3.倒れながらでもできる仕事

 奉公先は、ナスヴェッタ家のお屋敷。

 姉の駆け落ちが周囲にバレないよう、姉妹二人で奉公へ向かったということになっている。

 当主様はまだ若くとてもハンサムらしい。でも実は、逝去した先代の婚外子ともうわさされている。


 ……そんなわけで、私は馬車に乗せられ村から奉公先のお屋敷まで運ばれた。

 クラリスではなく、セリアとして。





 何日も掛けてようやくたどり着いたお屋敷は、それはそれは立派だった。

 庭の芝はきれいに刈られ、夕日がきらめく湖には舟が浮かんでいる。屋敷の天井には神様や聖母様や天使の絵。私の他にも従者がたくさん。


「クラ……、セリアでございます」


 女性と初老のメイドに迎えられ、私――セリアふんするクラリス――はうやうやしくお辞儀した。


「遠路はるばるご苦労。このお方は先代の奥様、エルマンガルド様です」


 メイドに紹介され、エルマンガルド様が微笑んで見せる。口元のしわが深くなった。


「よろしく、セリア」


 髪を結って品のあるドレスで身を飾って、裕福な貴族の見本といった雰囲気だ。


(上級貴族様がわざわざ出迎えてくださるなんて)


 身に余る光栄だ。

 しかしエルマンガルド様は気の強そうな眉をひそめている。


「村で一番の器量良しというのは本当なの……?」


 顔をまじまじとのぞき込まれて、私はぎくりと体を強張こわばらせた。


「こ、この寒さで顔も凍りつきまして。お、おほほ」

「……そう」

「セリア。私が女中頭のアギャットよ。ついてきなさい」


 エルマンガルド様はまだどこかいぶかしんでいる様子だったけれど、それ以上は追及してこなかった。

 ……けど、メイドの容姿ってそんなに重要か?





「食後、さっそく仕事を任せますからね」


 従者用の食堂で食事をかきこんでいると、女中頭のアギャットが私を見下ろしながら言った。


「さっそく? もうくたくたなんですけど……」


 寒空の下、長時間馬車に揺られていたのだ。しかし彼女はフンと笑う。


「倒れながらでもできる仕事よ、セリア」

「へえ、そんな楽な仕事が?」

「ぐふふ!」


 背後で笑い声が聞こえて振り返る。

 私と同じ年頃のメイドたち三人が耳打ちし合っていた。聞かせられないような話をしているのは明らかだったが、見過ごしてやるような私ではない。


「なーに?」


 さじを置いて椅子の背もたれから身を乗り出す。


「言いたいことがあるなら面と向かって言って。先に自己紹介すると、私、喧嘩けんかは大好き」

「あ~ら、ごめんあそばせ? 田舎のなまりがきつくて、なにを言っているのかさっぱりだわぁ!」


 真ん中に立つそばかすの少女がわざとらしく首を傾げると、隣にいたメイドが腹を抱えた。


 なんだ、こいつら。


「……醜女しこめのくせに」

「なんですって!」

「あーら、ごめんあそばせ! 私の村ではシコメは『だまれ』という意味でしてよ!」

「どっちにしろ悪口でしょうがっ!」

「……ゴホン」


 私の頭上でアギャットが咳を一つ。

 するとそばかすは唇の端をみ、仲間二人を引きつれて階段を上っていた。

 二人のうち一人が振り返る。黒い髪を三つ編みにした女の子だ。眼鏡を掛けている。

 こちらに申し訳なさそうな目線を送ったが、黙って去って行ってしまった。


(陰に隠れておどおどしやがって)


 ああいうやつが一番嫌い。

 くさくさした心でそんなことを思っていると、また一つ咳ばらいが聞こえた。


「セリア。早く食べてしまって。これから湯あみをするんですからね」

「えっ? い、いいです。寒くて汗なんか一つも掻いてないし、拭いておけば十分だから……」


 でも彼女は、どうしても湯あみをしなければないのだと言って聞かない。




 食事が終わると、屋敷の裏に建てられた小さなやかたに通された。

 一階の隅の部屋に大きなおけがあり、そこに湯が張ってある。


「服は預かるわ。貸しなさい」

「服を脱ぐんですか?」

「脱がないでどうやって湯に浸かるんです」

「そうだけど、いくら同性とはいえ裸を見せるのは……」

「王女様みたいなことを言うのね、セリア。実は一年前、同じことを言って窓から逃げた新米がいたのよ」

「へえ、度胸がありますね、その子。でも私は逃げやしませんよ。……じゃあ、ずっと歌を歌っている。これでいいですか? もし歌が止んだら中へ来て。きっと私、おぼれてます」


 アギャットはなんとか納得してくれた。扉の前で待っていてくれるという。

 彼女が退室した後になって思い出す。自分は歌が下手なんだってことを。


「……ア~アアアア~♪」


 歌なんて一つも思い出せなかったけれど、とにかく私は腹から声を出す。アギャットに、「セリアはここにいますよ」と教えるために。

 歌いながら服を脱ぎ、腕の赤いリボンもしゅるりと外す。隠していた素肌が現れた。


「……」


 たとえ同性であっても、絶対に見せたくない。

 この右腕の火傷のあとだけは。


 もう十年以上前についた痕だ。痛みも無いし、日常生活に支障をきたすことも無い。ただ肌に瘢痕はんこんが残っただけ。

 でも。


(……私を嫁になんて、誰がもらう?)


「セリア?」

「……ア~!」


 扉の向こうから咳払いが聞こえ、またバカみたいに歌を歌う。「独身の身をなげく女の歌」だったら練習してもいいかな、なんて、湯を浴びながら思った。




「さあ、まいりましょう。セリア」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! この格好でうろつけっての!?」


 湯あみの後には仕事をさせられると聞いていたのに、着替えさせられたのは寝間着だった。

 それもなんていうかそのー、……防寒性の無いやつ。


「これでなんの仕事をしろって……、あっ?」


―― 倒れながらでもできる仕事よ。


 …………ま、ままま、まさか!?

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