第1部 第8章

 どのくらい意識を失っていたのだろう。

 明滅しかけた視野が少しずつ輪郭をとらえながら焦点を合わせていく。

 体を動かそうとすると、あちこちから痛みが駆け巡る。体を打ったのだろう。

 アドレナリンのせいで痛みを感じにくくなっているようだ。未だに視野がぼやけるため手で体を触れていくと一点、脇腹に鉄筋が刺さっていた。

 『パイ先! パイ先! 応答してください、パイ先!』

 北条の声が耳に響く。

 「うるさい。耳に響いて頭が割れそうだ。」

 『無事だったんっスね!? モニターごしに中央司令部が倒壊して焦ったっス!』

 「無事とは言い難い状況だな。建物は倒壊。モニター破損。状況把握不可能と来た。すでに機能不全だ………。いっ!?」

 『パイ先!? もしかしてケガしたんっスか!?』

 「ん? あぁ、脇腹に鉄骨がぶっ刺さってたわ。」

 『重症じゃないっスか!?』

 「大丈夫だ。問題ない。それよりもこれからはお前の部隊が要になる。各エリア担当に情報伝達を頼む。防衛局中央司令部が陥落。応援部隊が来るまで対空、地上ともに警戒を厳となせ。ってな。」

 『言ってる場合じゃないっス! パイ先は、パイ先自身の心配をしてくださいっス!』

 「これはお前にしかできない。それに今、石永指令は指示を出せる状態じゃない。」

 横目に倒れこんでいる石永指令を見る。

 息をしているのはわかるが、頭を打ったようだ。それに頭部の一部から出血している。このままでは、死んでしまう。

 『もしかして………。』

 「生きてる。でも、頭からの出血がひどい。すぐに治療に連れて行かないとまずい。」

 『それは、パイ先もでしょ!?』

 「大丈夫だ。まだ意識がある。うちの家で生活するにあたって貧弱だと毎日倒れることになるからな。………気合いれるか。」

 『何するつもりっスか!?』

 脇腹に刺さっている鉄骨を引き抜く。

 頭が白と黒に明滅を繰り返す。

 そのあと傷口の一つ一つに次元の入口と出口の設定をして血管一つ一つを繋ぐ。

 痛みと集中力で、噴き出る汗がすでに私服の上着をぐしょぬれにしていた。

 「いま、体にあいてた穴を対処した。これでしばらく出血多量で死ぬことはない。」

 『パイ先、平然とし過ぎっス! もっと自分を大切にするっス!』

 「うるさい。いいから各エリア担当への伝達を頼んだぞ。」

 『もうしてるっス! さっきまでいた9人に割り振って各エリアに向かって飛んで行ってもらったっス! 自分は西エリアを引き続き監視するっス!』

 「わかった。こっちは何とか、けが人を運ぶ。通信終了。」

 北条と連絡を終えると次につなぐ。

 「シュガー、聞こえるか。」

 『感度良好です。』

 「最悪の事態だ。防衛局中央司令部が落とされた。けが人負傷者多数。すぐに剣崎最高司令に連絡を取って、予備施設の立ち上げをさせてくれ。くっ———。」

 『っ! 負傷されたのですか!?』

 「体に穴が開いた。それよりも急いでくれ。」

 『っ! ………かしこまりました。あのゴミを強制連行します。』

 「はは。相変わらず容赦ないなぁ。でも、頼みましたよ。」

 『———無事に帰還してください。お待ちしております。』

 「わかったよ、紅葉さん。通信終了。」

 それは僕の弱さからだろうか。

 メイドとしての名前でなく———。

 ———僕の保護者としの名前を言いたくなった。

 弱気になるなんてらしくない。

 でもこのケガはさすがにくるものだ。

 気丈に振る舞ったがすでに動くだけで悲鳴ものだ。

 それでもシュガー………、紅葉さんにはまだ育ててくれた恩を返していない。

 だから、まだ死ねない。

 でも、まだ予断を許さない状況である。

 今のが、第一波だとしたら第二波がいつ来てもおかしくない。

 すでに倒壊したこの場所にそのままとどまるのは愚の骨頂である。

 退避が遅れた隊員を何としても逃がさなくては。

 だからこそ、がいることは不幸中の幸いだ。

 「剣崎! 返事しろ!」

 「うっせぇ! 今再生中なんだよ!」

 そういって、剣崎はグネグネに曲がった右脚を自ら切断して瓦礫から這い出てきた。

 瓦礫から抜け出したあたりで、右脚の切断面に腕をめり込ませて思いっきり引っ張った。そうすると、新しい脚が生えてきた。

 剣崎のだ。

 自己再生は、重症の傷だろうが脳を破壊しようが生き返る。

 不死に近い能力保持者だ。

 あくまで不死に近い能力であって不死ではない。

 再生能力を上回る致命的な破砕攻撃や、体すべて消滅させられたら生き返ることはできない。

 幼いころから、剣崎はこの特異体質のせいでしょっちゅう狙われることがあった。

 そのためのボディーガードとし僕が抜擢されたわけだが、それからというもの、つけまわされる始末になった。

 「うっし! 復活!」

 「そうか。ならそこらへんに転がってる隊員を扉の向こう側、通路にまとめておいてくれ。」

 「あん? どうすんだよ?」

 「まとめて医療機関に転送するんだよ。」

 「なるほど。やっぱりお前の魔法便利だな!」

 この状況わかってるのか?

 ほんとこいつ能天気だな。

 「ん? お前、動くの辛そうだな。かなり消耗してるし、運ぶだけなら俺がやっておくぞ?」

 「今は時間との勝負だ。いつ第二波が来てもおかしくない。早く退避させないと危険なんだよ。」

 「なるほどな。」

 重傷者の順にコロニー内部の医療センターに転送していく。

 残った隊員はざっと石永指令を含め7名といったところだ。後は、すでに瓦礫の下敷きとなっているだろう。生きているかわからないものより、息のある人たちを確実に助ける方が先決だ。

 ———が、それを許すほど甘い状況ではなかった。

 『パイ先、パイ先、聞こえますか!』

 「どうした?」

 『西エリアからレーダーに反応があるっス! 一機近づいてくる機影が見えたっス! すごく早いっス!』

 「迎撃は!?」

 『速すぎるっス! しかも機動力があって弾が全然当たらないっス!』

 単騎での突貫。

 何をするつもりだ!?

 「剣崎、急げ! もうすぐ第二波来るぞ!」

 「やってる! いま5名移動させた!」

 『パイ先、あと10秒でそっちにつきます!』

 速すぎる!!

 10キロ以上の距離をたった30秒くらいで飛行するなんて。

 どんな事をすればそんなに早く飛べるんだ!?

 最後の一人を通路に押し込んだと同時に轟音と同時に天井に開いた穴から降ってきた。砂煙が舞ってる間に次元魔法を起動する。

 入り口を床に転がっている人たちを覆える程度に設定して出口をコロニー内でも大きい病院に設定する。

 ついでに剣崎も押し込む。

 「っ! 何しやがる、おい!」

 「うっさい!」

 文句は言わせない。

 いまはそれどころではないのだ。

 これから対峙する敵はおそらく中央司令部を破砕もしくは爆破する存在だろう。

 剣崎では相性が悪い。

 「そっちは、頼むぞ!」

 「くそ、あとで覚えてろ!」

 その声を最後に次元の扉が閉じる。

 砂煙が落ちつくと姿があらわになる。


 クリスタルのような六角柱の姿があった。 


 が、パキパキと音を立て始め、人型になっていった。

 まさしく変形だ。

 クリスタル内部からコアのようなものが露出して脈動し始めたのだ。

 本能的にわかる。あれは爆弾だ。

 すぐに別な場所へ移さないとコロニーに文字通り、が開く。

 「くそっ!」

 口から悪態が出る。

 こっちはもう限界だ。

 そんな中でこいつの相手は荷が重すぎる。

 クリスタル人形は、コアを守るように立ちはだかった。

 あきらかな防衛体制だ。

 「最悪な展開だな………。」

 くそっ。

 仕方がない。

 床に転がっていた、刀を手に取る。

 これは石永司令の魔法補助道具だ。

 だが、石永指令用に調整されているため他の人が使用すると過度の不快感が襲う。

 例えるなら、自分の体に3本目の腕が生えて勝手に動いてるようなものだ。

 しかし、現状ではしかたない。

 ほかに手がないのだから。

 相対するクリスタル体が突撃の構えが見て取れた。

 迷ってる暇はない。

 いつも持っている得物よりも不安感がよぎるが仕方がない。

 すぐに自分に残ってる魔力を刀に込める。

 かなりの不快感に嘔吐しそうになるが耐えるしかない。

 その瞬間を見逃す相手ではなかった。

 「っ!」

 予想を超えるスピードで肉薄してきたところを鞘でいなす。

 いなしたところに脚を絡めて転倒させる。

 そこに刀の斬撃を加えようとしたが素早く体をよじらされて躱された。

 しかし、完全に回避できたわけではなく腕のような突起物の一本を破壊できた。

 クリスタル体は、転がりながら体制を整えた。

 腕を壊されたことが意外だったのか破壊された部分を見つめるようにしてみていた。しかし、それも数秒で、またさっきの構えをしてきた。

 またしても突進をしてきたのでカウンターの要領で蹴り上げてコアを背にするように体勢を入れ替えることに成功した。

 これで次元魔法によってコアを何もないところへ移動させてしまえば脅威は前の人形だけになる。素早く左手をコアに伸ばした。

 ———が、僕は完全に失念していた。

 相手がであることを。

 

 ザクッという音と共に体のバランスを失った。


 「あ?」


 床に仰向けに転がると自分のことに気が付いた。

 そして真上にあるコアから金属片が露出しており血が滴っていた。


 ———ああ、のか。


 そもそもなのか………。 

 焦っていたとはいえ、このコアもあの人形の一部であることを失念していた。

 自分の落ち度だ。


 である。


 転がった自分の左腕を見ながら冷静にそう思ってしまった。

 左腕から血が噴き出し、あたり一面が血の海になっていく。

 無力化に成功したことを確信したのか、動かなくなった僕を無視して今まで動いていた人形はただコアを眺めているだけで動かなくなった。

 コアの爆発はもうすぐだろう。

 脈打ち方が激しくなってきている。

 だが、こちらは無理を押し切って消耗したおかげで限界が襲ってきた。

 ぼやける視界の中、不快感が限界にきて仰向けのまま吐血する。

 どうやら胃の中に溜まっていた血液が逆流してきたようだ。

 口の中ではゴボゴボ、と音を立てながら血が湧き上がっていく。

 気道に入らないように吐き出す。

 自分の出した血液で窒息はごめんだ。

 それに希望はまだある。

 無力化したと思って殺さない甘い相手で助かった。

 そしてコアが光り輝き、視界一面を覆った。




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