第16話

「お、ユウジ。 東京散策どうだった?」


「ああ、楽しかったよ」


東京からバスに乗り、静岡にある宿泊施設に到着した。

ここではクラスの男子が5人ずつに分かれて各部屋に泊まることになっており、バスから荷物を下ろしたところで、同じ部屋に泊まるクラスメイトと合流していた。

ちなみにメンバーの一人はエイトで、あいつは今トイレに行っている。


「いや~女子2人っていうのは羨ましいよなぁ~! 両手に花ってやつじゃん!」


「おうおう、そうだぞユウジ! しかも片方はあの仲西さんじゃねえか!?」


「俺、ユウジと組むべきだったかもしれない……」


「今夜は同じ部屋だぞ」


「男と同じ部屋で寝ても嬉しくねえ!!!」




夕食後。


「UNO!」

「おわあああああああっ!!!」

「はーい、最下位のエイトくんは1枚脱いでくださーい」

「も、もう無理……。…………お願い、許して?」

「気持ち悪ぃからパンツ一丁の野郎が上目遣いでこっち見んな!」


彼らはなんだかんだで男子5人での夜を楽しんでいるようだった。

ちなみに俺は1敗だけなので靴下しか脱いでない。(エイトが弱すぎる)



翌朝。

朝食を食べた後は学年全員で陶芸体験をし、それが終わるとバーベキューの準備になった。

準備といっても食材は既に用意されているため、各グループに分かれて火を準備するだけだ。

去年林間学校でやった飯盒炊爨はんごうすいさんと違い、点火棒や着火剤が用意されているらしいので、特に苦労することもないだろう。




☆☆☆




バーベキューの準備のために、荷物を取りに向かっていた時。


「カエデ……その、ごめん」


一緒に来ていたアヤカに謝られた。


「その……私のせいで」


「いや、アヤカのせいではないでしょ」


そう、今の状況は別にアヤカのせいではなかった。






>絶対うまくいくって!

>私たち応援してるからね!


夜、寝る前にスマホを開くと、大量のメッセージで通知欄が埋め尽くされていた。

どうやら、3年女子のグループトークが盛り上がっているらしい。

3年女子といってもスマホを持っていない子もいるから、せいぜい学年の半分ほどが所属しているグループだ。


アプリを開いて、時系列順に話を追っていく。


------ 8月20日 ------

<<ここから未読>>


>明日あやかっちレンに告るらしいよ

>え~~~~!!!!!まじで!?!?

>ちょ、ちょっと!?

>まじ!!今日一緒に名駅で遊んでた時に決まった!

>おおおおおおお!!!!

>ねえ!? なんで言っちゃうの!

>いやいや、こういうのは宣言することで決意が固まるってもんでしょ!!

>そうそう「ふぐたいてん」ってやつ!!

>それいうなら不退転(ふたいてん)だばーか

>ちがうし! 打ち間違えただけだし!!!


明日、というと、私にはアヤカとレンの2人と一緒に、夕方から夏祭りに行く予定があった。

この会話を見るに、どうやらその夏祭りでアヤカはレンに告白するらしい。

まあ、別にそこまでの驚きはない。

だって、アヤカがレンのこと好きなのは知ってたし。

というか、小学生の時からずっとアヤカはレンのことが好きで、小3の時に彼女の家で教えてもらったのを覚えている。

ぜったいひみつにしてね!なんて言いながら、私にそれを語ったのだ。

今思えば、絶対秘密なら話さなければいいのに、なんて思うけど、当時の私はそこまでひねくれてはいなかった。

たしか、アヤカは私にも好きな人を聞いてきたが、あの時の私はなんて答えたんだろう?

当時は私もレンのことが好きだったけど、咄嗟に違う答えを返したのだけは覚えている。

だって、私の「好き」はそこまで強いものではなかったから。

アヤカがレンのことを好きなら、私は違う人を好きになろうって思ったのだ。


それから、私にとってレンはそういう対象ではなくなったし、私はアヤカのことを少しではあるが応援していた。

なんで“少し”なのかっていうと、2人が付き合うと私が除け者にされる感じがして嫌だったのだ。

でもまあ、そんなアヤカがついにレンに告白するらしい。

きっと、修学旅行が控えているというのも理由にあるのだろう。

これから東京散策のグループ決めがあるので、その時に一緒に回りたいとか。

それなら明日私邪魔じゃない?ってちょっと思うけど、まあアヤカに何も言われない限りは予定通り一緒に行くとしよう。

機を見て、2人だけの時間を用意してあげればいいのだ。


そう、私はこの時、楽観的に考えていた。






翌日の午後4時。

外はまだまだ明るく、祭りも今から始まろうかというところ。

私たち3人はぶらぶらと屋台が並ぶ通りを歩きながら、その先にあったスーパーで飲み物を買うことにした。

だって、屋台で買うと高いし。



「あー涼しー」


店内に入り、ぱたぱたとTシャツの胸元をつまんで体に風を送っていると、レンと目が合った。

しかし、それはすぐに逸らされ、彼は何事もなかったかのように店内を見渡し始める。

よくわかんないけど、たまにこういうことがある。



スーパーで買った飲み物も半分がなくなった頃。

外はだんだんと暗くなってゆき、それに反比例するように祭りは盛り上がっていく。

後30分で花火が始まる予定だ。

それまでに腹ごしらえを済ませようと、私たちはトルネードポテトや唐揚げ、オムそばなんかの屋台を回り、公園のベンチで食べることにした。




どーん。

花火が上がっているが、ここからでは木が邪魔でよく見えない。

結局花火の時間までに食べ終えることができなかったのだ。


「あー」


そして、この場の空気は妙に重い。

なぜなら、アヤカとレンの2人が揃って表情を強張らせているからだ。

まあ、アヤカについてはこれから告ろうという場面なわけだから理解はできる。

でも、なんでレンまで似たような表情をしているのか。

疑問に思いながらも、とりあえず目の前の食事を片付けるべく黙々と食べ進めた。





皆が食べ終わったようなので、花火が見えるところまで移動するべく立ち上がる。



そして、2人に声をかけようと振り返ったところで──





レンに手を引かれた。




そして、彼もまた私と同じように立ち上がり、目を合わせ──











「……俺、カエデのことが好きなんだ」
















「…………」











言葉が、出てこなかった。




意味が分からない。


想定外すぎる。


なんで私が告られてるの?


今日は、アヤカがレンに告白するんじゃなかったのか?


なにが、起こっている……?






──その後の記憶は妙に淡白で、俯瞰的であった。



『ごめん、私はレンのことをそういう目で見てない』

私はレンに対してそう告げる。



『…………わかっ、た。 ──ごめん、今日は帰る』

すると、レンは速足でその場を去ってしまった。



その後すぐ、アヤカも走り去ってしまって。



残された私は、見えない花火の音だけを呆然と聞き続けていた。






花火の音も聞こえなくなった頃。

時間を確認するためにスマホ見ると、どうして伝わったのか、グループにアヤカを慰めるメッセージが飛び交っていた。



そんな中、あるメッセージが表示された。



>カエデちゃんは、アヤカちゃんがレンくんの事好きだって知ってたんじゃないの?



それは、私とあまり関わりのない子の発言だった。

しかし、それにアヤカを煽り立てていた子たちが追従していく。



>だよね~そこは協力してあげてよ~



煽った彼女達も、アヤカには申し訳なく思っていたのかもしれない。

責任を感じ、罪悪感に苛まれていたのかもしれない。

でも、それを素直に受け入れられるほど大人じゃなくて。



>もしかして、レンくんがカエデちゃんのこと好きなのも知ってたんじゃないの?

>まじで!?

>それはなんていうか、ひどくないー??



アヤカを庇い、私の責任を追及する。

彼女たちはそうすることで自分たちの非を曖昧にした。



もしこの時、アヤカが何かを発していれば状況は変わったかもしれない。

でも、彼女が何を言うべきだったのかは私にもわからない。

だって、あの時一番傷ついていたのは、きっと彼女自身なのだ。

その彼女に、私は何を求められるというのか。




☆☆



その後、私はグループトークを見ていない。

なんていうか、人間関係が面倒になってしまったのだ。


だから、


「それで、カエデもバナナボートだったよね……? だから、その、よかったら一緒に──」


「こめんね、私アクセ作りに変えたの」



別にアヤカが悪いとは思っていない。

けど、全てを忘れて元通りの関係を続けられるほど、私も大人ではないのだ。






☆☆☆



「ねえねえサクラちゃん」


「な、なに?」


これからアクセサリー作りが始まろうかというところで、にやついた表情のカエデがサクラに声を掛ける。


「これから作るアクセさ、ユウジくんにプレゼントするっていうのはどう?」


「!!?」






「ね、ねえユウくん」


サクラが何やら緊張した様子で声をかけてきた。


「どうした?」


「あ、あのね」


ちらりと目線が仲西さんの方に動く。

自分もそれを追うと、彼女はサクラを見てしっかりと頷いた。


「こ、これ! 私が作ったアクセなんだけど、ど、どう……かな?」


そう言って差し出された物を見てみると、それはパワーストーンを使ったキーホルダーであった。

色や大きさの異なる石が綺麗に配置されており、率直によく出来ていると思った。


「うん、よく出来てると思う」


なので、そのままの感想を伝えると、


「これ、ユウくんのために作ったの! だ、だから、その、あげる!」


「そ、そうか。ありがとう」


ぐっと押し付けるように差し出されたそれを受け取り、礼を言う。



そして、俺からもサクラにシルバーリングの付いたストラップを渡した。


このリングは銀粘土を成形し、加熱した後に磨いて作ったものだ。

ただ、そのまま指輪として贈るのは気恥ずかしいし、何よりクオリティが微妙である。

ネックレスも同様の理由で除外し、結局ストラップに落ち着いた。


「わあ~! ありがとうユウくん!」


「ふふ、よかったねサクラ」


「うん!」


仲西さんの言葉に嬉しそうな表情で返すサクラを見ながら、俺は彼女の方にも同じように差し出した。


「え?」


「昨日の東京散策楽しかったから。その、お礼に」


「…………」



仲西さんはしばらくそれを見つめていたが、


「……ちょ、ちょっとまってて! 私も今から作るから!!」


気を取り戻すとすぐに材料置き場の方へと駆けていってしまった。




横ではその様子を見てサクラが笑っていた。


☆☆☆



ベッドに仰向けになり、手を伸ばして2つのアクセサリーを掲げる。

1つはサクラちゃんから貰ったパワーストーンのキーホルダーで、もう1つはユウジくんから貰ったシルバーリングのストラップ。


「また一緒に遊びたいなー」


この修学旅行で新しい人間関係ができた。

彼らとなら残りの学校生活も楽しく過ごせるかもしれない。




──残暑は過ぎ去り、広葉が色づき始める。

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