第7話

旅行から帰ってきた次の日。

家族で昼ごはんを食べた後、俺はお土産を持って家を出た。

今日は両親は休みで、明日からの仕事に備えてゆっくりと過ごすらしい。


外に出れば、焼けるような日差しと蝉の大合唱に迎えられる。

汗だくになってしまう前に、俺は隣の通りにある目的地へと向かうことにした。




歩いて2分程で到着したのは、『稲垣』の表札が立つ一軒家だ。

敷地内にはプランターがいくつか置かれており、赤くなり始めたトマトや花が残っているきゅうりが見える。


俺はそれらに目を向けながらインターホンを押した。

すると、間を置かずに


「はーい、今開けに行くね」


と、スピーカーから幼馴染であるサクラの声が聞こえた。




玄関のドアが開くと、そこから小柄な女の子が顔を出した。

身長は150cmほどで、黒髪が肩まで伸びている。

終業式ぶりに会う彼女は何も変わっておらず、相変わらずのほほんとしているが、機嫌は良さそうだ。



玄関に向かいながら声を掛ける。


「久しぶりだな」


「そうだね。ユウくんは旅行に行ってたんだって?」


「ああ、長野に行ってきた。これがそのお土産」


そう言って、彼女に持ってきたお土産を渡す。

これで彼女にお土産を渡すというミッションは完了したが、それで引き返すことはせずに、このまま家の中へと向かう。

今日はサクラの家で一緒に勉強をする予定であり、勉強用具も持ってきているのだ。




サクラとは幼稚園からの付き合いで、俺が母さんの離婚や再婚に合わせて引っ越した後も学区が変わることがなかったため、これまでずっと同じ学校に通っている。

彼女は小さい頃から人見知りで、積極的に誰かと関わることがなかった。

そのため、最初は俺にも人見知りをしていたのだが、仲が良かった母さん達に連れられる形で接する機会が増え、気がつけば友達になっていた、というのが俺達の関係の始まりだ。

しかしながら、今でも人見知りをする彼女には、残念ながらあまり友達がいない。



家に上げてもらい、サクラの部屋へと向かっていた。

その途中、彼女の母親を探していたら、


「今、お母さんは買い物に行ってるよ」


と教えてくれた。

今日は平日なので、彼女の父親は仕事に行っている。

母親は週に数回パートに行っているが、買い物中とのことだったので今日は休みなのだろう。



「じゃあ、飲み物持ってくるから、ちょっと待っててね」


2階にあるサクラの部屋に着いたところで、自身は1階へ戻っていった。

俺はローテーブルの前に腰を下ろすと、周りに目を向ける。

部屋自体は白を基調とした内装で、日当たりも良くて爽やかな部屋だ。

しかし、部屋中に点在するあるものによってカラフルに彩られている。


「新しい顔がいるな」


それは、可愛らしいぬいぐるみ達であった。

有名テーマパークのものから、某北欧家具屋のものまで、沢山のぬいぐるみが棚やベッドの上に綺麗に並べられている。

その中に、コアラのぬいぐるみが新しく増えていることに気づいた。

あれはどうしたんだろうかと思っていると、


「お待たせ」


サクラがトレーを持って戻ってきた。

それを受け取ってやり、ローテーブルに置くと、彼女は俺の隣に座った。

小さい頃から一緒にゲームや勉強をする中で、対面よりも横に座ったほうが効率が良いという結論に達したらしく、いつもこの形だ。


俺はトレーの上に目を向けると、サクラに尋ねた。


「これはサクラの手作りか?」


「うん。午前中にお母さんに教えてもらいながら作ったの」


「そうか。めっちゃ綺麗だから、買ってきたのかと思った」


皿の上には桃のタルトが載っていた。

それはケーキ屋のものと見分けがつかない程のもので、とても綺麗だった。

サクラは人と関わることこそ苦手であるが、一人でできることは結構得意だ。

特に、サクラの母親が料理やお菓子作りが上手で、それに影響を受けて昔から俺が来る時には自作のお菓子を振舞ってくれた。

最初は不揃いなクッキーから始まったというのに、今では市販品と変わらない見た目のタルトを作れるまでに成長している。


冷たい麦茶を飲んで、フォークを手に持つ。

そして一口食べると、隣から向けられた視線に答えるべく、感想を伝える。


「めっちゃおいしい。さっきも言ったけど、見た目もすごく綺麗だし、お店で売られてても不思議じゃないな」


そう返すと、サクラは「えへへ」ととても嬉しそうな表情を浮かべて、自分もタルトを口に入れると、また同じようににやけた。

この調子なら将来はケーキ屋さんになれそうだな。

ちなみに、小学校の時にあった卒業式では、将来の夢は『お母さん』と語っていた。

確かに、サクラのお母さんなら目標にするのもわかる。

俺はタルトを食べ進めながらサクラに尋ねた。


「サクラは将来何になりたいんだ?」


そう尋ねると、しばらく悩んだ後、


「あのね、お嫁さん」


と、恥ずかしそうにしながらも可愛らしい答えを返した。

確かに、『お母さん』になる前には『お嫁さん』になる必要があるな。

なんて考えながら、もう一口タルトを口に運んだ。



タルトを食べ終わった後は受験勉強を始めた。

俺は数学から、サクラは社会から取り掛かる。

去年までは『夏の生活』という夏休み課題の冊子が配られていたのだが、受験生だからか今年は配られなかった。

小学生の時からの習慣だったので、なくなってしまったのは少し寂しい。




一区切りついたところで、先ほどのぬいぐるみのことを思い出した。


「そういえば、あのコアラのぬいぐるみはどうしたんだ?」


「あれはね、ちょうどユウくんが旅行に行ってる間に動物園に連れて行ってもらってね。そのときに買ってもらったの」


「動物園か。もしかして、小学校の遠足ぶりか?」


「うん」


「そうか。懐かしいな」


「ふふ、懐かしいね」


市内にある動物園には、小学校の遠足で一緒に行ったことがある。

その時も一緒に弁当を食べたなあ。

確か中学生までなら入園料が無料なので、卒業前に行っておくのは良いかもしれない。



その後も時々雑談を挟みながら勉強をしていた。

ちなみに、毎回姉さん達は俺に付いて来たがるが、サクラが怖がるので却下している。

動物園の動物達よろしく、サクラに過度なストレスを与えてはならないのである。




時計が17時半を指したところで、俺は帰ることにした。

夜ごはんまでに帰るためだ。


「ユウジくんまたね~」


「はい、お邪魔しました」


帰宅していたサクラの母親に挨拶をして外に出ると、


「あ、わたし水やりしなきゃ」


と言って、サクラはプランターに目を向けた。

彼女は植物に水やりをすることでお小遣いをもらっているのである。


そんな様子を見ながら、


「じゃ、またな」


「うん、またね」


俺はサクラの家を後にした。

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