第8話
暑い。
部屋に入り込む朝日によって意識が浮上していく中、俺は体に纏わりつく熱気に顔を顰めた。
薄らと目を開けば、カレン姉さんが俺の右腕に抱き着いているのが見える。
コアラのように抱き着いて眠る姿はなんとも可愛らしい。
しかし暑いので、起こさないよう慎重に腕を抜いた。
ふぅと一息ついて、左に目を向ければ、仰向けに眠るカリン姉さんが見えた。
こちらは密着していないが、代わりに指先だけがこれまた可愛らしく繋がれていた。
現在は朝の9時頃。
カレン姉さんは洗濯へ、カリン姉さんはキッチンへ朝ごはんを用意しに行き、俺は勉強をしていた。
朝からやらないと、結局一日中だらけちゃうんだよな……。
両親は既に出勤していて、夏休み中は姉さん達が朝ごはんを用意している。
昼ごはんに関しても同様だが、こちらは時々外食もしていた。
そして、夜ごはんは母さんが毎日作ってくれている。
仕事もあるのに、ありがたいことだ。
全員が揃ったところで朝ごはんを済ませた。
皿洗いは俺の仕事だ。
といっても、備え付けの食洗機に軽く水洗いした食器と洗剤を入れて、ボタンを押すだけだ。
そして、乾燥が終了したら棚に食器を戻す。
うちは両親が共働きなのもあって、家電に頼れるところはできるだけ頼ろうというスタンスだ。
なので、この家には食洗機やガス乾燥機、浴室乾燥等が装備されている。
ちなみに、話題のドラム式洗濯乾燥機については、家族5人だと乾燥が終わるまで待っていられないということで選ばれなかったようだ。
食洗機が動いている間も勉強をする。
もうすぐ模試があるので、最近は分野を絞って対策しているところだ。
こういう、『食洗機が止まるまで』っていう時間制限があると集中できる。
時刻は朝11時。
リビングでは今日は何をするかと姉さん達が話している。
それを横目に見ながら、飲み物を補給して和室に向かった。
相変わらず俺達の部屋のエアコンは故障中であり、母さんによれば9月にならないと直せないらしい。
そのため、今は物置部屋から父さんが引っ張り出してくれた折り畳み式のローテーブルを使って和室で勉強している。
今朝は流石に暑かったので、姉さん達にも今夜からは和室で寝ないかと提案してみよう。
狭いけど、いつもくっついて寝ているのだから今更だ。
1時間ほど勉強していたところで、姉さん達がやってきた。
「ねえユウジ、お昼はどうする?」
「食べに行ってもいいわよ」
そう尋ねられたが、特に食べたいものがあるわけじゃないので、答えに悩む。
こういう時にパッと答えられる男がカッコいいという話を聞いたこともあるが。
「うーん。なんでもいいな……」
結局何も浮かばず、そう漏らしたところで、
「じゃあ、あれで決めましょう」
「そうね」
そういって、カリン姉さんがスマホを取り出し、皆に見えるように置いた。
その画面に映っているのは、よくあるルーレットアプリだ。
今から始まるのは、ゲーム好きの姉さん達によって作成された、食べるものを決めるためだけのルーレットである。
そこまで大したものではないだが、これが意外と楽しい。
まず、1回目のルーレットによって、家で食べるか外食をするかが決まる。
そして、次のルーレットで具体的に食べるものが決まるのだ。
「じゃあ、いくわよ」
そういって、カリン姉さんがスタートボタンを押した。
その結果は、
「外食か」
「暑いけど仕方ないわね」
と、俺とカレン姉さんが言葉を発すれば、次は何を食べに行くかのルーレットだ。
「みゅーん」
変な声を発しながら回されたルーレットが示したのは──
「「「Sugokiya」」」
ラーメンチェーンの
俺たちは支度を済ませると、市バスに乗った。
今日の姉さん達はお揃いのワンピースだ。
2人の夏休み中の定番コーデになっている。
家から目的地までは10分ほど。
本来なら自転車で行ける距離なのだが、暑すぎるというのと、3人で並走するわけにも行かないということで、バスで行くことにした。
バスの車内は夏休みというのもあってか、家族連れの姿がちらほら見える。
俺達は横一列で吊り革に捕まりながら、目的地へと向かっていた。
しばらくすると、ショッピングモール前のバス停に到着した。
そして、俺たちはまっすぐフードコートへと足を向けた。
ショッピングモールの中もやはり家族連れが多く、フードコートは大盛況だった。
なんとか席を確保し、予定通りにSugokiyaで注文をする。
カリン姉さんはラーメンにサラダとベリーソフト、
カレン姉さんはラーメンにサラダとチョコソフト、
俺はラーメンにサラダ、五目ご飯とクリームぜんざいをセットで頼んだ。
ラーメンやサラダを食べ終わり、デザートに手を付け始めた頃。
「ユウジ、ひと口ちょうだい」
と、カリン姉さんが俺のクリームぜんざいを欲しがった。
俺は皿ごとカリン姉さんへ渡してあげると、
「いつもデザートはどれにするか迷うのよね」
そう言いながら、嬉しそうに口へ運んだ。
すると、
「代わりにこっちもあげるわ」
と、今しがたクリームぜんざいを口に運んだスプーンでベリーソフトを掬い、そしてそれをこちらに向けてきた。
(カリン姉さんは気にしないかもしれないが、俺は気にするんだよ……!)
スプーン然り、周りの目然り。
そう内心でぼやきながら、数瞬の間対応に迷っていると、
「あむっ」
横から乗り出してきたたカレン姉さんによって食べられてしまった。
「あっ、カレン!」
「むふふ」
「むぅ……」
「ユウジ、よかったら私のチョコソフトをあげるわ」
「あむ」
「あ!カリン!」
「ふふふ」
そして、いつの間にか姉妹での食べさせ合いに発展していた。
本当に仲が良いな。
フードコートを後にしたが、すぐに帰るのはもったいないということで、少しモールの中を回ることにした。
姉さん達が足を止めたのは、ゲームソフトのコーナーだ。
目を輝かせながらパッケージを次々と手に取るが、
「今は買えないのよね……」
「仕方ないわ」
と、裏面を見ては戻していく。
なぜ今は買えないのかというと、姉さん達は今貯金中らしいのだ。
なんでも、PCゲームに手を広げたいらしく、そのためのゲーミングPCを買うために貯めているそうだ。
普段は月に数本はゲームソフトを買っていたから、ここ半年ほど全然お金を使っていない様子を見ると、それだけの覚悟なのだと分かる。
姉さん達は昔からゲームが好きだ。
いつもリビングのテレビで2人一緒に遊んでいるのを見かける。
それに対して、俺はあまりゲームをしなかった。
小さい頃はよく一緒にやっていたのだが、姉さん達の方が上手いうえににプレイ時間も長いから、対戦しても全然勝てなかったのだ。
それがきっかけで、ゲームはあまりやらなくなった気がする。
姉さん達に手加減という文字は無いのだ。
確か、最初にゲーム機を欲しがったのは俺だったはずなんだが……。
「姉さん達は服とか買わないの?」
姉さん達は俺の偏見による一般的な女の子のように、服やアクセサリー、メイク等の着飾ることに関して興味が薄いように見える。
持っている服の数も、俺と比べてすら少ないような気がするし。
それでも、母さんと買い物に行ったときに時々買ってくる服はとても似合っており、今もお揃いの服装と双子の特異性もあって周りの目を惹いている。
「だって、あまり外に出ないもの」
「それに、たくさん服があっても着れないわ」
「私達の体は1つしかないのよ」
「まあ俺も同意見なんだけどさ。いろんな服を着たいとは思わないの?」
「実はパターン自体は結構あるのよ」
「カリンの服を私が着たり、私の服をカリンが着たり」
「でも、それをするとお母さんに『服が欲しいなら言いなさい』って心配されるからあまりやらないけど」
「そもそもあまり興味がないし」
「そ、そう……」
それから本や文房具を軽く見た後、俺たちはまた市バスに乗って家に戻った。
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