贄姫ならぬ贄メイド?~私は一生独身だってば!~

ばやし せいず

1.今なんて言ったこいつ



 昔々、誰とも結婚しなかったご当主様がいらっしゃいました。彼は妻の代わりに、一人のメイドをそばに置いていたそうな。


 最期まで、ずっと。






と言ったか。私には一切触れるなよ。そのみにくつらも見せるな。床で寝ろ」


「…………はい?」


 私は涙で濡れた顔を上げ、旦那様の美しいご尊顔をにらみつけた。


 今なんて言ったこいつ。

 床で寝ろ? 乙女に向かってそう言ったよな?

 村一番の器量良しとうたわれた娘……のであるこの私に「醜い」って言ったよな?


「……お言葉ですが、旦那様」


 私はズビッとはなをすすり、彼を真似して腰に手を当てた。


「お互い触れ合わず顔も見せず私は床で寝て、それでどうやっておつもりなのでしょう? まさかというものをご存じないのでは?」


 厭味いやみを言ってやったつもりだけれど、フンと鼻を鳴らされただけ。


「品の無い女を抱く趣味は無い。……床は言い過ぎたな。では、そこのカウチと毛布を貸してやろう。下手な真似はするな。俺がうなれば廊下に控えている従者がおまえをつかまえるぞ。どのようなでかは知らんがな」


 彼は冷笑とともに、私の足元に毛布を投げつけた。本当に寝台には上がらせないつもりらしい。


(な……っ)


 なんたる仕打ち。

 私はこぶしをわなわなと震わせた。自慢のゴージャスな赤毛も逆立っているに違いない。

 しかし、言いつけ通りにするしかないのである。

 だって私は、ただの新米メイド。同じ貴族ではあるけれど、旦那様とは天と地ほどの身分の差がある。万が一恋に落ちたとしても、結婚なんてもっての外。

 そもそも……。


(私は! ぶわあああーか!!)



 仕方なくカウチに寝そべり、暗闇にパンチを繰り出した。


 右腕に巻いた赤いリボンのすそがひらりと揺れる。

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