2.私は一生独身だってば

 ことの始まりは、つい最近。


「うおりゃーっ!」

「おい、!」


 私、クラリスは村を囲む秋の森へ分け入り、うさぎを追いかけ回していた。


「待てこのーっ!」

「これっ! クラリス!」


 どうしてうさぎを追うのかって、もちろん食卓に出すためだ。


「出てこいやあー! ハッ! おじ様っ! 早くこっちへ!」

「クラリス! うさぎはもうよい!」

「はい!? ああっ! 逃げるな●ソー!」

「●ソはよせ、ク●は。よく聞くのじゃ。おまえの姉が逃げた」

「………は、はい!? 逃げた!?」

「駆け落ちじゃ」

「か、駆け落ち!? セリア姉さんが!?」


 頭に稲妻が落ちたみたいな衝撃が走る。

 セリア姉さんのことだって心配だけど、まあ、あの人のことだ。彼女ならどこにいても器用に生きていくだろう。


 そんなことより……。


「困るよ! まだ私の下に二人も妹がいるんだよ? 没落寸前のうえ長女が駆け落ちした家の娘なんて貰い手がつくわけ……」

「妹もそうじゃが、まず自分の心配をしろ! おまえももうすぐ十九になるのじゃぞ!」


 私はひたいの汗を拭きふき、息を整える。


「私は一生独身だってば」


 淑女しゅくじょらしからず袖をまくって右腕をさらけ出す。包帯のようにぐるぐる巻きにしてあるのは、赤いリボンだ。


「どのみち、貰い手なんてつくわけがない」


 おじ様はため息をついた。

 森の落ち葉を全て舞い上がらせるんじゃないかってほどの深いため息だ。


「姉ほどではないが、おまえも顔はそこそこ良いのにのお」

「それはわかってるけど」

「自分で言うのか。……とにかく。お前の姉、セリアは奉公に出る予定だったのは知っているな。相手が相手じゃ。穴をあけるわけにはいかん」

「え? つ、つまり?」

「おまえが代わりに奉公に行くのじゃ。クラリスではなくセリアとして、な」

「わ、私が!?」

「さ、明日には出発じゃ。荷物をまとめい」

「明日……。そんな急に。……あー、おじ様! こっちの道から帰っていい?」

「おお、そうじゃったな」


 彼は足を止めた。

 この道を真っ直ぐ行けば、村までの近道となる。でも途中、森で一番高い木が生えているのだ。

 森を駆けまわるのは好きだけど、あの高い木には今も近付きたくなかった。


 あの事件から十年以上たった今でも。

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