第15話

東京散策の出発準備を終え、朝食会場に向かう。

朝食はビュッフェ形式で、座席は東京散策のグループごとに割り当てられていた。


「おはよう」


「おはよー」

「おはようユウくん」


既に席に座っていた仲西さんとサクラに挨拶をし、着席する。

なんていうか、本当にこのメンバーで行くんだな……。


しばらくすると先生から挨拶があり、朝食の時間が始まった。


☆☆☆


時刻は8時45分。

朝食が終わり、各グループに担任の先生が携帯電話とカメラを1台ずつ配っていく。

携帯電話はいわゆるガラケーであり、マップ機能などは利用できないと事前に説明を受けた。

そのため、今日はこれからプリントアウトした地図を頼りに行動しなけらばならない。

「もし迷ったらどうするのか」と誰かが質問していたが、回答は「誰かに聞け」であった。

幸い、今回の計画では歩きが少ないので、致命的に迷うことはないと思う。


そして、カメラは今回の東京散策のまとめ学習に使う写真を用意するために必要であった。

また、希望すればデータをコピーして持ち帰ることもできるらしい。


事前に決めていた通り、俺が携帯電話を、仲西さんがカメラを持ち、サクラには地図を持ってもらう。

といっても、地図やカメラは途中で交代することもあるだろうが。


注意事項の説明が終わり、出入口に近いグループから順に出ていく。

修学旅行2日目、東京散策の始まりだ。


☆☆☆


予定通りに最初の目的地『チームラボプラネッツ』に到着した。

事前に予約し、発券しておいたチケットを持って受付に。


まず、入口で靴と靴下を脱ぎ、ロッカーに荷物を預ける。

メンバーの準備ができたことを確認して、いざ入場。

なぜ裸足に?と疑問に思っていたが、その理由はすぐに分かった。


入場してすぐ、わずかな塩素の匂いとともに現れたのは水の道であった。

足の甲が浸かる程度の水が、道の奥から流れている。

その中に足を入れると、まるで川の中に入ったかのような清涼感とともに、先の見えない奥への期待が高まるのを感じた。

ここ、めっちゃ楽しいかもしれない。



水の道の先にあったクッションの部屋を抜け、通路を進むと、床が鏡になっている空間が現れた。

上や横から射す光が床に反射し、幻想的な美しい空間が生まれている。


「わあ……!」

「うわぁ……めっちゃ綺麗……」


仲西さんがカメラ覗いて、シャッターを切っていく。

下を見れば、鏡の向こうに自分が足裏を合わせて立っていた。

見下ろしているような、見下ろされているような、見上げているような。


いずれにせよ、スカートはNGだな。

ハーフパンツが貸し出されている理由に納得である。

修学旅行中はスカートや幅広のズボンは禁止されているので、パンツスタイルの2人はもちろん問題ない。



仲西さんがカメラを下に向け、鏡に映る俺達を撮った。



先に進むと、また水のある空間に出た。

今度は膝下まで深さがあるため、ズボンをしっかりと捲り上げる。

こちらもまた、幻想的な光景であった。


だが、思ったよりも深かったことでサクラのことが心配になり、声を掛ける。


「転ばないように気を付けて」


「ユウくんの方こそ」


「いや、サクラだから心配してるんたが……」


「ねえ、それは私がドジってこと? それとも、私の足が短いからってこと?」


「いや、あの……両方?」


取り繕おうとしたのに、うっかり納得してしまった。


「ユウくんのばかっ」


「ふふっ」


そんな馬鹿げたやり取りをしていたら、仲西さんに笑われてしまった。


「仲、いいんだね」

「……うん。サクラとは幼馴染なんだ」

「そっかー……幼馴染かぁ」



「それは、大切にしないとね」



☆☆☆


名残惜しくも『チームラボプラネッツ』を出発し、次の目的地へ向かい始めた。

というのも、次の目的地も事前に予約しているため、遅刻するわけにはいかないのだ。



しばらくして到着したのは、もんじゃ焼きのお店『東京もんじゃ月』。

3人とももんじゃ焼きを食べたことがないという話だったので、丁寧にレクチャーしてくれるという口コミを参考にここに決めた。


「いらっしゃいませ!」


入店し、店員さん予約済みであることを告げ──


──ようとしたところで、


「あっ、ご予約頂いていた修学旅行生さんですね! お待ちしておりました!」


時間ぴったりに来たのもあって、店員さんの方がこちらに気づいてくれた。


「はい、3人で予約していた此花このはなです」


「はい! こちらへどうぞ!」


元気な店員さんに案内されたテーブル席に、俺とサクラが隣り合う形で着席した。

テーブルの真ん中には鉄板が埋め込まれている。


「では、改めまして本日は当店『東京もんじゃ月』へようこそ!

今回は皆さんもんじゃ焼きが初めてとのことだったので、1回目は私の方で作らせていただき、その後はお客様の方でもんじゃ焼きの作り方を体験していただければと思います!」


そう、今回は事前に電話の方で作り方を教えてもらいたいという旨を相談しており、加えてメニューの方も「明太もちチーズ」「ヘビースター」「海鮮」の3種類を選択していた。


「では、まずは『明太もちチーズ』を作っていきますね!」


そうして、もんじゃ焼きのレクチャーが始まった。



「まずは鉄板に油を引いていきます」


「次に、器の中に入っている具材だけを鉄板の上に落としてください」


「なら最初から具材と出汁を分けておけばいいんじゃないかとせっかちな私は思うんですが、でもこの面倒臭さがもんじゃ焼きの醍醐味なのかもしれませんね」


「鉄板の上に落とした具材を、ヘラを使って細かく刻みます」


「細かくなったら、ドーナツ状に具材を寄せて、土手を作りましょう」


「土手ができたら、この中に器に残っている出汁を入れていきます──」




流れるような手際の良さに見とれているうちに、もんじゃ焼きが完成した。

もんじゃ焼きというのは小さな専用のヘラで食べるらしく、店員さんがその説明もしてくれる。


「このヘラをこんなふうに鉄板に押し当てて引きます。すると、ほら! おこげがくっつきました!

これをやけどに注意して味わってもらうのがもんじゃ焼きの食べ方になります!」


そうして、出来上がったもんじゃ焼きを恐る恐る口に運んでみる。


「熱っ」


最初は予想以上に熱くてびっくりしたが、


「お〜美味しい」


味わってみると、初めて経験する食感ではあるが、焼けたチーズの風味と明太子のピリ辛、それに餅の僅かな弾力が感じられ、かなり美味しい。


「あ、ほんとだ、美味しい」


どうやら仲西さんの口にも合ったようだ。


サクラの方に顔を向ければ、はふはふともんじゃ焼きの熱さと格闘している様子が見えた。



鉄板の上が綺麗になったところで2つ目を作り始めた。

作業を交代しながら、作っている様子をカメラに収めていく。

慣れぬ作業に四苦八苦しながらも、わいわいとはしゃぎながらもんじゃ焼きを楽しんだ。




昼食を終え、到着したのは最後の目的地『フシテレビ』であった。

そこはテレビ局があるだけではなく観光スポットになっており、館内にはそこで制作されている番組の展示やグッズ販売が行われていた。

当初の予定では、その展示をひと通り見た後お土産を購入して東京駅に向かうはずだったのだが──



「ねえユウくん、謎解きだって」


「ほんとだ。どれどれ……」


サクラが見つけたポスターを確認してみると、期間限定で館内を回る謎解きイベントが開催されているようだった。

所要時間は40分とのことなので、今から始めても集合時間までには余裕がありそうだ。


「時間に余裕があるし、やってみようか?」


「いいよー。面白そうだし」


仲西さんからも了承を得られたところで、ポスターに書かれている謎解きキットの引き換え場所に向かった。



最初は順調に進んでいた。

館内を回りながら情報を集め、それを元に謎を解いていくのだが、その館内で得られる情報というのが答えとほぼ直接結びつくようなもので、実質スタンプラリーのような感じだったのだ。

だから、なんだこんなものかと油断していたのがいけなかったのかもしれない。

進行度が3/4に達した時のことだった。



「……わからん」


やばい、この問題に10分以上かかっている。

さっきまでの順調さが嘘のように先に進まず、俺達3人は壁際でうんうんと頭を悩ませていた。



「この『手を合わせると浮かぶのは?』っていうのがわかんないよね」


「じゃあ実際に手を合わせてみる?」


俺が黙々と悩んでいると、仲西さんがサクラの手を取っていろんな形で合わせ始めた。

いや、1人でも解けるやつなんだから、他の人と手を合わせても関係ないと思うんだが……。

そう思ってまた謎解きの冊子に目を落とそうとしたところで、


「ほらほらユウジくんも」


仲西さんがこちらに手を伸ばしてきた。


「…………」


冊子を脇に抱え、無言で両手を伸ばす。

そして、片方の手を仲西さんと、もう片方の手をサクラと合わせた。

なんか、めっちゃ緊張する。

サクラとだって手を繋いだのはいつぶりだろうか。


そして、数秒が経過したところで──


「あっ! わかった!!」


「え!?」


「ほんとに!?」


合わさった手の形を見て、唐突に謎の意味がわかった。

なんだ、ほんとに手を合わせてみたほうが良かったのか。

手を戻し、謎を解いていく。

仲西さんの行動のおかげで次に進むことができそうだ。

まあ、本来は一人で自分の手を合わせて考えるのだろうけどね。



謎を解きながら2人の方にちらりと目を向けると、


「えへへ」


自分の手を見つめてにやにやしているサクラが見えた。



「はぁはぁはぁ……」

「な、なんとか間に合ったね」


全力ダッシュでぎりぎり東京駅に向かう電車に間に合わせることができた。

これを逃せば16時の集合時間に間に合わなくなるので、本当にぎりぎりだ。


「か、カエデちゃんは凄いね」


「陸上部のキャプテンがこれぐらいでバテるわけないでしょ」


確かに、仲西さんは全く息が乱れていない。

しかし、彼女も既に部活を引退しているはずなのだが、体力は落ちていないみたいだ。


あの後無事に次の謎へ進めたのだが、これがまた難しく、時間がかかってしまった。

電車の時間が迫ってきているのは分かっていたが、ここまで来たら最後まで解き切りたいというのが3人共通の意思だったと思う。

そして、なんとか最後の謎を解いてクリアした。

しかし、その時には15時20分を過ぎており、全力で走って間に合わせたのだ。




息を整え、しばらく電車に揺られていると東京駅に着いた。

この先はバスの座席順での整列になるので、女子2人とはお別れだ。

「じゃあ」と俺が声を上げるよりも早く、


「今日はめっちゃ楽しかった! ありがとう!」


仲西さんが手を振りながら、列の方へ向かっていった。



その時の彼女の笑顔が目に焼き付いて。

俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。




####################

今回の話は、豊洲にある「チームラボプラネッツ」が舞台になっています。

しかし、このテキストで伝えられる魅力は、現地で体感できるもののうちのほんの僅かでしかないでしょう。

視覚だけでなく、聴覚、触覚、そして嗅覚までもを刺激する、体験型のアート作品達を是非、体験してみてください!

会期が2027年末までのようですので、作者ももう一度、いや、あと二回は行きたいと思います!

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