第1部 断章

 私、四乃宮真衣が職場の扉を開けると座っていた職員一同が立ち上がり、一礼してくる。

 堅苦しいが、仕方ない。

 こんな風に一同が礼を欠かさない原因を作ったのは私にある。

 一礼に対して軽く挨拶していく。

 「みんな、おはよう。」

 気の抜けるような挨拶をみんなにして、部署の一番前にある自席について恒例の朝会を開く。

 私が所属する特務隊は、元々お父さんの時に開設されたものだ。

 【特務隊 零】。

 人類の防波堤。

 最後の希望。

 全知全能の部隊。

 様々な呼び名があったが、お父さんの死期を同じくして解散した。

 しかし、私が防衛局に所属すると同時に再度の開設となった。

 これには、私の元上司であり、【特務隊 零】の生き残りである石永伸一の要望があり、剣崎クソ司令官も合意したためだ。

 「それじゃあ、今日の予定は?」

 基本、この特務隊は、周辺地域探索、防衛部署補助、新人教育講師等を行うが、何でも屋兼はみ出し者の集まりである。

 お父さんの時代とは、かけ離れたものだ。

 通常の人事配置では扱いきれない問題児が最後に流れ着く部署となっている。

 そんな中でこんな風に一糸乱れない動きをするようになったのは私が軽く訓練したためである。

 自分たちの立ち位置を教える意味を込めてボコボコにいてしまったため私に対して絶対の忠誠を誓っているという状況?らしい。

 プライドが粉々になったらしい。

 ゆえにその後、敬意なのか恐怖なのかはわからないものの今の状況に落ち着いた。

 「———が、今日の予定となっています。」

 「はいはい、いつものことね。」

 各少佐たちのそれぞれの報告を右から左に聞き流して仕事に取り掛からせる。

 開始早々に、中佐たちが私のところにきて懸念事項を伝えに来る。

 こちらがである。

 重要な事態は課長たちが内々に伝えに来る。

 「大佐よろしいでしょうか?」

 「なに?」

 「昨夜、地上南地区外近くに不明建造物を発見しました。偵察部隊からの報告です。」

 不明建造物………。

 「それ教授プロフェッサーズたちの可能性ある?」

 「可能性はあるかと………。」

 面倒な案件が舞い込んできたものである。

 「あくまで観測できる範囲で見ているだけなので内部で何をやっているかまではわかりません。」

 「早いうちに叩かないと面倒になるね。」

 「それなんですが………。」

 別な中佐から報告があげられる。

 「同じく地上北地区外に不明建造物を発見しました。」

 2地区に同時に存在しているということは可能性大。

 そして、迅速に処理しなければ甚大な被害になる。

 「は? ちょっと、今まで巡視してたよね? 何してんの?」

 職務怠慢で、もう一度訓練をさせるか?

 私の声色を聞いた中佐たちが唾を飲み込む音が聞こえる。

 あれ? そこまでドスの聞いた声は出してない………はず。

 「すみません、一日ごとに地区外巡視を行っていましたが、急に出現しました。」

 地区外監視の怠りはコロニー防衛線の維持に必要不可欠であり、この部署の最も重要任務として取り扱っている。

 見落としは考えにくい。

 「て、ことは確実だね。」

 カモフラ、もしくは認識阻害あるいは移動要塞………。

 なんにせよ、テロリストからこのコロニーを守らなくてはならない。

 「片方を潰すと感づかれるから両方同時に潰さないといけないわね。」

 「それだと人員はどうします?」

 「決行を明日にして動ける人間は何人いる?」

 「今だと索敵部隊を含めて40名弱です。」

 「施設の大きさからして敵勢力もそれなりになるかと……。」

 中佐たちが、苦虫を嚙み潰したような顔をして私を見返してきた。

 「つまり私にも出撃してほしいってこと?」

 「はい、よろしくお願いします。」

 一同頭を下げてくる。

 「………わかったわよ。メンバー配置と装備メンテナンス、今のうちに済ませておいて。」

 「わかりました。今、人数を7対3で分けようかと思っています。」

 「いらないわよ、人数割は9対1で。」

 「しかし、それだと片方でトラブル時に対応できなくなるのでは?」

 「私がその1割の中に入るから大丈夫でしょ?」

 「………失礼しました。」

 「じゃ、明日0530にこの部署出発で決行するから。無線確認も怠らないこと。あとは足りてる?」

 リングとは、魔法効果をコピーしたものだ。

 魔法は、一人一つの系統しか扱えない原則がある。

 ………一部を除いて。

 自分に適性がないものでも使用できるようになるもので、あらかじめ他人から魔法回路を魔力と一緒にコピーしておけば、、使用できるものである。

 ほかにも制限はあるものの戦術的幅が広がることから多様している物品である。

 さらに言えば、理奈の会社が作り出した傑作でもある。

 「現状、100個ほど備蓄あります。問題ありません。」

 問題なし。あとは………。

 「シュガーにオーダーするものはある?」

 「そうですね、弾薬と炸裂を依頼したいですね。」

 「わかったわ。依頼しておく。」

 これで一通り中佐たちからの依頼が終了したと思った。

 「そういえば、弟さんをこちらに引き入れる件どうなりました?」

 「その件? 絶賛勧誘中なんだけどさ………、本人は別に今のままで満足してるみたいでね。」

 ほかにも剣崎のが手を離さないからって理由もあるんだけど………。

 有能な人材とはいつの世も取り合いになるものだ。

 「弟さんが来ればすぐに大佐補佐としてポストできますよ。」

 「そうですね、実際に大佐の次に強いのは弟さんだけですし………。」

 「大佐の暴走も止められるから頼もしいんですが………。」

 口々に話題が広がる。

 それはそれとして………。

 「私がいつ暴走したよ?」

 「「「。」」」

 満場一致の合唱に返す言葉がなかった。

 「この間、敵施設に単身乗り込んで施設爆破、捕虜尋問、証言確認に人質って、かなり昔のヤクザ映画見てる気分でした。」

 「他部署にいちゃもんつけられたからって殴り込みをするのは、もうやめてください。」

 「総務部から予算削減依頼来た時に、総務の少将を戦場に放り出さないでください。」

 「それは、必要なことであって………。」

 動ける人員がいなくて迅速に解決する必要があったから単身で動いたし、答えられる口があるから尋問して確認をとった。他部署からのいちゃもんは、ほっとくと自分たちの方が命令権上位にいると思われると面倒だから初期対応で潰すしかない。現実を理解しない事務役人にはどんな状況なのか肌で感じさせないと自分たちの首を絞めることにつながる。

 「今まで無理言って弟さんに来てもらって暴走を止めていただいていました。」

 「なので、早いうちに自部署に来ていただけるとこちらとしてもありがたいです。」

 なぜか、私より弟株の方が上に来ている。

 ———解せぬ。

 「まあ、気長に待っていて。絶対にこっちに引き入れるから。」

 「早くお願いします。」

 「私たちの胃が限界に達する前にお願います。」

 「………お前ら。」

 私の中で弟を引き入れた際に、なぜかこの部署の中心が私から弟に移る気がしてならない。

 わが弟ながら恐ろしい子!

 「それに大佐と対等に模擬戦できるのは弟さんであると伺っています。」

 「ええ、実際に我々だと手加減やハンデがないと大佐の模擬戦にかないませんし。」

 「そんなことなくない? この前、あなたは、50秒耐えてたじゃない?」

 「お言葉ですが、大佐の領域まで我々は達していません。」

 「我々は生存を第一に逃げるすべを学ばされていますが、弟さんじゃないと大佐の模擬戦としてお互いの相互利益になりません。」

 さすがにそれは飛躍が過ぎる。

 「それでも勝率は私の方が高いわよ。」

 それに対して、一同あきれ顔で見返してきた。

 そんな変なことを言ったかしら?

 「勝率ということは弟さんが勝ったことがあるのですね?」

 「………まあ。」

 そこでため息が一同から漏れた。

 ———解せぬ。

 「いいですか? 我々は、大佐と模擬戦を行うときは勝率以前に、何秒生き残るかを考えるんですよ?」

 「勝率なんて出ません。」

 「しかも本気での大佐と模擬戦なんてしたら死者が出ます。」

 「………いやでも。」

 さすがに弟相手の時でも使用禁止の魔法は使っていない。

 ………向こうも同じだけど。

 「とにかく我々一同、弟さんの引き抜きに前向きどころか推薦状を書きたいぐらいです。」

 弟株が爆売れだ。

 「………わかったわよ。明日の仕事が終わったら推薦状書いておくから提出しておいて。」

 それを聞いた課長たちから安堵と歓喜の表情を浮かべる。

 「やりましたね! これで胃薬とは、おさらばできそうです!」

 「仕事内での無用な軋轢が緩和される!」

 「模擬戦での気絶回数が減る!」

 ………お前ら。

 今後の模擬訓練のレベルを上げようと誓う、絶対。

 それと気になることを一つ問わないといけない。

 一つの空白の席を確認してから尋ねる。

 「香織少佐は?」

 それを聞いた中佐たちは顔を雲らせた。

 甲斐田香織。

 私のお父さんの義妹。

 私にとっては、おばさんになる。

 でも、おばさんと言えるほど年を感じさせない若さがある。

 しかし、香織さんは【ある事件】以降精神的に不安定なのだ。

 「………おそらく現地調査を続行してるものかと………。」

 「活動時間はいまどのくらいになってる?」

 「おそらく37時間になってるかと。」

 明らかな過重労働だ。

 ため息が私の口から漏れる。

 「今から呼び戻しなさい。明日襲撃するからって言えば帰ってくるから。」

 相変わらず、自分より仕事を優先する人だ。

 「………なぜ、香織さんを責めないのですか?」

 確かに毎回、労働無視の行動は目に余るが………。

 「香織さんとしての心が正常に保たれる方法だから、よ。」

 仕事をしていることで心が壊れるのを防いでいるだけ。

 自傷行為で自分が生きていることを実感しているのだ。

 止めたくても止められない。

 カウンセリングも拒否されている。

 「この前、久々にうちの弟と合わせたんだけどうまくいったかは微妙だったわ。」

 「確か、【あの事件】のケアとして?」

 「———ええ、そうよ。でも無理に休暇取らせたりするとまたお酒に溺れて失踪するかもしれないから」

 ほんとにこの部署は問題だらけ。

 理奈から渡されたゲームをやる暇もない。

 「………はぁ。これも『人理』によるものなのかしら。」

 『人理』が働いているかわからないけど文句くらい言いたくなる。

 「とりあえず、私の装備一式点検するか。」

 こんなに問題だらけの日は、辛い物が食べたくなる………。


 こうして私の一日がはじまる。

 明日も同じ日常が繰り返されると思っていた私だった。




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