第5話

「おおーー!」

「おおーー!」


旅館に到着した。

和と同時に荘厳さを感じさせる入り口を通り抜けていくと、なんだか自分が凄い人になったような気がしてくる。

靴を脱いで中に入れば内装もめちゃくちゃ綺麗で、俺は圧倒されていた。



俺たちは部屋に着くと、さっそく風呂に向かった。

内風呂と露天風呂からなる大浴場では源泉かけ流しの温泉が楽しめるらしい。

温泉に入れると知って喜んでいた姉さん達だったが、


「ユウジと一緒に入れないなんて……」

「私たちの期待を返して……」


なんて不満を吐きながら、母さんに引っ張られるように女湯の暖簾をくぐっていった。




スーパー銭湯とはまた違って、落ち着いた雰囲気の浴場だった。

窓の外には露天風呂も見え、入っている人が1人だけ見える。

俺は目の前の大きな湯船に逸る気持ちを抑えながら、体を洗い始めた。



「ユウジ、背中を流してやるよ」


「うん、お願い」


父さんに背中を流してもらうなんていつぶりだろうか。

というか、最後に父さんと風呂に入ったときなんて、まだ全身を洗ってもらっていた気がする。

父さんと出会った最初の頃こそ2人きりという状況に気まずさを覚えた記憶があるが、今となってはそれも懐かしい思い出だ。


「ユウジも、大きくなったなぁ。この前まであんなに小さかった背中が、こんなに大きくなったんだもんなぁ」


そう言いながら、背中から伝わる感触はとても優しく、慈しむようで。

気持ちよさと同時に気恥ずかしさ感じ始めた俺は、父さんにも声をかけた。


「父さん、俺も父さんの背中流すよ」


「お、じゃあ頼むわ!」


俺に背中を洗われる父さんは上機嫌だった。



体を洗い終えて、いよいよ湯船へ。

まずは、内風呂から入ることにする。


「おぉ……」


「気持ちいいな……」


俺と父さんは一緒になって溶けた。

やっぱこう、肩まで浸かりながら、足をめいいっぱい伸ばせるというのは良いな。

家の風呂だとどうしても足を曲げなきゃいけなくて、その点でもやはり俺は成長したんだろうと実感する。


3分程浸かったところで露天風呂に移動する。

短いかもしれないが、内風呂だけでのぼせてしまってはもったいない。


外に出ると、風が肌に当たって気持ち良い。

今は夏真っ盛りだから決して寒いということはなく、当たる風は涼しかった。

俺達が露天風呂に入ってきたのに合わせて、先に入っていた人が出ていった。

これで今は俺達の貸し切り状態だ。



お湯の外に出している顔だけが、心地よい涼風にさらされ乾いていく。

流れるお湯の音だけが響く空間で、目を瞑り、心を無にする。

最近は、常に頭のどこかに勉強のことが浮かんでいて、勉強中心の生活を送っていた気がする。

今だけは何も考えず、ただお湯の気持ちよさに身を委ねたかった。



しばらく無言で浸かっていたところで、父さんから声がかかった。


「なあ、ユウジ」


「うん?」


「お前は今、幸せか?」


なんとも抽象的な質問だが、それでも具体的な実感を伴って俺はこう答える。


「うん、幸せだよ」


「そうか」


しばらくの無言が続いた後、父さんはこう続けた。


「父さんはな、ミサキと再婚してよかったと思ってる。でも、時々な、それが俺以外の、子供達にとってもよかったことなんだろうかって不安になるんだ」


隣に座る、大きな父さんはそうこぼす。

そんな風に父さんは優しすぎるから。

だから、家でも自己主張できずに尻に敷かれるんだぞと呆れながら。

俺は笑顔で告げる。


「俺は、父さんの息子になれてよかったよ」





風呂から出ると、休憩所に浴衣姿になった母さんがいた。

ちなみに、父さんはもう少し浸かっているらしい。


「母さん。姉さん達はどうしたの?」


「あの子たちはまだ中だよ。なんでも、どちらが長く浸かっていられるかで勝負を始めたみたいでね。のぼせないよう程ほどにしときなって声を掛けて、母さんは先に出てきたわ」


姉さん達は普段も風呂が長いからな。

温冷どちらにも耐性を持つ姉さん達と、俺達一般人は同じ時間を過ごせない。


俺はコーヒー牛乳を買って、母さんの隣でそれを飲み始めた。



「ユウジはさ、姉ちゃんができてよかったかい?」


母さんが俺に尋ねる。

きっと、質問の意図は父さんと同じものだろう。


「うん。二人とも、俺の大事な姉さんだよ」


「そうか」


母さんはその一言だけで満足したように、笑いながら俺の頭を撫でた。



家族全員が風呂から上がったところで部屋に戻り、夜ご飯になった。

ご飯は部屋に順次運ばれてくる形で、俺たちは到着したものから次々食べていく。

和牛や刺身、蕎麦なんかは何を食べているかわかりやすいのだが、運ばれてくる料理のほとんどが名前のわからない(聞いても覚えられない)料理達で、とにかく綺麗で美味しく、品数が多いというのが俺の感想だった。


家族で雑談をしながら和気藹々あいあいとご飯を食べ進めていると、姉さん達が無言で食材を交換し始めた。

姉さん達にもいくつかの苦手な食べ物があって、今回のメニューだと、

カリン姉さんはサーモンとしめじ、

カレン姉さんは鯛の刺身と人参がそれに該当する。

しかし、姉さん達は互いに苦手なものが被っていないため、小さい頃から苦手なものは交換することで食品ロス削減に貢献していた。

そして、いつしかそれは無言のうちに行われるようになったのだ。

ちなみに、好きなものは結構被っていて、例えばお寿司だとイクラがよく争奪戦になっていたりする。



美味しいご飯を食べ終わったところで、姉さん達が持ってきたカードゲームをすることになった。

まずはトランプだ。

定番のババ抜きから神経衰弱、大富豪といくつかのゲームをやったところで、母さんがとある提案をした。


「そろそろ遅い時間になってきたし、UNOで寝る場所を決めようじゃないか」


その瞬間、姉さん達の目の色が変わった気がした。

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