、再生する。

 録音されているのは、前回の予算会での議事録だ。

 そのマイクを前列の記者に渡して退出する。

 前回も、前々回も採算にわたって設備強化を提言している私に対して、剣崎とその取り巻き、太鼓判もちが意見の棄却と予算分配を懐に入るようにしている横領の証拠内容となっている。

 それを再生させ、会場を後にする。

 どよめきの声を背に浴び、ほくそ笑む。

 今頃、あのクソ虫の歪んだ顔を思い浮かべるだけで少しだけ気持ちが和らぐ。

 会場から出てすぐの橋中で、シュガーと合流する。

 「反省文なら後にして。今は―——。」

 「いえ、正しい判断をしたと思います。」

 意外な回答が出た。

 「一人、撃ち殺しておいて正しい? ハハッ、冗談。」

 「私も見ておりましたが、真衣様がやらなければ私がやっていました。」

 ホント、うちの教育担当者がそんなことを言ってもいいのだろうか。

 おそらく、シュガー自身も追い込まれているのだろう。

 いや、シュガー自身が一番心境穏やかではないはずだ

 我が家の弟が身を挺してこのコロニーを守ったというのに呑気に他人の事情にズカズカと無遠慮に踏み込んでくる愚者に。

 小走りに車に乗り込む。

 すぐにでも地上部隊の指揮を取りに戻らなければならない。

 石永指令も意識を取り戻した直後から代理指令室に戻り、現状復帰を果たしてくれている。

 石永指令は他の司令塔とは違い、話の分かる人なので組織体制の入れ替えや人員の確保、支給物資の配給など手早く手配してくれた。

 そして、何が起きたのかなどこと細やかに教えてくれ、自身の不甲斐なさを謝っていた。

 ホント、何で上層部の中であの人は善人なのだろうか?

 腐りきった奴らならその場で殺せたのに。これだと怒りの矛先がなくなる。

 それとも、昔、お父さんと同じ部隊にいたからなのだろうか。

 待っていた車の中で、通信担当が私達が車に乗ったことを確認して、エンジンをかける。その間、情報のすり合わせをする。

 「今回の北、東、南エリアの侵入者については?」

 「お察しの通り、地上東地区の人たちでした。ご丁寧に全員に爆弾を括り付けた状態で。」

 結局、最終防衛ラインを踏み越えた人たちは全員魔術の砲火にさらされ死亡。踏みとどまった人も爆弾により死亡。計150人が亡くなった。

 「南エリア外に進軍していた香織さんたちは異常に気が付き作戦放棄。現場を撤収して、南エリア防衛線に在中しています。」

 さすがに優秀な判断を下す。

 こんな時だからこそ、香織さんは頼りになる。

 それと、心配なことがある。

 横にいるシュガーに尋ねる。

 「理奈はどうしてる?」

 妹の心配だ。

 「おそらくお察しの通りかと。」

 ここぞというときにメンタルの弱さが出る妹は正直、目を離さずに傍に居たい。

 しかし、状況はそれを許さない。

 厄介極まりない。

 母親と同じ運命にはしたくない。

 「誰か、ついていなくて大丈夫?」

 「理奈様の会社の人たちを呼び、全員で交代して監視しています。」

 「それ大丈夫?」

 それだと疑問が出てくる。

 「私の家族は全員『二つ名(ネームド)』なのよ?」

 「その時は、私のところに信号が入ります。駆けつけて、命の代えてもお守りします。」

 「やめなさい。特に今は。」

 また家族が減ると思うと今度こそ私が耐えかねない。

 「………申し訳ありません。」

 「いいわよ。その代わり、今は無理をしてでも生き抜いて、妹を抱きしめに帰るわよ。」

 「わかっています。」

 目的地に着き、車から降車し、私は地上のエレベータ前に立った。




 そこは、光が届かない暗黒の場所。

 そんな中で蠢くものがあった。

 「うーん、まだ体が硬いや。」

 呑気な声が響いているが聞いている人はいない。

 「今はどんな状況なのかな?」

 何も見えていないはずの暗黒の空間で×××は起き上がった。

 それはコロニー3の最も最下層の封印の間での出来事だった。


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